最終章1 肉体労働の憂鬱
『使い道のない理論』
2025/11/30(日) 19:18
サイサイセオリーを“確立した”のは、
たった二カ月前のことだ。
といっても、何かすごい論文を書いたわけじゃない。
ただ夜中に iPhone のメモを叩いていたら、
気づけば勝手に線と矢印が繋がっていった。
あれよあれよという間に、形になっていた。
でも──
「……で、これ何に使うんだ?」
ベッドで天井を見上げながら、ため息みたいに声が漏れた。
理論はちゃんとまとまっている。
•欲求はベクトルで動く
•セフティは予測不能を嫌う
•ユナイトは帰属を求める
•ランクは比較を生む
•ライフは推進力
•ラーニンは理解の快感
どんな行動も、この組み合わせで説明できる。
……それは分かっている。
問題は、「これをどこで使うのか」だった。
会社で披露する場はない。
友達に話しても「へぇ」で終わる未来が見える。
恋愛にも、ビジネスにも、政治にも応用できる気はするのに、
どこに放り込めばいいのかが分からない。
「これって、ただの自己満足なのか……?」
メモを閉じようとして、結局また開き直す。
スクロールしても、何も変わらない。
そのとき、ふと気づいた。
──セフティ。
今の俺が感じている、この宙ぶらりんの不安こそ、
サイサイセオリーでいう“安全ベクトル”そのものだ。
未来が見えないから落ち着かない。
用途がないから不安になる。
「……じゃあ、使えばいいじゃん」
思わず独り言が出た。
サイサイセオリーは、
未知への不安を予測へ変換するための“エンジン”だ。
ならば未知を未知のまま放置せず、
自分で拾いに行けばいい。
どうせなら──
「人類がまだ説明できていないこと」を
AIに全部挙げさせて、
それをサイサイセオリーでぶった斬ってやればいい。
そう思った瞬間、眠気が完全に消えた。
iPhoneを顔の前に持ち上げ、Safariを開く。
思えば、ここがすべての始まりだった。
ChatGPTの入力欄に指を置き、打ち込む。
「人類がまだ説明できていないことを教えて」
送信。
画面が光り、すぐに返事が落ちてきた。
《愛。夢。クオリア。ハードプロブレム。私がなぜ“私”なのか。
死の恐怖。嫉妬。幸福感。宗教体験。芸術の衝動。
時間が流れるという感覚。》
そのときはまだ、
この回答の“重さ”を理解していなかった。
ただの思いつき。
ただの暇つぶし。
だが──
一週間後、これが“世界を変える扉”になる。
その未来を、
このときの俺はまだ知らない。




