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15 『ピスカの森の魔女』


 『ピスカの森の魔女』――舞台は、ピスカの森の奥深く、少女ラーネが森に迷い込み、魔獣に襲われている少年ヒューリウスと出会うところから始まる。

 ラーネは魔獣を見たその瞬間、かつてピスカの森で一人の少女と出会い、子狼を交えて遊んでいた記憶を思い出す。

 その時の子狼こそ、目の前の魔獣ジェロだった。


『ジェロ、やめて。ラーネよ。お願いだから言うことを聞いて!』


 かつて遊び相手だった少女が現れたことでパニックになったジェロは逃げていく。

 難を逃れたヒューリウスは、立ち上がり、服装の乱れを正す。身なりを直すと、彼は金髪碧眼の王子様のように麗しい少年だった。

 

『助けてくれてありがとう。魔女の手下に連れ戻されるところだったんだ。君は私の恩人だよ』

『間に合って良かったわ』


 ヒューリウスは助けてくれたラーネの勇姿に、ラーネはヒューリウスの紳士的な姿に好感を抱く。二人はすぐに仲良くなりさまざまな会話を交わすが、ヒューリウスにはとある呪いが掛けられているという。


『僕はピスカの森の魔女に攫われて、この森から出られなくなる呪いをかけられてしまった。君だけでもここから逃げてくれ』

『まさかそれでジェロが貴方を魔女のもとに連れ戻しに?』

『彼は魔女の専属魔獣だから』


 ラーネの脳裏にかつての友人の姿が浮かぶ。少し気難しいところはあったけれど、根は優しいひとであったはずの一人の少女――


『まさか……』


 信じたくはないが、もしかして彼女がピスカの森の魔女だというのだろうか。


『嫌よ。二人で一緒に出る方法を探しましょう?』

『僕を見捨てないのか?』

『絶対に見捨てないわ』


 ヒューリウスは、ラーネの力強い言葉に勇気を取り戻し、森を出るためにピスカの森の魔女に立ち向かうことを約束する。

 ラーネもヒューリウスの呪いを解く方法を探ると共に、魔女とジェロが何故悪者となってしまったのか知ろうと心に決めるのであった。





 シーンは移り、その様子を水晶玉で覗いていたピスカの森の魔女は怒り狂う。


『まさかラーネが計画を邪魔しにくるなんて、これではあの男を利用して国を乗っ取る計画が台無しじゃない。私のことを忘れたうえに、今度は私の野望まで奪う気なのね。なんて欲深いの。ジェロ、彼女を私の森からさっさと追い出しなさい。今度こそ遠慮は要らないわ』


 魔女の命に従って、ジェロはすぐにラーネを見つけ出し彼女を襲う。

 一回目と同様、言葉での説得を試みるラーネだが、その説得も二回目は効かない。

 ジェロは魔女の傍にいながら彼女を悪へと染めてしまった自分を悔いていたため、魔女の言うことが絶対、魔女の願いを叶えることが絶対だったのだ。その心構えは、たとえ対峙する相手がかつて心を許した相手だろうと変わらない。

 とうとうジェロはラーネを追い詰める。

 このままではやられてしまうとラーネが目をぎゅっと瞑った時、ヒューリウスが懐に隠し持っていた魔女の杖をジェロに向ける。


『ラーネを襲うな!消え去れ!』


 ヒューリウスが杖に命令すると、杖の先から魔法が放たれ、ジェロの体が光の粒子へと崩れていく。そのまま緑黄色をまとった光の粒はピスカの森の土へと還っていく。

 ジェロは消滅した。

 ラーネは昔なじみの最期に胸を痛めるが、同じくらい魔女の暴走を止めたいと思う気持ちが強くなる。深呼吸をして気持ちの整理をつけ終えると、ヒューリウスに感謝を述べる。


『助けてくれてありがとう。貴方、魔法使いだったのね』


 ヒューリウスの魔法が無ければやられていたのは確実だった。ラーネは彼をなんとなく高貴な家柄出身だと思っていたけれど、まさか魔法使いだとは予想していなかった。

 しかしながら、ラーネの言葉にヒューリウスは首を横に振る。


『いいや、君を助けなければと、一か八かでやってみただけだよ。僕は魔法使いじゃない。杖の魔力が言葉に反応してくれただけだ』

『この杖には不思議な力があるのね』


 ラーネが杖に触れながら呟くと、ヒューリウスがある事実を教えてくれる。


『この杖、魔女の家から逃げる時にひっそりと持ち出したんだ。きっと魔法で守ってくれると思って。それから……これも』


 ヒューリウスはポケットから水晶を取り出す。用法はわからないが、きっと役に立つだろうと思って密かに持ち出したものらしい。


『ピスカの森の魔女が言ってた。僕を利用して魔女の国を築き上げるって。人々を恐怖で支配する国にするって』

『そんなの許されるはずないわ』

『僕もそう思う。この国の王子として、彼女をこのままにはしておけない。だからこれらの道具で、僕たちができることを考えよう』

『でも一体どうすれば……って、ちょっと待って、貴方この国の王子?王子さまなの?』


 ラーネはヒューリウスの正体に驚くが、だからこそ魔女に狙われたのかと納得してしまう。ヒューリウスは、「あれ、言ってなかったっけ」なんて惚けていて、驚いていたラーネもその様子にクスリと笑みが零れてしまう。

 ヒューリウスはヒューリウスだ。

 今さら構える必要もないだろう。

 それに今はもっと他に考えなければならないことがある。

 魔女から国を守るためにどうすれば良いのか。どういう会話を交わせば魔女を説得できるか。説得が無理だった場合、どのような戦術を立てて魔女に挑むべきか……。一つ一つ、じっくり考えていかなければならなかった。





 一方、ピスカの森の魔女は激昂していた。


『なぜこうも上手くいかないの。水晶や杖まで盗まれて、ジェロも帰ってこない。こうなったら、私が直々に成敗してやるしか……!』


 ジェロがいなくなれば、今度こそ完全に独りぼっちだ。誰からも忘れ去られる。そんな悲劇なんて高潔な魔女である自分には似合わない。相応しくない。

 ピスカの森の魔女は腕にぶら下げた呪いの毒林檎が入ったバスケットを見て、ニヤリと意地悪く笑う。積年の恨みを込めて煮た毒に漬けた自慢の毒林檎だ。


『準備は完璧。さぁ、行きましょう』


 魔法の力でピスカの森の魔女に敵うものはいない。

 やがて彼女は自信満々にラーネの前に姿を現す。

 ヒューリウスが見当たらないが、用があるのはこの少女だから構わない。


『久しぶりね、ラーネ』


 一方、妖艶な魔女の姿にラーネは目を見開く。彼女の目に映るのは、やはりあの時より大人びた顔立ちの少女だ。


『やはり貴女だったのね』


 ラーネはピスカの魔女の正体を憂う。


『どうして――』

『早速だけれど、王子のこと返していただける?』


 魔女はもはやラーネの記憶とは全くの別人になり果ててしまっていた。無垢な笑顔は翳りを含む妖艶な笑みへ、かつて澄んでいた瞳は真っ赤な悪意に染められている。

 ラーネは魔女の言葉を聞くや否や声を振り上げて首を大きく横に振った。


『嫌よ。それに彼は貴女のものではないわ。貴女の野望は誰も幸せにならないの。貴女自身も含めてよ!今ならまだ戻れる。私と一緒に――』

『煩わしい。そんなの最初からわかってる。それでも私はこの身を滅ぼしてでも、私を暗い森へ追いやった人間どもを裁いてやるって決めたの!』


 魔女の叫びがラーネの胸を切り裂く。

 人々に恐れられる魔女も、昔は普通の女の子だった。少し恥ずかしがり屋で引っ込み思案な優しい女の子だった。

 それなのに、魔法の力を恐れる人々によって暗い森へと追いやられ、独りぼっちになってしまった。友だちが欲しくて、ただそれだけのために人間に近づいて、でもどうやっても彼らは心を開いてくれなくて。

 私が閉じこもっていれば、人間たちは幸せでいられる。けれど、じゃあ、私はどうなるの?ピスカの森の魔女の幸せは誰がもたらしてくれるの――?

 魔女の苦しみは次第と憎悪へと変わっていった。

 彼女の記憶に蔓延る苦しみの全てがひしひしとラーネの胸に痛く刺さる。

 彼女は後悔した。

 なぜ自分は彼女のことを忘れてしまっていたのだろう。どうして一度でも思い出さなかったのだろう。

 ラーネは魔女に近づいて、今は青白く痩せ細ったその頬へ手を伸ばした。


『貴女のことを忘れてしまってごめんなさい。でも、やっぱり駄目。貴女が不幸になる姿なんて見たくない。皆が幸せになる方法がきっとあるはずよ」


 ラーネは訴えた。

 彼女の悲しみは最もだけど、その主張は通されるべきじゃない。魔法の力で支配する国なんて、彼女自身を含め、皆を不幸にするだけだ。


『皆……?その皆に、私を含めなかった貴女が何を言っているの?』


 ピスカの森の魔女は、目を丸くし、そして呆れたように首を傾げる。

 ラーネの説得は、魔女に届かなかった。

 いや、届くわけがないのだと、魔女は笑った。弾かれた者の虚しさなど、簡単に理解されては腸が煮えくり返る。

 安い言葉に頷く気はないと、ピスカの森の魔女はラーネの手を払い、一つ息を深く吐いて言う。


『仮初の言葉など要らないけれど、別れの餞別に選ばせてあげましょう。今すぐこの森から一人で去るか、それとも私に葬られるか』

『いいえ、私の選択肢はただ一つ。貴女を倒したあと、ヒューリウスと二人で森を出ることだけ!』


 ラーネの宣言に、魔女は眦を吊り上げた。

 魔女の最後の情けもこの少女は棒に振るらしい。


『ならばラーネ!貴女も、いや、お前も、王子と同じように呪ってやろう。お前はこの毒林檎を食し永遠の眠りにつく。このピスカの森で、誰も来ないこの場所で、孤独にもずっと一人で!』


 魔女は高らかに宣言するとラーネに呪いの魔法をかける。


【我が思うまま!】


 ビリビリと青い光がラーネの左胸へと放たれる。稲妻にも近いスピードと音が彼女を襲った途端、その身体が彼女の意思とは関係なくラーネの身体が勝手に歩き出す。マリオネットのように、ゆっくりと魔女へと近づいていく。

 魔女は自分の意のままに相手を操る呪文を唱えていた。

 彼女の手には緑黄の林檎が一つ握られている。

 彼女は嬉々としてラーネの訪れを待つ。

 やがてラーネの手が林檎へと伸び、恐怖に怯える彼女の表情が魔女の瞳に映し出される。この毒林檎を一口でも齧れば、ラーネが目を開く日は二度と来ないだろう。かつて心を許した相手が崩れ行く様なのだから、しっかり見納めてあげようと魔女は口元を歪ませる。


『ふふ、可哀想な子』


 ラーネは毒林檎を口へ押し付けた。




 ……魔女の口へと。



 魔女の目が大きく見開かれる。

 憎しみに染まった血の瞳が、一瞬だけ色を変える。


『なっ、どうしてっ!?魔法をかけたはずじゃ――』


 口に林檎を突っ込まれた魔女はただ狼狽した。

 なぜラーネは自由に動けているのか。魔法は効いていないのか。

 動揺する魔女に、ラーネは胸ポケットから水晶を取り出す。


『水晶玉が貴女の呪いから私を守ってくれたの。それから、私が歩いている間のわずかな隙、貴女が油断したタイミングを狙って魔法をかけてもらったわ。【我が思うままに】って』

『なっ!?』


 目を見開く魔女に、ラーネの笑みが映る。その後ろにはいつの間に王子ヒューリウスが杖を持って立っていて、その手には魔法の杖が握られていた。

 どうやらその杖で魔法をかけられたらしい。


『呪いを全部元の場所に返すわね』

『そんな………いやよ、いや……っ、』


 首を横に振る魔女の口が震えながら毒林檎を齧り、やがて細い喉でごくりとそれを飲み込む。

 絶望に眩む魔女にラーネは笑みを浮かべる。それは遠い昔の日、かつて彼女の友人がよく自分に向けていた陽だまりのような微笑み――


『おやすみなさい、ピスカの森の魔女さん』


 魔女が地面に倒れると共に、彼女の身体から黒い霧が出始める。それは彼女を包み込み、さらに広がってピスカの森全体を覆っていく。

 魔法の杖で急いでピスカの森を脱出したラーネとヒューリウスは、悲しそうに閉ざされた森を見つめた。





 やがてシーンはヒューリウスの戴冠式前へと移る。

 旅支度を終えたラーネに、新王となるヒューリウスは残念そうに話しかける。


『ラーネ。久しぶりの再会なのに、戴冠式が終わったらすぐにまたイニティウルを旅立ってしまうのかい?少しくらい滞在していっては?』

『いいえ、もう行くわ。ピスカの森の魔女のような存在を二度と生み出さないために、私にはやらなきゃいけないことがまだまだたくさんあるから』


 結局あの後ヒューリウスとラーネは結ばれなかった。

 ピスカの森の魔女の件で己が責務を見つけたラーネに、その余裕はなかった。


『ピスカの魔女はあれからずっと眠りについたままだね』

『ええ、深い霧がピスカの森を覆ってから三年。彼女が目覚める様子はないわ』

『どうにかする手立てが見つかれば……』


 ヒューリウスも国を建て直すので精一杯で、ピスカの森が民の不安要素になってしまっていることを憂いていた。

 しかしながらラーネは穏やかな声音で告げる。


『ううん、これで良いの。最後に見た彼女の眼をわたしは信じたい。あの眼を取り戻した彼女ならきっと目覚めても大丈夫よ。だから……さようならヒューリウス、どうか健やかで』

『ああ、さようならラーネ。またどこかで会おう』


 これが、二人が交わした最後の言葉だった。


 城の謁見台で、ヒューリウスは新国王として国民に高らかに語りかけた。


『誇り高きイニティウルの民よ!私がここに立てたのは、貴殿らの支えがあってこそである。故に、イニティウルに生きる全ての者に感謝を伝えよう。ピスカの森の魔女が眠りにつき王国に平和が戻ったが、黒い霧に覆われた森はどうにもならない。あの森は魔女の孤独の証。人間が一人の魔女を孤独へと追いやった証。それを心に刻んで、私はこの国を治めていきたい。いつの日かピスカの森の魔女がかつての心を取り戻し、安らぎのなかで目覚められることを願って――』


 ヒューリウスの戴冠式での宣言を、ラーネは観衆の一人としてしかと目に焼き付ける。そして静かに人混みを抜け去っていく。



 そのシーンを最後に、幕は閉じていく。



 『ピスカの森の魔女』終。


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