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18 デンプンの秘密

1  実験結果


翌朝、私は誰よりも早く起きた。

昨夜はなかなか眠れなかった。

実験の結果が気になって、何度も寝返りを打った。

急いで服を着て、厨房に向かう。

普段なら父さんも母さんも、まだ寝ている時間だ。

でも、厨房には既に父さんとハンスさんの姿があった。


「トムさん、ハンスさん!」

「おや、リナも早いね」


父さんが笑った。


「私も気になって、早く来てしまいました」


ハンスさんも眠そうな目をしている。

きっと、あまり眠れなかったのだろう。


「さあ、確認しましょう」


私たちはパンを置いた2か所に向かった。

まず、常温の棚。


「A(常温)は…」


ハンスさんがパンを手に取る。

軽く押してみる。


「まだ柔らかいです!」


次に、地下倉庫。


「B(涼しい場所)は…」


私が手に取った瞬間、分かった。


「石のように固い!」


3人は顔を見合わせた。


「やはり…」


ハンスさんが呟く。


「温度だったんですね」



2 デンプンの秘密


私たちは厨房に戻り、2つのパンを並べた。

違いは一目瞭然だった。


「分かりました!原因は温度です」


私が説明を始める。


「温度?」

「小麦のパンは、冷やすと中のデンプンが変化して固くなるんです」

「デンプン?」


父さんが首を傾げる。


「小麦粉の主成分です」


私は前世の知識を思い出しながら、丁寧に説明する。


「デンプンは、焼いた時に柔らかくなります。でも、冷たい場所に置くと、元の硬い状態に戻ろうとするんです」

「だから、冷たい場所に置いたパンだけが固くなった…」


ハンスさんが理解した表情を浮かべた。


「その通りです!」

「じゃあ、ライ麦パンは?」


父さんが尋ねる。


「ライ麦はもともと固いし、デンプンの性質も違うから、あまり影響がないんだと思います」

私は2つのパンを見比べる。

常温のパンは柔らかいまま。

B のパンは石のように固い。

科学的な証拠が、目の前にある。


「つまり、地下の貯蔵庫に入れた客のパンだけが固くなったんですね」


ハンスさんが納得した様子で言った。


「はい。涼しい地下倉庫は、食材の保存には良いんですけど、小麦のパンには向いていないんです」



3 解決策


私たちは再び、苦情を言ってきた客たちを集めた。

麦の穂亭の店先に、5人の商人が集まる。


「皆様、原因が分かりました」


ハンスさんが丁寧に説明を始める。


「原因?」

「小麦のパンは、冷たい場所に保存すると固くなってしまうのです」

「なんだと?」


商人たちが驚いた顔をする。


「こちらを見てください」


私が実験結果のパンを見せる。


「これは昨日、同じ時に焼いた同じパンです」


2つのパンを並べる。


「こちらが常温で保存したパン。まだ柔らかいです」


 く押して見せる。


「そしてこちらが、涼しい場所で保存したパン」


石のように固いパンを見せる。


「本当だ…全然違う」


商人たちが驚きの声を上げる。


「小麦粉のパンは、ライ麦パンと違って、温度に敏感なんです」


私が説明する。


「冷たい場所だと、中のデンプンが固くなってしまいます」

「では、どう保存すればいいんだ?」


一人の商人が尋ねる。


「常温で、乾燥しない場所がベストです」

「常温…」

「はい。涼しい地下倉庫ではなく、普通の部屋の棚などに置いてください」

「なるほど…確かに私は地下倉庫に入れていた」

「私もだ」

「そういうことか。これはパンの問題じゃなかったんだな」


商人たちの表情が、怒りから理解へと変わっていく。


「説明が足りず、申し訳ございませんでした」


ハンスさんが深く頭を下げる。


「今後は、保存方法の注意書きを付けさせていただきます」

「もし固くなってしまったパンがあったら」


私が付け加える。


「温めてください。軽く火で炙ると、また柔らかくなります。それもまた美味しいですよ」

「そうか、保存方法か。これは勉強になった」


商人の一人が笑った。


「ありがとう、お嬢ちゃん。賢いな」

「いえ…」


私は照れくさくなった。



4 評判の広がり


数日後、陽だまり亭にヴァレリウス卿が来店した。


「ふん。また面白い騒動があったそうだな」


彼は席に着くなり言った。


「え?」

「小麦パンの保存方法の話だ。王都中で話題になっているぞ」

「そんなに?」


父さんが驚く。


「ああ。『リナという少女が科学的に解明した』とな」


ヴァレリウス卿は珍しく、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「『下町の小さな名探偵が、またやった』と評判だ」


そこへ、ガレスさんも来店した。


「リナちゃん、すごいな!」


ガレスさんが大きな声で言う。


「王都の衛兵たちの間でも話題だよ。『あの子は天才か』って」

「そんな大げさな…」


私は恥ずかしくなった。


「そしてな…」


ヴァレリウス卿が真剣な表情で続ける。


「この噂は王宮にも届いているらしい」

「え!?」


一同が驚いて声を上げた。


「王宮の料理人たちが、お前たちに興味を持ち始めているそうだ」


ヴァレリウス卿の言葉に、厨房が静まり返った。

王宮…

前世では想像もしなかった場所。



5 王宮からの使者


さらに数日後。

陽だまり亭の前に、立派な馬車が止まった。

黒塗りの馬車には、王宮の紋章が輝いている。


「あれは…」


母さんが窓から見て、驚きの声を上げる。

馬車から、立派な服を着た使者が降りてきた。


「こちらが陽だまり亭で間違いないか?」

「は、はい、そうですが…」


母さんが戸惑いながら答える。


「王宮よりの使いである」

「王宮!?」


店にいた客たちが、ざわめいた。

使者は店に入ってくると、私と父を見た。


「リナ殿、ならびに料理長トム殿に、王宮からの招待状をお渡しする」


使者は立派な封筒を差し出した。

王家の紋章が刻まれた蝋印がある。

父さんが受け取り、慎重に開封する。

中には、美しい文字で書かれた手紙が入っていた。


「王宮料理長より。貴殿らの料理と知識に深く感銘を受けた。つきましては、王宮にて料理の実演を披露されたし。日時は追って連絡する」


父さんが読み上げる。

店内が、再びざわめいた。


「王宮から…!」


母さんが信じられないという表情だ。


「まさか、こんなことになるとはね」


父さんも驚いている。

私は…ドキドキしていた。

王宮。

王族。

宮廷料理人。

前世では、テレビでしか見たことがない世界。


「リナちゃん、トムさん!おめでとうございます!」


ハンスさんが駆けつけてきた。


「これも全て、お二人のおかげです!」

「ふん。ついにこの時が来たか」


ヴァレリウス卿が腕を組んで言った。


「王宮は甘い場所ではない。気を引き締めていくがいい」

「はい!」


私は力強く答えた。



6 エピローグ


夕暮れ時、陽だまり亭には私と父さん、母さんの3人だけが残っていた。


「リナ、緊張しているかい?」


父さんが優しく聞く。


「少しだけ」


私は正直に答えた。


「大丈夫だよ。リナはいつも、正しい答えを見つけてきたからね」

「そうよ。リナなら大丈夫」


母さんも微笑む。


「うん!頑張る!」


私は決意した。


王宮で、もっと美味しい料理を作って、みんなを笑顔にするんだ。

前世の知識を、この世界で活かすんだ。

そして、父さんと母さんを、もっと誇らしい気持ちにさせてあげたい。

夕日が陽だまり亭を優しく照らしている。

新しい冒険が、もうすぐ始まる。

でも今は、この温かい家族の時間を大切にしよう。

私は父さんと母さんの顔を見て、微笑んだ。

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