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5 厄介なひと


「おはようございます、サリーさん。パンが焼けましたから、冷めないうちに食べてください」

「……スーシェン、いつも朝食は要らないって言っているわよね?」


 怪しい男――スーシェンに目覚めさせられた日から一週間、突如始まった二人暮らしはサリーに混乱をもたらした。

 まず、監視すると言っていた割に面倒見の良いこの男は、自分自身の世話はお得意の魔法で簡単に済ませてしまうのに、サリーの世話に関しては最小限の魔法しか使わず何かと世話を焼きたがった。

 馬鹿にされているのかとサリーは常に苛立っていたが、単に世話焼きなだけらしく、その証拠に毎日執拗に付き纏ってきては小言ばかり浴びせてくる。

 現に今も、椅子に座ったサリーの肩に彼お手製のショールをかけながらぶつくさと文句を言っている最中だ。


「朝食抜きなんてあり得ません。ただでさえ目覚めたばかり、肉付きが悪くてガリガリなんですから、健康のためにたくさん食べないと。僕が作る料理は絶品なんですから、完食以外あり得ません!」

「うるさいわねぇ」


 スーシェンはいつも朝から元気すぎる。サリーは朝が苦手な上、静かにゆっくり過ごしたい派だというのに。

 何かとかまって欲しそうに寄ってくるのはどうにかならないものか。こちらが一を言えば百で返すような男だ。やかましくて仕方ない。

 そう思うと、口からぽろっと本音が転げ出る。


「あー煩わしい」

「なっ、僕はサリーさんと違って魔法以外も完璧なんですからもっと敬ってください!」


 案の定、サリーの小声の呟きを拾ったスーシェンがショックを受けたように唇を尖らせる。その後もぶつくさと愚痴を垂れ流す様は、なかなかにねちっこい。


 ……本当に。朝から晩まで耳が痛い。放っておいて欲しいのに、ちょこまかと視界に入ってくるスーシェンのせいで、ここ一週間は落ち着く暇もなかった。


(ああ、二度寝がしたい……)


 欠伸をしていると、バターが塗られた焼き立てのパンが目の前に置かれる。ベーコン、卵、サラダもついてなかなかのメニューだ。


(肥えさせて、魔物の餌にでもするつもりなのかしら。まぁ最悪私がどうなってもこの森に危害さえなければそれで良しとしましょう。それより、やっぱり眠り足りない……)


 ふわぁ、ふわぁと、欠伸の連鎖に陥る。

 そろそろ寝落ちしそうだ。


「寝ちゃダメですよ!ほら、目を覚ますためにも、ご飯をたくさん食べましょう。今日こそ残さず食べてくださいね」

「こんなに要らないわ」


 サリーは少食だ。そもそも魔女だから、最悪の場合食事などしなくても生きていける体をしている。

 だが、食材を無駄にするのもサリーの趣味ではない。もったいないという言葉は大事にすべきだ。


(……悔しいけどスーシェンの料理って意外と美味しいのよねぇ)


 サリーは仕方なく、本当に仕方なく、スーシェンに勧められたパンを齧る。食べ物に罪はないし、粗末にするのももったいない。ええ、実にもったいない。

 丸みを帯びたもちもちのパン。一口齧った瞬間に滲み出るバターの感じが最高にたまらない。少し塩味の効いたバターがパンの甘味を引き立ててくれる。柔らかいパンが毎日食べられるなんて贅沢なことだ。


「美味しいでしょう?」 

「まぁまぁね」


 美味しいなんてストレートに褒めたらスーシェンが調子に乗るのは目に見えている。それに……。


(表情見ればわかるでしょうに)


 毎回サリーが食べる瞬間を食い入るように見ているのだから、いちいち聞かないで察するということを覚えてほしい。


「小麦粉からこだわったパンですよ?もっと味わって食べてくださいな」


 そう嘆くスーシェンをサリーは横目で睨む。


「私は、家の前に畑を作る許可なんて出していないわ」


 冷たく言い放つと、スーシェンは途端固まる。

 あの日のトラウマは消えていないらしく、焦ったように「ほら、あれです!」と人差し指をピンと立てる。


「家庭菜園です!」

「そのレベルはとっくに超えているわよ」


 スーシェンの思いついた言い訳にサリーは溜息を吐く。 

 というのも、スーシェンはサリーを目覚めさせたあの日、実に好き放題暴れ回ってくれたのだ。

 陰気溢れる魔女の家をアットホームな雰囲気の家へと造り替え、サリーの自室の隣部屋を自分の部屋にしてしまった。さらに家の前の開けた場所に畑を作り、穀物やら野菜やらを栽培し始め、そうして彼の魔法によって日々急速に成長するそれらを材料に、ご飯を作って差し上げましょうなどと言い出した。

 百歩譲って部屋を勝手に作るのは良い。ご飯を作ってくれ……作るのも良い。だがあの日、たった一つだけサリーが許せなかったことがある。


「……許可なく樹を倒すなんて二度と許さないから」


 この森を傷つけることだけは許さない。

 畑を作るために樹が五本ほど切り倒された時、サリーは呆然とその光景を見つめた。絶望にも怒りにも近い感情に覆われるサリーを見て、スーシェンは出会った中で一番の戸惑いの表情を浮かべていた。

 たった五本の樹。けれどその五本はサリーにとってとても大切なもの。


『森は私自身なの。私への攻撃としては大成功ね』

『いえ、あの……すみません。そんなに大切なものだとは知らず……』


 反省の意を述べたスーシェンは、森を軽視したことを恥じているようだった。さらに気絶して目覚めた後すぐに時間操作の魔法や再生魔法で樹々を再生しようとするも、それらが蘇らないことに大きなショックを受けていた。

 最初は苛立っていたサリーも、そのしょんぼり様がおかしくて後の方にはつい吹き出したものだ。

 結局、彼は代わりに空間収縮魔法を使って畑を作り直すことにしたようで、サリーもそれについては黙認している。

 あの時の会話はいつ思い出しても笑える。 


「サリーさん、やっぱりまだ怒っています……よね?」


 スーシェンの問いかけに、サリーは小さく肩を済まし、首を横に振る。


「いいえ。メアリーチェのお陰ですっきりしたから怒ってないわ。それに貴方が夜な夜な切り取った樹々を埋葬しているところを見たもの。……ふふ、キイチロウ、キジロウ、キサブロウ、キシロウ、キゴロウ、だっけ?凄いセンスね」


 涙からからに彼らを埋葬するスーシェンのなんと可笑しかったことか。 

 今も家の裏の土の中で彼らは眠っている。

 樹々だっていつかは命尽きる。寿命だったり、雷に打たれてだったり、人の手によってだったり。様々な理由で枯れていく。


『よくお聞き。ピスカの森の樹木は、私たちの命そのものなんだよ』


 かつて師匠に教わったことが今になって身に染みる。 

 スーシェンの意外なところは、サリーの意思を尊重してくれるところ。

 なんとなくだけど伝わってくる彼の心遣いが、存外悪くない。


「なっ、笑わないでください。僕が一晩中考えて付けた名前ですよ!」

 

 不貞腐れるスーシェンに、サリーはまた笑ってしまう。


「まぁでも、もうやらないって約束してくれたからいいの。契約魔法まで使おうとするんだから疑わないわよ」


 大反省を示すかの如く紅眼を光らせたスーシェンに、あの時のサリーはよくそこまでするものだと呆れを通り越して感心したくらいだった。


「貴方ったら、私が本気で嫌がることはしないのね。よくわからないひと」


 サリーの呟きに、スーシェンが拍子抜けしたように力無く俯く。不機嫌が常の魔女の珍しい表情に面食らったようで珍しくおとなしい。

 しかしながらサリーはすぐに魔女の艶っぽい笑みを浮かべて言う。


「まぁでも今回の件とは関係なく貴方には色々と恨みがあるから、私の力が完全に戻ったらすぐにでもこの家から追い出してあげる。楽しみにしていることね」


 そうして椅子から立ち上がる。

 冷え性だからショールはかけたまま、二階の自室に戻るために踵を返すのだ。

 ごちそうさまと席を立ち、今日はメアリーチェと毒薬開発でもしようかなんて考える。


 ――けれど、その前に。


 サリーは小さく口角を上げる。


「さっそくだけど、一発お見舞いするわね」


 スーシェンへと手を翳し、急いで呪文を唱える。


【スーシェン、蛙になりなさい】


 一日のうちのどこかでスーシェンに魔法をお見舞いすること。これがサリーの日課だ。……悔しいことに、体力が追いつかないために一回限りではあるが。

 これまでは、夜中まで攻撃の機会を溜めていることが多かったが、今日は裏をかいて朝一番で仕掛けてみることにした。

 油断していたスーシェンはさぞ驚いたことだろう。

 煙に包まれる影が小さくなったのを見て、サリーの胸は期待に包まれる。


「これは……上手くいったんじゃないかしら」 


 煙が収まると一匹の蛙が現れ、やっぱりそうだと歓喜の声を上げる。背中に茶色の斑点がついた綺麗な紫色の蛙だ。円な瞳でサリーを見上げている。


(ここまでは何回も成功している。問題はこの後よ)


 疑心暗鬼になりながら蛙を観察し続ける。時間が経ってもきょろきょろと瞳を動かすだけの蛙に、次第にサリーの肩の力が抜けていく。どうやら元に戻る様子はない。適当に置いてあった杖でちょんちょんとつつくと、蛙はゲロリと声をあげて飛び跳ねた。


「蛙になっても小綺麗なままなんて憎たらしいけれど、可哀想だからこれ以上いじめるのはよしてあげようかしら」


 少しだけ、ほんのちょっとだけ、胸の奥がチクリと痛んだが、無視をして蛙を摘み上げる。


「ほれ、さっさと出ていきなさい」 


 窓から蛙を放つ。

 蛙は最初こそ身を縮こませていたものの、すぐに大きくジャンプをしてあっという間に茂みの中へと消えていった。

 蛙になったスーシェンを家の中から摘み出せたので、これでもう面倒事はないはず。


「やっと眠れるわね」


 清々しく背伸びしたサリーだったが、すぐに背後から忌々しい声がかかる。


「サリーさんのお馬鹿さん。僕はこっちですよ。あんなブサイクな蛙が僕だなんてサリーさんの目は節穴ですか?今回も残念でしたね。でも絶対に、絶対に、出ていってなんかあげないんですから!」 


 嘲笑う男に、サリーは拳をぷるぷると震わせる。


(……やっぱりムカつくわね)


 やはりまだスーシェンの方が一枚上手なのか。悔しいが、今のサリーでは敵わない相手なのかもしれない。今のサリーには。


(万一、私の力が完全に戻ったらどういじめてやろうかしら。こちらが本気になる事態なんて想像したくもないけれど)


 ピスカの森の魔女の真の力を知れば、彼なんて取るに足らない魔法使いの一人だ。

 大人気なく舌を出すスーシェンに、ひくひくと口の端をひきつかせたサリーは、負け惜しみととれる大きな舌打ちを返す。


「どうりで胸が痛んだわけね。あの蛙の方が貴方よりずっとキュートで胸がキュンと跳ねたもの」


 背後でスーシェンがショックを受けて何やら喚いていたが、部屋に戻るサリーには関係ないことだった。



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