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18 王子の正体

 サリーは、ぐったりと身体を預ける小さな魔女をローブで包み、舞台袖で控えるカルロスを見据えた。


「今の言葉で確信したわ。貴方まだ生きていたのね、ヒューリ……っ!」


 サリーの言葉を遮るように、カルロスは杖を向け魔法を放つ。


【火よ、魔女を燃やせ】


 緑黄色の粒子が杖から稲妻の速さで放たれる。


 全く隙がないというか、容赦がない。


 性急なところは相変わらずのようだ。


【防御】


 サリーは軽く手を翳して簡単にカルロスの攻撃を防いでいく。

 杖が欲しいところではあるが、こんな男相手、ピスカの森の偉大な魔女ならばこの身一つで十分だ。


(久しぶりの感覚。けれど、不思議と覚えている)


 森の結界のために使っていた力が、サリーの体に魔力として戻ってきている。

 黒い霧は小さな緑黄色の光の粒へと姿を変え、体内に吸収されていく。暖かな粒子が全身を巡りふつふつと魔力が沸き上がってくる感覚に、サリーはふぅと息を整えた。


 これこそ、ピスカの森の魔女が持つ真の力。


 久しぶりの魔力量に身体が悲鳴を上げているが、なんとかして立ち堪える。


(相変わらずの魔力量だわ)


 指先にまで強い魔力が巡る感覚に自分の両手をまじまじと見つめる。

 その僅かな間に、ブレドの騎士たちによって包囲され、何十本もの剣がピスカの森の魔女を貫かんとばかりに虎視眈々とその機会を窺っている。

 剣先がきらりと舞台の照明に反射しサリーも我に返った。


(いけない。戦いに集中しなくては)


 恐ろしい状況に、腕の中の少女も声にならない悲鳴を上げている。

 未だサリーのローブに包まった彼女の顔色は青白い。サリーは彼女の喉に魔力の核を見つけた。


(……あの陰気王子、なんてことに魔法を使っているの)


 サリーは少女をぎゅっと強く抱え直して、彼女の喉に人差し指を当て魔法を唱えた。


【解除】 


 これでもう声は出せるはずだ。


「貴女の声を返したわ」


 まずは彼女の声を返す。

 スーシェンの腹話術魔法がなければ、彼女に掛けられた魔法に気づけなかっただろう。

 もう大丈夫だと小声で囁くと、少女は喉に手を当てる。


「…………あ、あ、……こえ……もどって、る」

「ええ。辛かったわね。よく頑張ったわ」


 涙を垂らす少女の背を優しくさする。


 辛かったろう。怖かったろう。声を奪われた状態で舞台に立ち、挙句には火炙りの犠牲者にまでなった。


「こんな思いをさせてごめんなさい。貴女が素敵な演技を見せてくれた御礼に、ここからは私があの男の相手をするわ。だからあとは全て任せておやすみなさい――【良い子よ、眠れ】」


 これ以上もう怖い思いはしなくていいと、サリーは呪文を唱えた。

 トラウマにならないように彼女の恐怖を掬い上げて消してしまおうとも考えたけれど、それは彼女の許可を取ってからの方が良いだろう。記憶を消すなんて禁忌魔法だし。

 サリーの魔法の効果は抜群で、少女はすぐに瞼を閉じ眠りにつく。


(これで、戦いに集中できる)


 あとはこの場からどうやって退散するかだ。

 騎士団の動きは慎重で、下手に動くようなことはしてこない。四方八方をこうも囲まれてしまえば、いつ死角から攻撃されてもおかしくない。

 案の定、背後で大剣を振り下ろす男の気配がし、サリーはすんでのところでそれを交わす。魔法戦以外の経験はないが、避けることができて良かったとホッと胸を撫で下ろす。

 するとその僅かな隙をついてカルロスがまた呪文を唱えてくる。慌てて跳ね返しの呪文をこちらが唱えれば、また次は別の角度から剣がいくつも振り下ろされる。それらの剣を避けて、その隙に放たれるカルロスの放つ呪文と対峙して、また剣を避けて……


 とうとうサリーはバランスを崩して転倒し、大きな隙が生まれた。


【拘束せよ】

「ゔぅっ!!」


 カルロスの呪文が見事サリーの背中に当たり、身体が固まる。舌さえも動かないので呪文を唱えることもできない。

 少女を庇うようにして避けたため、敵に背を向けた状態になってしまったのが敗因だ。

 今の状態で斬りかかって来られればもうなす術はない。

 死にはしないだろうけれど、魔女への遠慮はないだろうから酷く痛い目を見る気がする。


 ああ、カルロスにつかまる事態は避けたかったというのに。


(まぁ、仕方ないわね……)


 サリーがピスカの森の魔女である以上、狙われ続けるのはもはや運命だ。

 むしろ666年間も使命から逃げ続けた罰だと捉えれば、この程度の敗北は大したことではないかもしれない。


(痛そうな剣。どれくらいの傷になるかしら。せっかくスーシェンのご飯で健康になってきていたというのに残念だわ)


 動かないサリーの背後で、騎士の覚悟を決めた吐息が聞こえる。剣が空気を切る音が聞こえ、痛みに耐えるように目を瞑る。――その時。


【時よ、止まれ】


 どこからか呪文が聞こえた。

 いったい誰が唱えたものなのかと、サリーはパッと目を見開く。 

 当然、サリーが唱えたものではない。口も動かない状態であるから不可能だ。

 では、カルロス?この場にいるもう一人の魔法使いである彼なら唱えてもおかしくはないだろう。けれど、サリーに攻撃を与えたい彼が騎士の邪魔をするとは思えない。


 ではいったい誰が?


 その答えは至ってシンプルだ。

 この国に居座るもう一人の魔法使い。サリーに纏まり付き、ひっつき回って過ごしているあのいけすかない魔法使いが、また追っかけてきたのだろう。


 つまりそう、この声の主は……。



「サリーさん」


 柔らかな中低音。


 ふわりと肩を抱き寄せられ背中に温もりが与えられる。


 隣に見える横顔は馴染みのあるものだけれど、いつもより真剣な眼差しと珍しく下がった口角は見慣れない。


(……スーシェン)


 自称天才魔法使いスーシェンのお出ましだ。

 彼は柔らかな黒髪をふわりと風に靡かせ、サリーの耳元で優しく囁く。


【一緒に帰りましょう】


 懐かしい呪文に、サリーはつい微笑んで目を伏せる。その言葉を最後に聞いたのは遠い昔の話だ。


 ふわりと優しい風に包まれ、最後に見えたのは焦るカルロスの表情。

 次に目を開けば、二人掛けのカウチソファや大きな水晶が置かれた、見慣れた光景が広がっていた。


「……家、だわ」

「帰りが遅かったもので迎えに上がりました」

「……そう」


 穏やかな笑みをサリーは浮かべた。

 スーシェンのおかげで命払いできたし、カルロスに捕まることもなかった。

 背中に伝わる汗が冷やされていくのを感じながら、はぁと胸を撫で下ろす。


(カルロスの拘束魔法も解かれている……)


 腕の中の温もりを一緒に連れてきてしまったけれど、スーシェンのおかげでひとまず難から逃れることができた。

 そんなことを思っていると、その彼が不満気に見下ろしてくる。まるで目を離した隙に迷子になった子供を叱る母親のような剣幕だ。


「サリーさん、なに呑気に笑っているんですか?貴女は今の今まで命の危機に瀕していたんですよ。もっと危機感を持つべきです。貴女が無茶ばかりするので、僕は命がいくつあっても足りません!」

「大げさね。刺激があってちょうど良いくらいよ」

「茶化さないでください!」

「ちょっと大きい声出さないで。この子が起きるじゃない」

「あ、」


 スーシェンは、サリーのローブの膨らみを見て気の抜けた声を上げる。

 カルロスに強引に舞台に立たされた魔女役の少女は、未だサリーの腕の中で瞼を閉じたまま夢の世界に避難している。

 緊急事態ということで彼女をピスカの森の魔女の家まで連れてきてしまったので、まずは彼女をどうするのか考えるのが最優先だろう。


 ひとまずサリーは彼女を自室のベッドに寝かせてメアリーチェに子守を頼むと、スーシェンを連れて階段を下り、リビングへと戻って再び彼の力で水晶に映像を映させる。

 そこからピスカの森の魔女の目覚めに騒然となる会場の様子をまじまじと見つめる。


 舞台上ではカルロスが大袈裟に嘆き、観客へ高らかに何らかの宣言を始めているところだった。ごにょごにょと口だけは変わらず達者だ。だが、サリーが注目するのは彼ではない。


「うーん、あの人よねぇ」


 サリーはカルロスには目もくれず、たった一人の少女の関係者を探す。


「え、ちょ、サリーさん?」

「あの騎士団の中でも一段と豪華な服着ているひと、あのひとがこの子の兄よね」

「え、あの、」

「違ったかしら?でもこの子舞台上で”助けて兄さん”って叫んでいたし、あのひとはそんな彼女に駆け寄ろうとしていたし」

「カルロス卿の様子を監視するのでは?」


 スーシェンの問いに、サリーは目を丸くして答える。


「どうして?」

「どうしてって、サリーさんを襲おうとしているんですよ?同じ魔法使いで、国の宰相で、現に今もピスカの森の魔女を討伐すると高らかに宣言しているというのに……」

「ああ、大丈夫よ」


 呆気なく問題ないと告げると、今度はスーシェンの方が目をまんまるにして固まった。

 先程まで命の危機に晒されていた者が放つ言葉とは思えない。森の黒霧が晴れた今――森に張る結界が消えた今、いつ突撃されてもおかしくないというのに。 


 ……とでも言いたげな様子だ。


 だが、サリーはスーシェンを一瞥して一言。


「だって貴方(スーシェン)がいるじゃない」


 軽々とそう告げて、「どうやって少女の兄と話をつけましょうか」と独り言のように呟く。

 取り残されたスーシェンはしばらく唖然としていたが、やがて了解したとばかりに静かに微笑む。サリーには不意の言葉にやられてばかりだが、その心地よい驚きはスーシェンの大好物であった。


「それもそうですね。僕は天才魔法使いですから」


 嬉しさを滲ませた、自信満々な声がピスカの森の魔女の家に響いた。






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