26 変装した王女
1 陽だまり亭の昼時
陽だまり亭は、今日も賑わっていた。
常連客たちが、いつもの席に座っている。
「トムさん、いつもの!」
ガレスさんの大きな声。
「はいはい」
父さんが厨房から返事をする。
グレゴリーさんとエリアスさんも、楽しそうに話している。
そして。
窓際の席には、先王陛下もいらっしゃった。
変装した姿で、定食を食べている。
私は料理を運びながら、店内を見回す。
今日も、温かい雰囲気だ。
2 2人の若い女性
扉が開いた。
「失礼します」
少し低めの落ち着いた声。
2人の若い女性が入ってきた。
1人は18歳くらいだろうか。
もう1人は少し年上に見える。
質素な服。
でも、清潔で丁寧な作り。
歩き方、立ち居振る舞い。
どこか、品がある。
「おや、お嬢さん方、いらっしゃい」
ガレスさんが気さくに声をかけた。
「初めてかい?」
グレゴリーさんも笑顔だ。
「はい。評判を聞いて」
若い女性が答える。
私は心の中で思った。
この人たち…普通じゃない。
育ちが良さそうだ。
でも、お客様はお客様。
3 相席
「いらっしゃいませ」
私は2人を迎えた。
店内を見回す。
満席だ。
「すみません、今日は混んでいて。相席でもよろしいですか?」
「構いませんよ」
若い女性が答えた。
私は少し考えた。
この方たち、明らかに上流階級だ。
服装は質素だが、生地の質、仕立ての丁寧さ。
歩き方、姿勢、言葉遣い。
どれも、一朝一夕で身につくものではない。
貴族、あるいはそれ以上の身分かもしれない。
わざわざ変装しているということは、正体を隠したいのだろう。
であれば、相席相手も選ぶべきだ。
先王陛下の席なら。
陛下も変装して来店されている。
お互い、立場を理解し合える。
変に詮索されることもないだろう。
私は先王陛下にたずねた。
「こちらの方々と相席とさせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんだよ。どうぞ」
先王が優しく言った。
「失礼します」
女性が座る。
その瞬間、先王の目が少し細くなった。
この娘…
隣国の現王に似ている。
顔立ち。目元。
それに、現在国賓として訪問中だったような…
まさか。
4 注文と料理
「おすすめは?」
若い女性が私に尋ねた。
「今日の定食です」
「では、それを2つお願いします」
「かしこまりました」
私は厨房に戻った。
父さんが定食を作る。
魚醤を使った煮物。
温かいスープ。
焼き魚。
私は料理を運んだ。
「お待たせしました」
2人の前に、定食を置く。
若い女性は料理を見て、目を輝かせた。
「いただきます」
カトラリーを取り、1口食べる。
「…美味しい」
「庶民の料理は、素朴だが美味いよ」
先王が言った。
「そうなんですね」
女性が答える。
先王は心の中で思った。
言葉遣いが丁寧すぎる。
育ちの良さが、隠せていない。
5 会話が始まる
「よくここに来るのかい?」
先王が尋ねた。
「いえ、初めてです。でも、評判を聞いて」
「どこで?」
「…知人から」
女性は少し言葉を選んでいるようだった。
先王は気づいた。
嘘は言っていない。
だが、何かを隠している。
「おじいさまは、何をされていたんですか?」
「昔は…重い責任のある仕事をね」
「大変でしたか?」
「ああ。毎日が決断の連続だった」
「…分かります」
先王は心の中で驚いた。
「分かります」と言った。
経験がある口ぶりだ。
6 深まる会話
「民のために働くのは、やりがいがあるでしょうね」
エレオノーラが言った。
民のために働く。
普通の若い娘が使う言葉ではない。
「そうだね。でも、難しい」
「全ての人を満足させることはできない」
「…その通りだ」
先王は感心した。
「君は賢いね」
「父が…いえ、知人がよく言っていました」
父が。
言いかけて、言い直した。
先王は確信した。
この若い女性は、隣国の第1王女、エレオノーラだ。
顔の類似。
統治の実務を知っている話しぶり。
間違いない。
だが、敢えて聞くまい。
彼女にも、自由な時間が必要なのだろう。
7 エレオノーラの気づき
エレオノーラも、心の中で思っていた。
このおじいさま…
ただの老人ではない。
話し方。
立ち居振る舞い。
まるで、父と話しているよう。
もしかして。
でも、ここでは聞かないでおこう。
お互いに、自由を楽しんでいる。
それで、いいのかもしれない。
8 食事を楽しむ
会話は続いた。
料理の話。
王都の話。
生活の話。
常連客たちも、時々声をかけてくる。
「お嬢さん、どう?美味いだろ?」
ガレスさんが笑う。
「はい。とても」
「トムさんの料理は最高だよ」
グレゴリーさんも自慢げだ。
エレオノーラは思った。
こういう雰囲気。
温かい。
宮廷では味わえない。
侍女も、少しリラックスしている様子。
本当に、来て良かった。
9 別れ
食事を終えた。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
私が皿を下げる。
「また来るといい」
先王が優しく言った。
「はい。ぜひ」
エレオノーラが笑顔で答える。
2人は店を出た。
先王は窓から、その後ろ姿を見送った。
良い娘だ。
きっと、良い女王になる。
10 エピローグ
店の外。
「素敵な店だったわ」
「はい、殿下」
「あのおじいさま…気になる」
「気になる?」
「また会えるかしら」
エレオノーラは、そう呟いた。
店の中。
先王は窓際で、お茶を飲んでいた。
次期女王が、民の暮らしを知ろうとしている。
それは、良いことだ。
私は厨房で、父さんを手伝っていた。
「リナ、先王陛下とあのお嬢さん、気が合ってたみたいだね」
「うん。また来てくれるといいね」
私は笑顔で答えた。




