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4 強引グ・マイ・ウェイ


 残念なことに、脳天に雷を落としたところで男は諦めなかった。ものの数分で意識を取り戻し、はきはきとピスカの森の魔女の家に棲みつくための準備を再開した。

 サリーが住む魔女の家は煉瓦造りの二階建てで、一階はリビングやキッチン、バスルームといった共有スペースになっており、二階の三室は各々が自室や空き部屋となっている。666年眠りこけていた代償で一階は生活感など皆無なお化け屋敷状態になっていた……はずだったのだが。


「誰がこの家を造り変えろと言ったの?」


 少し前まで蜘蛛の巣だらけだった魔女の家のリビングでは、橙色の光が室内を暖かく照らしていた。コトコトと音を立てる鍋から、甘いジャムの匂いが部屋中に漂ってゆく。床も壁も天井も見事に磨き上げられ、ところどころ必要のない小物が生活感を感じさせるように設置されている。

 仁王立ちでギロリと鋭い目を向けるサリーに、床で正座する男はけろりと言う。


「造り変えていません。ちょっと掃除して、ついでに僕好みに内装を変えただけです」

「迷惑行為極まりないわ。今すぐ全部元に戻しなさい。ほら、この似顔絵なんて趣味が悪くてつい破ってしまいそう」


 サリーは壁に掛けられていた似顔絵をはぎ取り、男の眼前に突きつけた。これはどう見ても彼自身の似顔絵だ。妙に出来が良いのが鼻につくが、心なしかちょっと盛られているような気もする。いつかふと思い立って破る日が来るかもしれない。


「渾身の出来なので破るのはやめてください」

「じゃあ燃やすわ」

「どうしてこう破壊する方向に考えるんですか!」

「貴方が好き勝手やるなら、私も好き勝手やるだけよ。それが嫌なら今すぐ引き取ることね」


 サリーがそう言うと、男はしぶしぶ似顔絵を小脇に抱える。

 

「仕方ないので、僕の部屋に飾ります」


 僕の部屋というのは、サリーの左隣の空き部屋だ。勝手に改良して、気づいたら男の自室になっていた。


「僕の部屋……?いいえ、あれは私の師の部屋で貴方の部屋ではないわ」

「でも今はお一人でしょう?部屋も片付いていましたし良いかなと」


 男はケロリとそう言ってのける。

 許可もなく師匠の部屋を改造されたこちらの身にもなって欲しいとはいえ、空き部屋だったのも事実で、サリーは言い返す言葉が見つからない。

 

「確かに師匠はもうこの家には居ないけれど……。そうだわ、あの畑もどうにかしてちょうだい」

「いやいや、この家は食べるものが無さすぎですからあった方が良いです。水は井戸のものを使うとして、じゃあ食べ物は外から買ってきますか?」


 そう言われると黙り込むしかない。サリーにとって、外の世界との繋がりなど必要ない。


「……僕も反省してやり方を変えることにしました。信用ならないなら契約魔法で誓っても構いません!」


 途端瞳を煌めかせた男をサリーは慌てて止める。契約魔法は命をかける恐ろしい契約だ。契約が満了するまで星々が見届け人となり、それを破れば恐ろしい罰が下る。そこまでする必要はない。


「信用するわ。だから契約魔法は要らない」

「約束します。今後は空間収縮魔法でコンパクトな菜園を作ります」

「ちなみに今煮ているのは?」

「林檎のジャムですよ。急速栽培で今日植えて今日実を成らせました。ピスカの森の魔女といえばの林檎です!」

 

 次々ととんでもないことを言ってのける男に、サリーは底知れない力を感じ取る。


(この男ほんとに何者なの……)


「栄養のためにお肉も欲しいところなのですが、生憎手持ちは少なくて……。そこはけちけち使っていくことになるでしょうが、どうかご了承ください」


 この男の魔法がどの空間と繋がっているのかわからなくて怖い。身一つでピスカの森に入ってきたのに、何故こんなにも用意周到なのだろう。住み着く気満々ではないか。


(……目覚めさせた理由は、単純な興味本位だけじゃない?)


 ふとサリーのなかに生じた疑問。やはり警戒心は解かないでおこう。


「サリーさん、ご安心ください。僕の料理は絶品ですから、きっとサリーさんも気に入りますよ」


 そろそろジャムが焦げてしまうので!と男は腰を上げ、キッチンへと急ぎ足で向かう。そして鼻歌混じりに木べらでジャムをかき混ぜ始めた。

 どこまでも自分の道を行く男に自分の決意がさらに固くなっていくのを感じる。

 

(絶対に追い出してやるわ)


 サリーは辟易しながらその背中を睨み付けた。



◻︎



 スーシェンは厄介な男だった。どういう意味で厄介かというと、やたらとサリーに構ってくるという意味で厄介だった。

 いつもの如く、その日もサリーの部屋のドアに荒々しいノック音が響く。


「おはようございます!はい、さっさと起きてください!」


 耳障りなその音に遠のきかけていた意識が覚醒する。この流れは今日だけでもう三回目だ。サリーは唖然としながら目を擦った。


(スーシェンったら、また来たわ……)


 なんて諦めの悪さだろう。しかも三回目ともなると遠慮なく部屋に入ってくるのね。

 寝起きで回らない頭で、彼を追い出す口実を考える。一回目は寝たふりを、二回目はすぐに起きると嘘を吐いた。三回目の今はどうやって乗り切ろう。

 そう思って毛布を少し捲り薄目でスーシェンを見れば……。


(絶対に起こしてやるという気迫だわ)


 サリーは慌てて毛布を深く被り、必死に頭の中で自分に言い聞かせる。


(サリー、これは嫌な夢よ。すぐ別の夢の世界に逃げなさい。現実のはずがないのだから起き上がる必要はないわ。考えてもみて。悪い魔女と言われる自分を訪ねてくる物好きなんていないし、わざわざ呪ってくる相手と一緒に暮らそうとする愚か者なんて存在するはずないの。さっさと眠りについてしまえばこの悪夢は去るわ。頭上から聞こえる声はそう、幻聴で……)


「また現実逃避ですか?二度寝したところで、僕がいる現実は変わりませんよ?」

 

 というかさすがに寝過ぎですと無理やり毛布を引っ張られ、抵抗も虚しく一瞬で剥ぎ取られる。途端、外気に肌が触れてぶるりと身震いを一つした。 


「寒い」


 忌々し気に歯軋りする。そんな容赦無く叩き起こさなくても良いだろうに。


「温かいココアを作って差しあげます。特別のマシュマロ入りです」

「マシュマロ……?あのふわふわした白いの?」

「そうですよ。この前お気に召したようだったので。ですから、ほら、まずはさっさと起きてください」

「うーん」


 腕を引かれて強制的にぬくりと起き上がることとなったサリーはベッドの縁に腰掛ける。ぼうっとする頭に浮かぶのは、雲のようにふわふわしたマシュマロだ。あの甘く蕩ける高揚感の為になら起きても良い気がする。あれは実に美味だった。何もしなくても口の中で解けて消えていくのが一夜の夢のように儚かった。

 マシュマロの甘さに脳を焼かれていたサリーだったが、次第に覚醒する意識の中理性を取り戻していく。


(私ったら、なにいいように言いくるめられているの。マシュマロのために起きようだなんて……)


 一瞬で不機嫌さを取り戻し、マシュマロに誘惑された自分を戒めるように目頭を押さえる。サリーの目的はただ一つ。眠り続けること。そのために必要なのは、目の前の男――スーシェンをピスカの森から追い出すこと。それなのに、不覚にも彼の誘惑に負けてしまった自分が情けない。

 サリーはスーシェンを恨めしく見上げた。


「……私は目覚めたくなんてなかったのに」


 スーシェンの我儘に付き合う気力なんてサリーにはない。マシュマロに出会えたことは不幸中の幸いであったが、眠らない理由としてはまだまだ弱い。

 だが、サリーの怒りを前にしてもスーシェンは動じない。


「僕は目覚めて欲しかったので」


 にこにこと上機嫌に言い返してくるスーシェンは、いつもと変わらずいけすかない。そのにやにや顔ができるのも少しの間だけだと心の中で毒を吐く。

 そしてきちんと彼を見たことで、いけすかないところは他にもあると気づいてしまった。今日はいつものご立派なローブはどこへやら、薄紅色のエプロンをしているのだ。肩につく程度の癖っ毛は適当に後ろで一つに括られ、手製のエプロンにはフリルがつくという悪趣味ぶりが目を引くが、それすらも魔法使いの例に漏れず整った容姿で様になっているのが何とも鼻につく。

 そういえば昨日、やっと手製のエプロンが完成したので明日お披露目しますねとかなんとか話しかけてきた気がするが、まさかそれを見せるためだけにサリーを叩き起こしたなんてこと……。


(いや、絶対そうね。なんかポージングしているし)


 触れて欲しそうにエプロンを摘み上げたりフリルを揺らしてみたりしているが、こちとら変な趣味に口を出す気はない。褒める気も貶す気もおきないサリーに、スーシェンはやがて動きを止め、呆れたような視線を向けてくる。


「サリーさん、モテなかったでしょう。こんなにアピールしているのに、まだ僕の変化に気づかないんですか?それとも全部無視して僕の心を薙ぎ払っているんですか?」

「後者ね」

「な、なんて酷いっ!」


 しくしくと泣くスーシェンをサリーは薄目で見つめる。その目は冷めていて、その冷気に気づいたスーシェンはすぐに泣き止んだ。


「泣き落とし作戦は、サリーさん相手だとダメですね。なかなか良い演技であったと思うのですが」

「貴方の我儘に付き合わされて、こっちが泣きたい気分よ。何故こうも毎日毎日貴方の我儘に振り回されなければならないの」


 今日もこの男に振り回される一日が始まる。想像しただけでげっそりだ。


「そんなに嘆くことですか?ずっと眠り続けるより退屈しないと思いますけど。考え方の違いですかね」


 そういうことではないとサリーは額を押さえる。 


「貴方がいるのが嫌なの」

「それはどうにもなりませんね。まぁ、知り合って間もないですから仕方ありません。これからゆっくり互いに理解を深めていきましょう」

「嫌よ」


 嫌だと声を大にして言っても、スーシェンは肩をすくめて困ったように笑うだけ。


(相変わらず話の通じない男……こうなったら)


 代わりにサリーは躊躇いなく彼に白く細い人差し指を向け、寝起きの低い声で呪文を唱える。


【呪って】


 もう何の呪いでも良いから、この怨念が魔法に乗って男を苦しめて欲しい。ある種投げやりな魔法……というより呪いが、サリーの指から黄緑色の光と共に発動された。


 うわぁっ!と情けない声を出し、スーシェンが姿を消す。


 やがて煙が収束するとエプロンのフリルに歪な膨らみがあったので、サリーはベッドの縁に腰掛け、エプロンごとその膨らみをひょいと摘み上げた。


「やっぱり呪いといえば蛙よねぇ。蛇でも蜥蜴でもなく蛙。自慢の姿が醜い蛙になった気分はどう?」


 だらしなく垂れ下がる蛙が、円な瞳でサリーを見上げている。情けをかけてくれとでも訴えているのだろうか。


「そんな目で見てきても呪いは解かないわよ」


 サリーはふふんと鼻を鳴らし、蛙を閉じ込める瓶を探して首を回した。


――その時。


 ポンっと大きな音が弾けたかと思えば、視界いっぱいに無駄に整った男性の顔が映る。

 スーシェンはサリーの膝に乗った状態で、さらに手を首に回してくる。まるで恋人に甘えるような仕草で耳に唇を寄せられ、囁くように告げられたのは……。


「もぅー、サリーさんったら愛情表現が過激なんですから。もっと僕が解けないような呪いをかけてくださいな」


 よし、今度こそ本気で呪いましょう。

 サリーは再び人差し指をピンと立てた。だが、それを一回り大きく骨張った手が優しく宥めてくる。

スーシェンのじゃれ合いは止まらず、すりすりと手の甲を撫で回される。背筋までぞわぞわと悪寒が走り、体が固まった。


「昨日もアドバイスしたでしょう。スーシェンと僕の名前まできちんと唱えていれば、もう少し効果はあったはずですよ?強情なおひとですねぇ」


 スーシェンはくすくす笑っている。

 求めていないアドバイスを右から左へと流しながら、サリーはげっそりと生気なく遠くを仰ぎ見た。


(なんなのよ、この悪夢は……)


「ほら、僕の名前を言ってくださいな」

「忘れたわ」

「嘘つき!普段は普通に呼んでいるじゃないですか。寝起きのせいですか?仕方ないですから、ヒントを差し上げます。最初の文字は——」


【スーシェン、蛙になりなさい】


 スーシェンが油断した隙にサリーは再び呪文を唱えた。だが、今度はサリーの魔力切れによりその魔法は発動さえしてくれない。


「そうです、スーシェンです!」

 

 しみじみと感激するスーシェンに嫌気が差す。これでは彼の名を口にしたサリーの一人負けである。

 面倒なノリには付き合えないと、サリーは未だ自分の上に乗るスーシェンをありったけの力で床へと突き落とし、ベッドから立ち上がった。

 非力なのが恨めしいので、後で体力回復や滋養に効く薬でも作ろうと決める。向かうはリビングだ。どこからかメアリーチェが肩に乗ってきてサリーの頬をつついた。


「おはようメアリーチェ。今日も元気そうで嬉しいわ」


 地面に尻餅をついていたスーシェンもそそくさと立ち上がり、サリーの後ろをつけ回す。


「朝食ができていますよ。今日は特別、マシュマロ入りのココアに加えて、パンにバターをたっぷり塗っても怒りませんので、味わって食べてくださいね」

「はいはい」


 適当に返事をし、サリーはリビングへと続く階段を下りた。


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