21 失われた調味料
1 再訪
王宮3日目。
私は昨日より早く、先王の離れを訪れた。
もっと先王陛下と話をしたい。
何か、ヒントが見つかるかもしれない。
「また来てくれたのか」
先王は少し驚いた様子だった。
「はい。今日も、お話を聞かせてください」
「ありがとう。嬉しいよ」
先王の表情が、昨日より少し明るい気がした。
「久しぶりに、誰かと話すのは楽しいよ」
その言葉が、胸に刺さった。
ずっと、1人だったんだ。
2 王妃の思い出
私たちは窓際に座った。
庭を見ながら、先王が話し始めた。
「私の妃は、遠い外国の王族だった」
「遠い外国…」
「政略結婚だったんだ。最初は、お互い戸惑っていた」
先王は遠くを見るような目をしている。
「でも、彼女は優しい人だった。異国の地で、きっと寂しかったと思う。故郷の言葉も、食べ物も、景色も違う」
私は黙って聞いていた。
「料理は、もちろんしたことがなかった。王族だからね」
先王は少し笑った。
「でも、ある調味料だけは大好きだった」
「調味料?」
私は身を乗り出した。
「祖国の元乳母が、定期的に送ってくれていたんだ。その調味料を使った料理を食べると、彼女は笑顔になった」
先王の表情が、温かくなる。
「『故郷を思い出す』と、いつも言っていた」
「どんな調味料だったんですか?」
「それが…分からないんだ」
「え?」
先王は困ったような顔をした。
「妃に聞いても、『子供の頃から当たり前にあったもの』と言うだけで」
3 失われた記憶
「乳母が亡くなり、送られてこなくなった」
先王の声が、少し震えた。
「妃は少し寂しそうだったよ。私は海沿いの街に視察に行くたびに探したが、見つけられなかった。そして…妃も亡くなった」
部屋が静かになった。
「もっと、あの調味料を探してあげればよかった」
先王は窓の外を見ている。
「妃が笑顔になる、あの味を…」
私は決心した。
「陛下、その調味料のこと、もっと詳しく教えてください」
「え?」
先王が私を見た。
「探してみます。きっと、見つけられます」
「しかし…もう何年も前のことだし」
「陛下の記憶を、教えてください」
私は真剣に言った。
4 断片的な情報
先王は少し考えてから、話し始めた。
「色は…茶色だった。濃い茶色」
私はメモを取るように、頭の中で整理する。
「液体ですか?」
「ああ。少しとろみがあった」
「香りは…独特だった。魚のような、でも発酵したような」
魚…発酵…
「少量を、料理に垂らすだけだった。スープに、煮物に、時には焼き物にも。ほんの数滴で、味が変わった」
「万能調味料だったんですね」
「そうだね。妃はいつも、『これがあれば何でも美味しくなる』と言っていた」
私は質問を続けた。
「王妃様の故郷は、どんなところでしたか?」
「海に近い国だった。温暖で、魚がよく獲れる場所だよ」
海…魚…発酵…
前世の記憶が蘇る。
これは、もしかして…
ナンプラー?ニョクマム?
魚醤だ!
5 ヴァレリウス卿の登場
離れを出ると、庭でヴァレリウス卿に会った。
「リナ、トム」
「ヴァレリウス卿!」
私は驚いた。
「先王陛下を訪ねていたのか」
「はい」
父さんが答える。
「私も時々、お見舞いに伺っている」
ヴァレリウス卿は真剣な表情で言った。
「元騎士団長として、先王陛下には大変お世話になった」
私はチャンスだと思った。
「ヴァレリウス卿、王妃様のことを覚えていますか?」
「むろんだ。私は王妃様の護衛も務めた」
「では、王妃様が使っていた調味料を…」
「調味料?」
ヴァレリウス卿が首を傾げる。
6 意外な真相
「ああ、あの茶色い液体のことか」
私の心臓が跳ねた。
「ご存知なんですか!?」
「直接うかがったことはないが、おそらく魚醤だったのではないかと思う」
「魚醤?」
父さんが聞き返す。
「魚を塩漬けにして発酵させた調味料だ」
ヴァレリウス卿が説明する。
「王妃様の祖国では、庶民が日常的に使っている」
「魚を樽で発酵させ、半年から1年かけて作る」
「独特の香りがあるが、料理に深みを与える」
「それです!」
私は叫んだ。
やっぱり、魚醤だった!
「若い頃、王妃様の祖国に遊学したことがある」
ヴァレリウス卿が続ける。
「そこで初めて食べた。最初は香りに驚いたが、慣れると美味い」
「それは…この国にありますか?」
父さんが尋ねた。
「港町の、一部の店にはあるかもしれない。王妃様の祖国と交易があるからな」
7 入手への道
「明日、私が同行しよう」
ヴァレリウス卿が言った。
「本当ですか!?」
「先王陛下のためだ。むろん協力する」
私は嬉しくなった。
王宮に戻り、セバスティアン料理長に報告した。
「魚醤…なるほど」
セバスティアン料理長は頷いた。
「確かに、王妃様のお国では庶民は使う調味料だと聞いたことがあるが、貴族の食事には使われないとも聞いたことがある。私も詳しくは知らないが」
「明日、手に入れてきます」
私は決意を込めて言った。
8 エピローグ
その夜、陽だまり亭で。
「リナ、明日は港町に行くの?」
母さんが心配そうに聞く。
「うん。ヴァレリウス卿が案内してくれる」
「気をつけてね」
「大丈夫。父さんも一緒だから」
私はベッドに入り、考えた。
魚醤。
前世でも使ったことがある。
ナンプラー、ニョクマム。
東南アジアの調味料。
少量で旨味が爆発する。
明日、それを手に入れる。
そして、先王陛下に食べてもらう。
でも…これだけで解決するかな?
先王陛下の本当の問題は、孤独だ。
調味料だけで、それが解決するとは思えない。
でも、まず一歩ずつ。
私は目を閉じた。
明日が楽しみだ。




