8 日常になりつつある
本調子になってきたサリーは、今日も今日とてスーシェンを呪ってやろうと躍起になっている。
「くくく、一週間かけて煮込んだ秘密の毒薬。これを料理に一滴垂らせば……くくっ」
腹から笑うと変な声になる。だが、愉しいのだから仕方ない。
部屋を暗くし、自慢の杖で釜の液体を混ぜ合わせる。雰囲気作りは大事だ。同じ調合でも、気分のノリで完成度が変わってくる。
大樹から作り上げた杖を伝って自分の魔力が液体へと移っていくのを感じながら、サリーはほくそ笑んだ。
「楽しみにしてなさい、スーシェン」
気づけばすでに一ヶ月、スーシェンと暮らしている。常に嫌味ばかり言われているせいで、サリーの堪忍袋の緒ははち切れる寸前だ。何度呪いを放っても、もぅーサリーさんったら愛情表現が過激なんですから!と勝ち誇った顔で呪いをそそくさとかわすスーシェンに、サリーも正攻法でいくのは諦めた。もっと知恵を絞ったやり方をしなければと、ここ一週間は毒薬作りに励んでいる。
「この毒薬を飲んだら、一週間はお腹を下し続けるわ」
まずはスーシェンを内側から弱らせることが目標だとサリーは考えた。ゆっくりと追い詰めていかないと、あのいけ好かない男は倒せないだろう。腹を下すスーシェンの姿を思い浮かべただけで心が躍る。
「さて、後は頼んだわよ、メアリーチェ」
今回は、メアリーチェの協力も仰いだ。彼女の援助があれば上手くいくだろう。
自信はかなりあった。だが残念なことに、メアリーチェが皿の上に盛られたシチューに毒を盛ろうとした寸手のところで、天井から張られたメアリーチェの糸をスーシェンが摘む。
「メアリーチェさん、貴女まで加担するとは」
スーシェンは残念ですと嘆きながら、ぶらぶらと意地悪く糸を揺らす。メアリーチェは糸の先で行き場をなくし、されるがままだ。
「可哀想なメアリーチェ。彼女を放しなさい」
「嫌ですよ。瓶まで持って準備万端じゃないですか」
サリーは慌てて宙吊り状態のメアリーチェを両手でくるみ、スーシェンから彼女を守る。
まさかメアリーチェがダメージを受けるとは想定していなかったので予想外の結果だ。友であり相棒である彼女を危険な目に遭わせてしまうなんて、自分はなんて愚かだったのだろう。
「ごめんなさい、メアリーチェ。やっぱり、次からは私ひとりの力でスーシェンをやっつけるわ」
手のひらのメアリーチェはサリーの謝罪に応えるように毒薬入りの瓶を手放し、すりすりと頭を擦ってサリーを慰めた後、糸を放ちながら巣へと帰っていく。
ノリノリで付き合ってくれた彼女だったが、スーシェンにいじめられてやる気が失せたようだ。
「……彼女には申し訳ないことをしたわ」
やはり変態魔法使いの相手をするのに、純粋乙女のメアリーチェを巻き込んではいけなかった。次からは自分一人で頑張ろうとサリーは決意を固める。
「には?には、ってなんですか、彼女にはって。僕への謝罪は?変な毒を飲まされるところだったんですよ?僕の方が同情されるべきでしょう」
「むしろさっさと飲んでくれたら良かったのに。そしたらメアリーチェも大喜びだった筈だわ」
溜息をこぼすサリーに、スーシェンは眉を吊り上げる。
「なっ、もういいです!僕自身で僕に同情しときますから。あぁ、なんて可哀想な僕!毎日こんなに尽くしているのにサリーさんに意地悪ばかりされて、ほんとに気の毒!」
「うるさいわねぇ。数日、腹を下すだけだからたいしたことないわよ」
「ひぇえ、危なかった!」
スーシェンは大袈裟に身震いをして、両手に持っていたシチューの入った皿を二つテーブルに置く。ミルクの良い匂いが鼻を掠め、サリーのお腹がぐぅと鳴った。今日の晩飯は豆がたっぷり入ったスーシェンお手製のシチューだ。
「僕の作った美味しいシチューに得体の知れないものが入らなくて良かったです。では、一緒にいただきましょう」
「今日のところは仕方ないわね」
テーブルについた二人は、何事も無かったかのように食事を始める。一日一回の攻防戦が終われば、サリーだってそれなりにおとなしくする。お腹も空いたことだし。
(……ムカつくけど、相変わらず美味しい)
口の中で広がるシチューに密かに舌鼓を打つ。
スーシェンの料理は、素朴で優しい味付けをしている。サリーが幼かった頃、師匠が作ってくれたものと同じような温かさがある。店で出てくるような洗練された味よりも家庭の味といった感じ。
「このシチュー、サリーさんお好きですよね」
不意にスーシェンがそう言うので、サリーは思わず口に含んでいたものを吹き出しそうになる。慌ててそれらをゴクリと飲み込んでスーシェンに視線を向ければ、彼は和やかに微笑んでいた。
「な、別に、好きなんて一言も……」
「言わなくても伝わります。サリーさんは、わかりやすいひとですから」
「なっ」
こちらとしては、常に冷静で何を考えているかわからない雰囲気を出せていると思っていたのに。
スーシェンから聞かされた事実に、サリーは早速わかりやすく動揺した。
しかし同時に――わかりやすい、という単語が頭の中でこだまする。記憶の蓋が開かれて脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。
『君は本当にわかりやすい。君が――を見捨てることなどあり得ない』
そうだ。酷く馬鹿にしたような声に、あの時のサリーは苦虫を噛み潰すしかなかった。
「サリーさん、サリーさん?」
「うん?」
「大丈夫ですか?なんか苦しそうでしたけど……」
スーシェンの呼びかけで現実に戻ってきたサリーは、一息置いてスーシェンに告げる。
「何ともないわ。そうね、貴方のシチュー、悪くはないわね」
こちらとしては精一杯の褒め言葉なので、素直に受け取って欲しいと思う。
その願いが届いたのか、スーシェンは頭を撫でられた子供のように無邪気な笑顔を浮かべる。
「また明日作りますね」
「それだと、すぐ飽きるわ」
「じゃあ明後日」
「二週に一度くらいが丁度良いんじゃないかしら」
「わかりました!ではそれでいきましょう!」
スーシェンは恭しく敬礼をして、やる気に満ちた様子で鼻の穴を膨らませている。
(……ほんと、もう、この男は)
ずいぶんと調子の良い男だと、サリーは知らず知らずのうちに笑った。




