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ピスカの森の魔女  作者: 秋月
一章 目覚めの魔女(0-22)
23/23

22 アトリと杖/カルロスの翳

 ――翌日


「ちょっとサリーさん、どこほっつき歩いているんですか!家以外に結界は張ってないんですから危険です!」

「ちょっとくらい大丈夫よ」

「大丈夫じゃありません!貴女はほんとにもうどこまで危機感がないんだか……。それにアトリさんの面倒を僕が見るなんて聞いていませんよ。どういうことです?彼女に魔法を教えるって言ったのはサリーさんじゃないですか!」


 大樹の元から家へ戻ると、怒涛の勢いでスーシェンが迫ってきた。

 サリーが勝手に出かけたこと、アトリの世話を任されたこと、色々と不満が溜まっているようで、大変ご立腹なようだ。


 リビングの机ではアトリが本を広げて何やらぶつぶつと呟きながら懸命に勉強している。

 彼女は文字を読むことは出来ても書くことは出来ない。まずは文字の読み書きをしっかり覚えるところからだ。

 そしてそれを教えるのは、666年前の古語しか使えないサリーより、現代語を巧みに使いこなすスーシェンの方が適役だろう。そう思っての采配だということはスーシェンもわかっているだろうに。


「私は現代語なんて知らないもの。貴方に任せた方が早いわ。せっかくだから貴方も協力しなさい」

「なんて暴君な……!それより、どうして大樹の元へ行っていたんです?」


 やはり知られていたのかと思いながらも、サリーは大人しく答える。


「ちょっと欲しいものがあってね。アトリもこちらにいらっしゃい」


 その呼びかけに、アトリが席を立ってパタパタとサリーの元へ駆け寄る。

 サリーはローブを漁って一本の細い枝を取り出した。大樹の元へ行っていたのはこれを分けてもらうためだ。

 アトリにそっと手渡すと、彼女は不思議そうに枝を眺める。


「杖を貰ってきたの。この枝は魔力が宿った特別な枝よ。ピスカの森が杖主を認めれば、魔法が使えるようになる」

「でしたら後天的というのは……」

「ピスカの森に認められれば、魔女でも魔法使いでも何でもなれるってこと」


 枝を手にしたアトリは不思議そうに枝を眺めるだけだ。魔力を感じる能力もまだないから、無理もないだろう。


「大事になさい。大樹が我が身を削って譲ってくれたものなのだから」


 アトリからすればまだただの枝だ。見た感じも枯れ枝のようだから、そこら辺に落ちているものと大差ないように思えるだろう。何のエネルギーも感じ取れない段階なのだから仕方ない。

 だが、アトリはサリーの言葉に真面目な表情でこくりと頷く。彼女の小さな手が大事そうに枝を握りしめた。




◻︎




 ピスカの森の魔女が目覚めたという知らせは、イニティウル王国の民に激震を走らせた。

 ピスカの森周辺の住民は恐怖に怯え、外出を控える者が多い一方、たった一日で国外避難の動きまで発生しているというのが現状である。国外避難の筆頭は有力者達。既に魔女の目覚めを予期していた彼らは準備が整っていたようで、招集をかけても登城する者は殆どいなかった。国王ウラド6世でさえ、カルロスに国を預けて隣国へと逃げていった。


(ほんとに情けない国王です。それに比べてクロード・ブレド公爵とその騎士団……彼らは素晴らしい。騎士団の中には有力者の子息も多いから、やはり手放せない戦力には違いありませんね)

 

 カルロスは優秀なクロードを高く評価していた。そして彼が率いるブレドの騎士団のことも、王国騎士団よりよほど勇敢であるとみている。


(何より彼らはイニティウルのことを愛している)


 それは、カルロスが最も重視することだ。

 彼らは国の混乱を収めるために今も剣を握り、来るべく日に備えてピスカの森を監視している。国民から信用のある彼らのお陰で、これでも混乱は最小限で済んでいた。


 魔女を討伐すると宣言してから数日。


 カルロスは当然ピスカの森の魔女を倒すことを目的とする一方、国民が安全に居られるよう政策を打ち出す必要があり、なかなか自由になる時間が手に入らなかった。

 久しぶりに会ったピスカの森の魔女。あの魔女の眼は昔よりも強い意志を宿しており、それに気づいた時カルロスの手は僅かに震えた。

 彼女が本気で怒れば、国民など簡単に危険に晒されるだろう。彼女は人好きな性格をしているように見えて、どこまでも強大な力を持った残酷な化け物なのだ。追い詰めれば追い詰めるほどその本性は濃くなっていく。

 森を護るためならばどんな手でも使うのがあの魔女だ。……あの女は、結局のところ大切な相棒であった彼女さえ見捨てた。その後の魔女は、泣いて、後悔して、呪って、眠って。彼女か森か、はっきり選べば良かったのに。最後まで優柔不断だったから、互いにとって最悪の結果となった。


「……忌々しい」


 カルロスは唇を強く噛み締める。

 沈黙祭での計画は失敗に終わった沈黙祭でピスカの森の魔女を呼び出し、森に張られる結界を解除させたまでは良かった。しかしそこから謎の魔法使いの乱入により魔女を取り逃し、あまつさえ魔女役の少女まで連れ去られてしまった。

 作戦は上手くいく筈だった。何せこちらは666年間もの間どうすべきか考え、魔女が目覚めてから一気にかたをつけられるよう彼女の悪評を燻らせてきたのだ。

 飄々とした佇まいの裏で、カルロスの脳裏を支配するのは焦燥である。

 最も、誰も来ない、誰にも見られない、薄暗い地下で、彼はようやくそれを取り繕う必要がなくなる。


「あのもう一人の魔法使いは誰なのでしょう。あの男のせいで、ピスカの森の魔女を取り逃し再び結界まで張られる始末です……!水晶は前も今も魔女の家をぼんやりと映す程度で、灯りが点いていることしかわからない!」


 これでは水晶も大して役に立たない。魔女達の動向を探る手立てがどこからか得られれば良いのだが……。


 ピスカの森という存在は、カルロスがヒューリウスとして生を受ける前からあった。伝説の魔女が住み、樹々や獣、虫までもが魔力を宿す異界の森。

 誰もが喉から手が出るほど欲しがった。これまで多くの者が、手に入ればそれ以上望むものは何もないと言わんばかりに魔女に挑んでは、敗北を喫していた。


「さっさとピスカの森の秘密を暴き、その魔力を永遠に私の中に取り入れたいですが……」


 666年間の苦労は、ピスカの森の魔女が眠りについた瞬間から始まった。

 魔法を覚え魔力の源を捕らえ、幾重にも人を騙し、身分を変えながら、イニティウルという国を見守り続けた。今やカルロスとなった彼にとって、この国はもはや命そのものだ。慈しみ続け、守り続け、そして繋ぎ続けていく使命がある。


(……そうでしょう、姉上)


 カルロスーーヒューリウスは、心の中でそう呟いた。 


 脳裏に浮かぶ一人の女性は、病床でよくヒューリウスに夢を語っていた。最も見舞って最初の頃は、訪れるたびに眉を下げて申し訳なさそうに謝ってきていたが。


 ――ごめんなさいね、ヒューリウス。貴方には迷惑ばかりかけてしまって。


 本人が一番辛いだろうに何故謝るのだろう。姉上のせいではないというのに。

 辛そうな姉を見る度に困った顔を返すしかなかった。

 むしろ姉上に何もしてやれることのない自分の方が謝るべきだろう。暗がりに追いやられた姉にもう一度日の目を見せてやりたいのに……。

 自分の無力さが嫌でたまらなくなり、いつしか力が欲しくなった。

 姉上の容態が良くなることはなかったが、代わりに病床でたくさん話を聞かせてくれた。


 ――あらヒューリウス、また来てくれたの?ねぇ、今日はピスカの森がよく見えるわ。ピスカの森の魔女ってどんなひとなのかしら。いつか会ってみたいわ。私も魔法を使ってみたい!


 ――ねぇヒューリウス、この国をもっと明るくしたいと思わない?今はちょっと窮屈な気がするわ。国民がもっと笑顔で活気あふれたらさらに素敵だわ。


 ――ねぇ聞いて。友人ができたの!ふふ、とっても素敵な子よ。……えぇ!?駄目よ!彼女の素性はわたくしだけの秘密なの。貴方にもイヴァンにも内緒にするって言っちゃったし。


 ――ヒューリウス、わたくしの代わりにこの国の行く末を見届けて。そしてあの子を兄様たちから守ってあげて……。   


 ――魔法があれば、わたくしの未来は違っていたのかしらね……。


 かけがけのない時間は瞬きの間に去ってしまったが、彼女の言葉だけは消えることなく、ヒューリウスがカルロスとなった今でもなお残り続けている。彼女の願いの全てを叶えることが自分の野望そのものなのだ。そして、この国を完璧に守る方法を考えれば、ピスカの森という存在はあまりにも魅力的で避けては通れない。


「魔法は手に入れました。最後はピスカの森です。……見ていてください、姉上」


 666年間も我慢できたのは、姉上の存在があったからだ。

 自分が愚かなことはわかっている。魔女にとって取るに足らない相手であることも。

 それでも手を伸ばし続けてやる、この身を滅ぼす悪魔と契約してでも、最後の最後まで。


「……貴方はそのための重要な手札です」


 カルロスは魔力の源を柵越しに見下ろしながら呟いた。

 相変わらず狼は何も言わず伏せていたが、その金色の眼は一瞬だけ、慈悲深くカルロスを一瞥する。

 それはまるで、かつてのあの少女の瞳と同じだった。


「……やり遂げてみせます。こちらには666年間分の思案がありますのでね」


 狼に付けられた足枷。その足枷は、彼から魔力を奪う重要な魔道具。彼を閉じ込めるこの牢も、強大な力を持つ狼を封じ込め隠す為に作ってもらったものだ。

 ここに来れば、誰にも秘密でカルロスはヒューリウスに戻れる。……例え水晶を持つ魔女や魔法使いでも、覗き見ることはできない。

 カルロスは狼を横目で眺める。狼は変わらず澄まし顔だ。何が彼をそんなに強気にさせるのか。魔女が目覚めたからか。意地を張っているからか。不思議には思うが、理由などどうでも良い。


「役に立ってさえくれれば良いんです」


 焦ってはいけない。順を追って、ゆっくりと進めていこう。

 そう……まずは魔女役の少女を取り返すことからだ。

 国民を最も恐怖に陥れたのは、魔女が魔女役の少女を攫ったこと。きっと彼女を取り返せば、国民からは賞賛の声が上がり、そしてお人好しな魔女が森を出る理由になる。けれど最後にはきっと、魔女は少女を見捨てる。そうしてまた同じように後悔するのだろう。


(鍵は……自分ブレドの騎士団長ですね)


 カルロスは暗い笑みを浮かべ、その場を後にした。





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