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11 外の世界


 サリーは自室に上がり、水晶玉を一つ手に取る。ちゃっかりその後ろをスーシェンがひっついてじろじろと眺めてくるけれど、無視だ、無視。


「良い水晶ですね。僕の持ってるやつの方が大きいですけど」


 スーシェンのマウントを無視し、本棚にしまっていた地図も引っ張り出す。

 両手に収まるサイズの水晶玉は、師匠がサリーに残してくれた優れものだ。地図上の見たいと思う場所に置いて魔力を流せば、その場所の映像を全方位で映してくれる。魔法を使う場合、ピスカの森の結界が障壁になるが、森の魔力であれば通してくれるため結界を破る心配もない。


「とりあえず、近くの街の様子でも映してみましょうか」

「僕がやります。その前に、地図も新しいものに……【交換】っと」


 ポンっと地図が新しいものにすり替えられる。古い地図は綺麗に丸められた状態でサリーの手のひらに返ってきた。


「ちょっと」

「いやぁ、666年前の地図はさすがに古すぎますって」

「そうじゃなくて、魔法なら私が……!」

「ここは僕に任せてください」


 スーシェンはサリーから水晶を奪い取って、止める間もなく魔力を流し込んでいく。結界が彼の魔法を弾くと予想していたけれど、すんなりと成功したので拍子抜けしてしまった。


(結界もそれほど弱まっているということ……?)


 黒い霧にはもう、この森を護りぬく強さはないのかもしれない。

 不安が心を煽るが、水晶に街の活気ある様子が映し出されれば、今度はそれをまじまじと見つめるのに夢中になる。

 サリーは目を皿にして街の様子を見ていく。


「何だか、見慣れないものがいっぱいあるわ」


 景色も、人も、建物も、音も。全てが新鮮だ。髪型も服装も、言葉遣いさえ、昔とは大きく違う。今の方が、カラフルで、自由で、表情も豊かで、楽しさに溢れている。

 

(昔は何かと指定が多くて窮屈そうだったのに)


 水晶に映る光景は何かに怯えるような張り付いた空気感はなく、和やかな雰囲気に包まれている。皆笑顔で幸せそうだとサリーは思った。平和な世の中であるようだ。


「666年も経てば、人も街も変わるわよね。街並みもファッションも見慣れないわ」

「ここは森のすぐ近く、ウラウラ街のセンターストリートです。ちなみにピスカの森を含めたここ一体はピスカ領で、ブレド公爵の治める領地となっていますよ」


 スーシェンが地図を指さしながら説明をしてくれる。


「へぇ」

「彼はいくつか領を治めていて、ピスカ領もその一つなんです」


 ブレドなんて知らない領主の名だ。

 当時森は王国から独立していたというのに、サリーが眠っている間に王国の領土となっているなんて。


「なんだか別世界を見てるようだわ」

「それも仕方ありませんね。何せサリーさんは年増……」

「なぁに?」

「いえ、なんでもありません」


 調子に乗るスーシェンを横目でカッと睨みつけ、サリーは再び水晶に目を戻す。


「それにしても、皆何やら浮き足が立っているわね。街中も飾り付けられているし、催し物でもやりそうな勢い」

「おそらく『沈黙祭』に向けた準備が行われているのでしょう。ピスカ領の年に一度のビッグイベントですよ」


 聞いたことのない催しの名だ。

 沈黙祭ということは、口を開かない祭りだということだろうか。全くもってつまらなそうなイベントである。


「何それ。全然楽しめなさそう。その割には皆浮き足が立っていて変な感じだわ」

「声を出さないで楽しむお祭りです!」


 スーシェンはピンと人差し指を立てる。

 

「『ピスカの森の魔女』をモチーフにしたイベントですよ。メインは演劇ですが、その他にも様々なイベントが取り行われる一大行事です。声さえ出さなければ何でもありですが、少しでも声を出してしまうと即罰金!集まったお金は国に寄付されます」

「私を倒したお祝いってわけねぇ」

「サリーさんを目覚めさせないためのお祭りでもありますね」


 そう言われると何だか少し虚しいけれど、その沈黙祭とやらを見てみたい気もする。特にメインだという『ピスカの森の魔女』の演目はかなり気になる。ピスカの森の魔女をどんな風に描いているのかちょっと見ものだ。


「まぁ、誰かさんのせいでピスカの魔女は目覚めちゃった訳だから、効果切れのお祭りなようだけれど」


 やれやれと息を吐くと、スーシェンは肩をすませる。

 相変わらずの様子に飽き飽きしながら、サリーは席を立った。


「もういいんですか?」

「今日はもういいわ。次に水晶に移すのは、その沈黙祭とやらにしましょう」

「飽き性ですねぇ。それでどちらへ?」


 そうねぇ、と振り返ってサリーは一言。


「貴方の部屋の扉のプレート、私とっても気に入らないの」


 『天才魔法使いスーシェンの部屋』と書かれていたものだ。へし折ってやろうと思っていたことを先程思い出した。


「なっ、どこに破壊要素が!?」

「至るところに」


 勝手にプレートを付けられたこと。『天才魔法使い』などという癪に触る枕詞が付いていること。その下に小さく『(注)僕を呼び出す際はノックを三回してから「親愛なるスーシェン」と三回唱えること(必須)』などと目を剥く文言が書いてあること。

 スーシェンの部屋の前でピタリと足を止める。「待ってくださいぃ!」と追いかけてきたスーシェンをひょいと避けると、彼は勢い余ってそのままバランスを崩して転倒していった。痛々しい音が響いても、サリーの目は壁にかけられたプレートに釘付けだ。


「ほんとにもう、どこまでふざければ気が済むのよ」

「僕は至って真面目に、ってひぃぃいい、やめてください!あれ文字全部手彫りなんです!!」


 足に縋りついてくるスーシェンを蹴り払いながら、サリーは右手の人差し指に魔力を集め、そのまま指の先から高火力の炎をプレートに向けて放出してやる。遠慮などする訳ない。

 案の定、プレートはあっという間に焦げてボロボロになっていく。


「樹は大切にって、サリーさんが言ったんじゃないですか!」

「ピスカの森の樹はね。けれど、これは貴方の魔法で精製したものでしょう。ただのレプリカよ」

「そうですけど、なんて非道な……!」


 スーシェンの嘆き様に、サリーの心は満たされていく。


「興味深い話が聞けたから、今日は貴方のこと呪わないであげる。けれど、プレートの破壊は辞さないわ」


 プレートが跡形もなく灰になると、やがてそれは煌煌と輝く星のような粒となってスーシェンの元へ戻っていく。彼の魔法で作り出したものだから、彼の元へ帰っていったのだろう。

 肉眼ならばサリーは魔力を見ることができる。水晶越しでは無理なので目の前の相手のものに限られるが。

 彼の魔力の色は黄緑色と金色が混じっているが、今回精製したプレートに込められたのは黄緑色の魔力のみらしい。


(無意識?それとも器用に使い分けている?)


 魔力の色で何が分かるかといえば、生まれの始祖(ルーツ)が分かる。しかしサリーは生まれてこのかたピスカの森にしか興味がなかったものだから、黄緑色の魔力のルーツが始まりの魔女マルディクティオのものだということしか知らない。


(どこかに文献があるかも……今度調べてみましょう)


「サリーさん、どうしました?」


 スーシェンに声を掛けられ現実に帰ったサリーは、考えていたことを悟られないよう意地悪く笑った。


「ん?そうねぇ、新しいプレートは私が作ってあげましょう」

「良いんですかっ!?」


 悲しませるつもりで言った嫌味だったのに、なぜかスーシェンは目を輝かせて喜ぶ。


「なっ、と、とびっきり変なことを書くわよ。あなたが嫌がることをつらつらと」

「構いません!だってサリーさんが僕のために時間を割いてプレゼントをくれるだなんて、これ以上のご褒美が他にありますか!約束ですよ?!なんなら契約魔法しちゃいます?」


 わくわくと期待するスーシェンに、サリーはげっそりと頬を引き攣らせる。せっかくスーシェンに痛い目を見せてやれると思ったのに、これでは結局また彼のペースに振り回されているではないか。彼を振り回す方法がいまいちよく掴めない。サリーがスーシェンに一矢報いることができるのは、一体いつになるのやら。むしろ悪口を書けば書くほど、彼は口達者に歓喜するのだろう。そんな状況を想像して彼の罠にハマる自分を恐ろしく思った。


(結局、無関心が一番ってこと……?)


 それでも構い倒してくるのだから、そういう訳でもないようだ。サリーの努力が報われる日は来るのやら……。

 ふ、ふ、ふ、口から乾いた笑みが漏れてあっという間にどこかへ消えていく。


(もう、適当にさらさらと書きましょう)


 その日の夜、スーシェンの部屋の扉には『スーシェンの部屋』と乱雑に書かれたプレートが掲げられていた。



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