14 沈黙祭
「サリーさん、サリーさん、そろそろ始まりますよ!」
「うるさいわねぇ。静かにしてちょうだい」
スーシェンいわく、今日は沈黙祭当日らしい。
はやくと急かしてくる声が聞こえ自室の扉を開くと、ポップコーンバケットを左腕に抱き抱え、ストロー付きのカップホルダーを右手に持ったスーシェンがうきうきで立っている。お気に入りのフリルエプロンまで付けて、どうやら楽しむ気満々のようである。
「この前のサリーさんの水晶だとちっちゃくて見づらいので、今日は僕の特大サイズの水晶に映しましょうね!僕仕様の特注品です!まぁ僕が作ったんですけどね」
「いちいち鼻につくわね」
サリーは愚痴りながらも自室からそそくさと出た。
沈黙祭を見たいと言った気持ちは本当で、実はサリーの方も珍しくわくわくしていたりなんかする。
自分が悪役となって登場する御伽話が拝めるのだ。どんな悪さをしでかすのか、しかと見届けたい。
そんな気持ちでリビングに向かうが、リビングに置かれたあるものを見た途端気分が下がっていく。
「いつの間にカウチソファなんて置いたの。邪魔になるし二人掛けなのも嫌だわ。せめて一人掛け用が良かった」
一応愚痴るには愚痴るが、もういちいち魔法で消すようなことはしない。スーシェンは頑固者だから、消し去ったところでまた魔法を使って出してくるのがオチだ。
「リビングといえばのものですし、家族なら二人掛けが基本でしょう!」
「誰が家族よ」
「僕が母親で、サリーさんが思春期の娘です。ちなみにメアリーチェさんはサリーさんの幼馴染で親友というポジションで、家族ぐるみの付き合いをする仲です」
「誰が思春期の娘ですってぇ?」
サリーのこめかみがピクリと動く。
どちらかといえばサリーが保護者側だろう。今のところメアリーチェの設定しか受け入れられない。
「貴方と親子なんて死んでもごめんよ」
恨みがましい眼をスーシェンに向けると、彼はなぜか頬をポッと赤らめ、人差し指同士を擦り合わせながらもじもじとし始める。
「え、なに?」
気持ちの悪い反応だ。いったい何をそんなに照れているのだろう。上目遣いで見られても、冷めた目を返すくらいしかこちらに出来ることはない。
ぎょっとするサリーに向かって、弱々しくスーシェンは口を開く。
「えっと、じゃあつまり、サリーさんはふ、ふ、夫婦の関係性しか認めないってことですか?」
「……は、ぁ?」
理解し難い言葉に、喉から乾いた声が出る。
開いた口が塞がらないとはよく言ったものだ。呆れて物も言えない。
「どんな罰ゲームかしら」
「罰ゲームなんて酷いですよ。超絶ラッキーシチュエーションでしょうに!」
「都合の良い妄想はやめなさい。貴方は良くて近所の悪ガキよ。それも悪知恵が働くタイプのね」
「酷っ!せめてもっと気の利く大人な存在とか、サリーさんとメアリーチェさんの初恋のお兄さん的ポジションに……って、そんなことより、ほら始まりますよ!」
スーシェンが我に返ったように水晶に手を翳す。やっと正気に戻ったようで、開始時刻が来ちゃいます!なんて慌てている。
その間にサリーはカウチに寝そべり、スーシェンが腰を下ろすスペースを奪ってやった。アーレストを枕代わりに、リラックスした体勢をとる。
振り返ったスーシェンがぎょっと目を剥いた。
「ああ、ちょっと!僕が座る隙間ないじゃないですか!どいてください!座って観ましょうよ!」
スーシェンは唇を尖らせて文句を言うが、サリーはそれをものともせずただ大袈裟に嘆き返す。
「ごめんなさいね。私666年も眠っていたものだから、まだ体が言うことを聞いてくれなくて」
恭しい言い方に、スーシェンは眉間に皺を寄せ再び唇を尖らせた。
「大嘘でしょう!歩いている僕の足を引っ掛けて転ばせにくるくらいの元気があることは確認済みなんですよ!」
「あれはたまたまよ」
「たまたまが毎日必ず三回も起こるわけないでしょう!」
「貴方も大概よね。避ける術はあるだろうにわざわざ引っ掛かりに来るんだから、物好きといったところかしら」
サリーは呪いをかける他にも、様々な嫌がらせをスーシェンに行っている。今話していることもそのうちの一つだ。
しかし不思議なことに、スーシェンはサリーのそういった行動になぜか嬉々として引っ掛かりにくる。
呪いは避けるのに嫌味な人物だと、サリーはよくメアリーチェに愚痴っている。
「物好きの変態って……引っ掛かったら、サリーさんが笑顔になってくれるじゃないですか」
「確かにそうだけど、あれはどちらかというと嘲り笑っているの。ちょっと普通の笑みとはニュアンスが違うわ」
「それもまた良いというか!」
「やっぱり変態じゃない」
「だから変態というより……!いや、この辺にしときましょう。脱線のしすぎは良くないです」
結局痺れを切らしたスーシェンは大人しく床に座り込み、頭を預けるような形でカウチにもたれかかる。
「もうこれでいいです」
「首、痛くならないの?」
「なりますけど、サリーさんのせいです。そしてこんなことをしている間にまた時間が経ってしまいました」
「劇が始まっているかも!早くしてちょうだい」
「はいはい」
スーシェンは肩をすくめ水晶に向けて手を翳した。やっと沈黙祭の様子を映してくれるようだ。
魔法を使う時の彼は少し真剣な顔をする。サリーはその表情を見るのが密かに気に入っていた。
けれど、それにしても今日はやけに真剣な顔をしていると思って見ていれば……。
「えーっと『沈黙祭~舞台:ピスカの森の魔女~』のチャンネルは……」
スーシェンは水晶の中に色々な映像を映しているようで、映像ごとに器用に番号が振り分けられている。
彼が水晶の中の映像を選んでいると、僅か一瞬、サリーの姿が映し出された。
「ん?」
「おっと!」
すぐにチャンネルは切り替えられたけれど、サリーは見逃さない。
……というか、絶対に見逃してなるものか。
「しまったしまった」
左上に小さく書かれた『番号1:僕の夢を見ているサリーさんの寝顔』とは一体どういうことだろう。
一瞬だけ映し出された映像に、サリーもスーシェンもピクリと頬が引き攣らせる。
スーシェンは、焦りに駆られているのだろうか。慌てて崩していた姿勢を正し、悪戯が露呈した時の子どものように口の端を引きつらせている。
「ねぇスーシェン、なんか今、私の姿があったのだけれど。それとあの題名はなぁに?」
低い声で問い詰めれば、早口の言い訳が返ってくる。
「い、いやぁ、新しい水晶なもんで、お試しにちょっとサリーさんを映してみたんですよ。他意はないっていうか、別に寝顔が見てみたいとかそういうことを思ってやった訳ではなく!題名は……ほら事実を述べただけというかそのぅ」
「どこに事実があるというの。妄想も大概になさい。それからお試しと言うのなら、つべこべ言わずさっさと消して」
「いやはや勿論そのつもりです。後でしっかり消しときますよ」
「今、私の目の前で、消しなさい!」
「それはちょっと……」
もごもごと歯切れの悪いスーシェンに、サリーは痺れを切らして魔法の呪文を唱える。
【削除】
ものの一瞬で、水晶に映し出されたサリーの寝顔が消える。
貴重な魔力をこんなところで消費してしまうなんて勿体無いけれど、あの変な映像がスーシェンの元に残り続ける方がよっぽど堪える。
「ああ、そんな……!!」
「全く、どうでもいいことにばかり魔法を使って。ここまで来たらもう呆れも通り越して溜息すら出てこないわね」
「非道!!悪魔!!鬼ババ!!」
「何とでも言えば良いわ。ん?『2番:僕の料理を美味しそうに食べるサリーさん』?」
切り替わった映像もサリー関連だ。どうやらまだまだストックがあるらしい。
ちょうど良い。この際に全て削除してしまおう。
「全く、つくづく妄想癖のある気持ち悪い男だわ」
サリーは、およそ12番まで溜められた自分の映像を全て消していく。着替えシーンや入浴シーンが無いだけまだよしとするかなんて筋違いな感想を抱いたが、そもそも前提としてこれほど盗み見されているのはおかしいだろうと思い返す。
『3番:僕に胃袋を掴まれ、料理を盗み食いするサリーさん』
『4番:僕のことを思って憂うサリーさん』
『5番:僕を呪えたと勘違いして高笑いするサリーさん』
『6番:メアリーチェさんに優しく話しかけて、おそらく僕の話をしているのであろうサリーさん』
『7番:僕に追いかけられて内心は嬉しいのに嫌がるそぶりをみせるサリーさん』
…………
映像が切り替わるたびに、サリーは不愉快な気分を増していく。
これも消去。もちろんあれも、これも……。
ふぅと息を吐く頃には、スーシェンは床に突っ伏して泣いていた。
「僕の、僕の秘蔵コレクションがぁ……っ!」
「二度目は無いわよ。次やったら、貴方を蛙にするだけでは飽き足らず、シチューに入れて煮込んでやるんだから」
この変態ストーカーがとスーシェンを睨みつけてやると、それまで打ちひしがれていた彼はゆっくりと顔を上げる。
恨みがましい眼でサリーを見上げてきて、そのふてぶてしい表情が何とも鼻につく。
「お馬鹿さんですねぇ、サリーさん。僕を呪えると、まだ本気で信じているんですか?」
「ふん。貴方はまだ私の本気を知らないだけよ」
「僕だってまだ小指の先ほども本気出してないんですけど。……ってあれ、サリーさん?」
張り合ってきたスーシェンには反応せず、サリーはソファから起き上がり、足を組んで座り直す。スーシェンをわざと無視した訳ではなく、水晶に映し出されたある光景に釘付けになってしまったのだ。
「……ねぇ、スーシェン。あれが沈黙祭の舞台のメインステージとやらなの?」
サリーの問いかけに、スーシェンも腰を上げ、ソファに座り直す。しれっと渡されたポップコーンバケットを抱えていることにも気づかないくらい、サリーは水晶の映像から目を離せなくなっていた。
そんなサリーの様子を、スーシェンは微笑んで見つめる。
「そうですよ。舞台劇『ピスカの森の魔女』です。ほら、幕が開きましたよ」
『ピスカの森の魔女』――サリーがピスカの森の悪い魔女として登場するという、国民に親しまれる御伽話。
サリーのポップコーンバケツを持つ手が強まる。
いったいどんなあらすじなのだろう。後世はピスカの森の魔女をどのように悪いと捉えたのだろう。
(その答えが、この舞台でわかるのね)
サリーはごくりと生唾を飲み込んだ。
◻︎
舞台は静寂に包まれていた。
会場全体が異様なほど静かで、舞台上の演者も、それを見守る観客も、誰一人として声を発するものはいない。わりに聞こえるのは、演者の動きによって舞台上から生み出される足音や物音、そして演技に反応を示す観客の呼吸だけ。静寂の中には呼吸一つ逃さない圧迫感さえあった。
……とまぁ、そんな感じなので、サリーは劇が始まって間もなく目を丸くする。
「まさか演技中も声出しは駄目なの?」
主役の少女が登場して暫く経ったが、一向に喋り出す気配もないのだ。
身振り手振りやらで何かを表現するばかりで、一応表情や口の動きはあるものの、これでは後ろの方の観客にはまったく伝わらないレベルの代物だろう。
意味はあるのか、意味は。
「もちろんです。『沈黙祭』ですからね」
「大変ねぇ」
演劇の時くらい声が出せた方が良いのではないかと思うけれど、そんなサリーにスーシェンは口を尖らせて言う。
「全く、ピスカの森の魔女のせいだというのに、ずいぶんと他人事ですねぇ。魔女を目覚めさせないようにわざわざ声を出すのを禁じているんですよ?」
「ふん。私が提案したものじゃないわ。御伽話を信じこんで勝手に始めたことじゃない」
「それもそうですけど」
機嫌を損ねたサリーに、スーシェンは苦笑いを一つ溢した。
(自分で怒らせた癖になんで困り顔なのよ)
全くピスカの魔女のせいだなんて言わなければ良いものを。
「それよりスーシェン。声も音楽も使えないのでは、どうやって話を進めていくのかよくわからないわ。まさかずっとこのまま身振り手振りだけなんてこと……」
「その通りです。あとは、舞台演出ですね。大掛かりな舞台装置が魔法を演出したり、役者の気持ちを天気で表現してくれたりします」
あらすじが掴めないというのに、それを演劇と呼べるのだろうか。
サリーは訝しく思ったが、スーシェンは、前提として……と説明を続ける。
「そもそも超有名な話なので、皆ストーリーを把握しているという認識の下で演技が行われています。観客の中で話を知らない人なんてサリーさんくらいでしょう」
「そうなのねぇ。けれど、やっぱり台詞は欲しいわ」
「一応演者の口は台詞をちゃんと紡いでいるんですよ?ちょっと読み上げてみましょうか?」
「お願いしようかしら」
音声ガイド付きなんて喜ばしい。
頼みごとをされて上機嫌のスーシェンは、王子と少女と魔女と三者三様の声を使い分けながら、巧みに台詞を当てはめていく。なんでも腹話術魔法で、彼らの口に自分の口を連動させるのだとか。
「とりあえず登場人物の確認だけしときますか。主な登場人物は、主人公のラーネ、王子ヒューリウス、そしてピスカの森の魔女ですね。この三人さえ抑えとけば大丈夫です」
「わかってるわ」
ふっと微笑みを浮かべる。
(ラーネにヒューリウス……懐かしい名だわ)
脳裏によぎった記憶と御伽話がどう違うのか、実に見ものだ。
「……では始めますよ?」
何か言いたそうな隣の男を尻目に、サリーはその男の口から発せられる台詞を聞きながら観賞することにした。




