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12 クロードの視察/騎士団長ヴィンセント


 ピスカ領のとある劇場では、沈黙祭に向けた演目『ピスカの森の魔女』のリハーサルが行われていた。

 登壇しているのは、王子と少女とピスカの森の魔女を演じる少年少女三人。各々本番に向けて演技を磨き上げている最中である。

 その様子を観客席で眺めながら、クロード・ブレド公爵は演技指導者に話しかけた。

 数千人用の大ホールの中、観客席を利用しているのはクロードと彼の二人だけである。


「私の見る限り、魔女役の少女の演技がずば抜けている。悪役の演技力は作品の魅力を最大限引き上げるのに必要不可欠な要素だ。あの逸材をよくぞ見つけ出してくれた」


 クロードは演技を見て、特にピスカの森の魔女役の少女に目を付けた。

 彼女はまだ齢十二にも満たない少女で演技を始めて日は浅いと言うが、積年稽古を積んできたような貫禄のある演技を見せている。

 真っ白な髪に青い瞳。魔女とは対極の容姿をしているが、それでも恐ろしい魔女の姿に見えるのだから末恐ろしい。


「アトリですね。普段は無口で表情も少ないのに、演技になると人が変わるんですよ。今年の沈黙祭は私も楽しみです」


 領主の賛辞の言葉に指導者は得意気に頷く。

 クロードが治める領の一つ、ピスカ領で行われる『沈黙祭』――毎年平和への感謝とピスカの森の魔女の永遠の眠りを願って行われるこの祭りは、今年で666年目を迎える。かつては危険を忘れないようにするためという趣旨のもとで行われていたものの、今は魔女の存在を信じる人々の数も減り、娯楽的なものと化している。


 だが今年は、違う。

 ピスカの森の魔女が目覚める可能性があるからだ。

 森にかかる霧が薄くなり、現状いつピスカの魔女が街へ出てきてもおかしくない状況となった今年は、より一層警備を強化し、領民に気づかれないように彼らを守る必要がある。クロードは眼を鋭く尖らせた。

 ――ふと。


「名演技ですねぇ。声が使えないというのに、身振り手振りだけでここまで表現できるものなのですか」


 背後から感嘆の声が聞こえ、クロードは即座に振り返る。


「カルロス様、いらっしゃっていたのですか」


 クロードの背後にはいつの間にかカルロスが佇立し、その優しげな表情を舞台上へと向けていた。


「今年は私もピスカの森の監視役としての務めがありますからね」


 カルロスが右手に持つ先端に水晶がはめ込まれた長い杖は、かつてウラド6世に謁見した際に彼が持っていた秘宝だったはず。それだけでウラド6世の彼への信頼の厚さが透けて見える。

 クロードはカルロスへ向けて深く頭を下げた。


「心強きお言葉、恐悦至極に存じます」

「いえいえ、件につきましては私も憂いているのです。我がイニティウルにあの忌まわしい魔女が再び悲劇をもたらすことなど、もう二度とあってはなりません」


 穏やかな声には違いないが、どこか怒気を含んでいる。クロードは眉根を寄せた。


「カルロス様?」

「ふふ、何でもありませんよ」


 カルロスは表情をいつもの涼やかなものへと戻すと、目をすっと細め、舞台に立つ一人の少女を見つめる。


「それより、そうですねぇ。貴方の言う通り、あの魔女役の少女とっても気になりますねぇ」


 カルロスもクロードと同じような感想を述べているが、それは心なしかどこかクロードの抱くものとは異なり、蛇のような尖りを含んでいる。

 クロードの背筋がゾクリと震える。


「……そうですか。今年は貴女も見る予定だと」


 カルロスが杖をぎゅっと握りなおす。その先端の水晶にうっすらと映る人影を、クロードが捉えることはない。

 背後から聞こえるくつくつとした笑い声に、いったい彼は誰に何を語っているのだろうと引っかかりを抱きながらも、クロードはカルロスに話しかける。


「今年の魔女役はカルロス様の魔法で黒髪赤眼にしてくださるとのこと。ご厚意痛み入ります。後で彼女を連れてまいりましょう」

「はい、よろしくお願いいたします」


 カルロスは軽やかに微笑んだ。その顔に曇りはない。


(俺の気のせいだったか……)


 クロードはカルロスに笑みを返し、再び舞台へと目を向けた。



◻︎



 クロードは現在、ブレド騎士団と共に訓練を行っている。

 明日はとうとう沈黙祭。気を引き締めなければと鍛錬に勤しんでいる最中である。 

 剣を合わせる相手は騎士団長のヴィンセント。平民ながら剣の腕を買われて騎士団のトップへと就任した実力者であり、白銀の髪と青い瞳という涼しげな容姿と同じく、性格も冷静沈着で滅多に笑わない通称『鉄心の騎士』だ。

 彼の振り下ろす剣は重く受け止めるだけで精一杯。その重厚さは骨にまで響く。

 毎朝剣を振るっているクロードでさえ、ヴィンセント相手では彼の体に辛うじて掠り傷一つ付けられるか否か程度である。


「くっ、相変わらずお前だけは倒せそうにない」


 苦戦するクロードに対して、ヴィンセントは涼しい顔をしている。息一つ乱さないその様子に、クロードは苛立つように愚痴を言う。


「強くなりすぎだ、ヴィンセント」


 クロードが力任せに横に振った剣を必要最小限の力で避け、ヴィンセントは口を動かす。


「ありがたきお言葉」

「なぜここまで強くなれるのか俺には全くわからん」


 クロードの問いに、ヴィンセントは一息置く。

 その呼吸の間が何なのか、経験者のクロードは一瞬で悟り、無意識に彼のスイッチを押す質問を投げてしまった自分に後悔する。

 まずい、これはくる――と、クロードが構えた瞬間、青い瞳がカッと見開いて熱を帯び、甘みを含んだ声が発せられる。


「それは私が天使を守る使命を背負っているからです。クロード様もそのような相手がいれば途端強くなられるはず」


(出た――――!シスコンモード!!)


 ヴィンセントは稀代のシスコンである。

 いつもは必要最低限しか話さない癖に、妹のことになると途端饒舌になる。表情も柔らかくなり笑顔も浮かべる始末なのだからもう別人レベルだ。


「あ、相変わらずだな」


 彼はかつて妹を養うために入団してきた一介の騎士に過ぎなかった。幼い頃に両親を亡くし歳の離れた妹を抱えながら毎日を必死に生きていた彼を、クロード自ら根性と才能があると見込んで騎士団にスカウトしたのだ。

 ブレドの騎士団員になれば十分羽振りの良い生活ができる。だが彼は一介の騎士であることに満足せず、常に高みを求め続けた。

 いつの日か「拾った俺に報いるためか?」と尋ねたクロードに、ヴィンセントは「妹を守り抜くためです」という予想外の言葉を返した。まさか妹への愛情一本だけでここまで努力できるものなのかと少し引いた。

 だがクロードはそんなヴィンセントを存外気に入っている。正直で、冷静で、頭脳が切れる、クロードに全く無頓着なこの男を。


「私はアトリのためならこの身さえ捧げる。そのくらいの覚悟を持って生きています」


 ヴィンセントが勢いよく剣を振り下ろす。

 もはや受け止める力の残っていないクロードは危機一髪で攻撃を避けるが、代わりに尻餅を付き、その隙にあっという間に喉元に剣を突きつけられてしまう。戦場ならばここでクロードは命を散らしているだろう。

 対戦はヴィンセントの圧勝だ。


「ハッ、危ねぇ。もう体力残ってねぇよ」

「ブレドの騎士団の上に立つお方が情けない」

「お前が強すぎるんだよ。というか、アトリ?アトリって言ったか?」


 ヴィンセントの手を借りて立ち上がりながらクロードは問う。

 

「ええ。私の天使の名です」


 時間差でクロードの頭に「アトリ」という名前が響き、やがて一人の少女を思い出す。


「もしかしてお前の妹、今年の沈黙祭の魔女役の……」


 アトリ――この前クロードが『ピスカの森の魔女』の稽古現場を見学した際に、演技が上手いと関心を持った少女の名だ。彼女は明日、沈黙祭でピスカの森の魔女役を務める。

 クロードがハッと気づいて動きを止めると、ヴィンセントは悔しそうに嘆く。


「何故私のかわいいかわいいアトリが悪役なのですか!少女役にすべきでしょう?可憐で勇敢な姿がアトリにぴったりです。いや、でもいくら演技とはいえ、王子と良い感じになるのは許しがたい。恋愛要素などすこしもあってはなりません。そうなると、やっぱり魔女の方が……それかいっそのこと王子を……いや、それこそ少女と結ばれるので論外ですよね?」

「知らんわ!そんなこと俺に言われても困る!だがこの前少し話したとき、魔女役なんて光栄だと言っていたぞ。カルロス様の魔法にも表情を変えない様子は、今考えると絶世の美男子である俺を前にしても平然としているお前とそっくりだな」


 アトリもヴィンセントと同じく随分と寡黙な少女だった。表情はかなり少なく、というか、演技以外では表情はないといってもいいくらいだろう。


「黒髪紅眼のアトリは期間限定でレア感があっていいですが、やはり私とお揃いの銀髪青眼の方がいいかと。魔女の姿も結構しっくりくるって感じしましたが……」

「はいはい」

「魔女役に関しても、アトリが気に入っているのならそれでいいのです。アトリなりに魔女の心を汲み取ろうとしているようで、私によく尋ねてくるのです。”兄さん、魔女はどうして眠りにつく呪いを少女にかけようとしたの?もっと酷いこともできたのにどうしてだろうね”と」


 クロードからしたら感情のないヴィンセントだが、妹目線だとかなり感情豊かな人物に見えているらしい。


「私は答えられませんでした。魔女の心情なんてどうでも良かったから想像もできなかったのです。私はただ、アトリの意思を尊重するだけで――」


 柄をぎゅっと握りしめていたヴィンセントは、剣を鞘に収めて退散の準備を始めた。どうやら二回戦には突入しないつもりらしい。

 はぁと息を漏らしていても、それは鍛錬による呼吸の乱れではなく、妹を憂う兄の溜息でしかない。


「なんだかいつになく喋って口が疲れました。今日はここまでにしましょう」


(口が疲れたって、身体は疲れてないってことだろ?相変わらずの持久力だな……ってか、これで稽古は終わりか!)


 クロードもヴィンセントにならい嬉々として剣をしまう。

 なかなかハードな鍛錬だった。良い汗がかけたし、沈黙祭直前に気を引き締める良い機会になった。

 ヴィンセントほどの剣士ならピスカの森の魔女相手でも太刀打ちできるかもしれないなんて、そんな希望も見えてくる。

 そこまで考えて、やるべきことを思い出す。


(っと、本題を忘れていた)


 さっさと訓練所から引き上げようとしてしまった。伝えたいことがあってヴィンセントを呼び出したというのに、もう少しでそれを伝え忘れて帰るところだった。

 服に着いた土を払いながら、クロードはヴィンセントに問いかける。

 

「――なぁヴィンセント。ピスカの森の魔女が目覚めるかもって言ったらどうする?」


 珍しく真面目なクロードの声音に、ヴィンセントは無表情で即答する。


「アトリに危害を加えるのならば倒します。そうでないなら上の指示に従うまでです」

「お前らしい答えだな」


 クロードはハッと小さく笑った。今年の小さな魔女殿には、最強の守り神が付いているようだ。

 実際、ピスカの森の異変に初めに気づいたのはヴィンセントだった。近くの街へ視察へ出た際、一瞬で微小な変化を感じ取ったのだ。確か、霧の色が少し白くなっているとかそんな報告だった。


「ピスカの森の異変をこのまま隠し通すのは難しい。私がそうであるように、勘の良い領民は気づき始めている。ですが、そうであるならばなおさら沈黙祭で少しでも彼らの気が楽になってほしい。ブレドの騎士団長としては、そのように思っています」

「そうだよな」


 ヴィンセントの主張は最もだとクロードも頷く。

 沈黙祭を通して、領民ひいては国民に少しでも心を解して欲しい。恐怖は魔女にとってパワーになるとカルロスからも注意を受けている。


「じゃあ、その小さな魔女を守るために、まずは騎士団員たちを収集してくれ。それから、これはカルロス様からの提案なのだが――――」


 有事に備えるにはブレドの騎士団の協力は不可欠である。

 クロードの命に、ヴィンセントも覚悟の表情を見せて頷いた。


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