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10 呪い?


「サリーさんなら、呪いを解いてくれると思いました」 


 スーシェンは堪忍したようにサリーを見据えた。

 

「いつからか、満月の夜になると狼の姿に変身してしまうんです」


 それを聞いて、サリーは始めてスーシェンの行動の意味を理解した。

 やはり、サリーを起こした目的は別にあったらしい。悪い魔女を監視するためやら、魔法の実力を試すためやら、適当な理由をつらつらと並べていたけれど、その裏で呪いを解く手立てを求めていたのだとしたらサリーを目覚めさせたのも納得がいく。

 スーシェンほどの魔法使いでも消えない呪い。どんなに恐ろしいものかとサリーは想像して恐ろしくなった。


「三ヶ月前の満月の夜、僕は再び狼の姿になりました。狼の姿では理性より衝動が前に出ます。気づいたら、ピスカの森のサリーさんの家の前まで来ていました」

「そう、だったの」


 ピスカの森は何者も通さない。なぜなら人間から守るためにサリー自身がそう設定したから。唯一の方法はメアリーチェに認められることだけ。それ以外の方法で森へ侵入しようとするならば、力技で結界を壊す他ない。スーシェンは腕が確かな魔法使いだから、きっと強大な魔力で結界を解いて入ってきたと思っていた。彼ならば可能だとサリーは考えていたのだ。

 しかし実際のところ、未だ結界は解かれておらず、黒い霧が森を覆ったまま。かつてメアリーチェに彼を通したのか質問しても答えは得られなかったけれど、今なら少しわかる。きっとスーシェンは彼女のお眼鏡にかなって森に入ったということだろう。そして彼がその時狼の姿だったとするならば、サリーが寝起きで彼をジェロと見間違えたのもあながち間違ったことでは無かったらしい。ジェロもスーシェンもどちらも狼で毛色までそっくりなのだから。


(もしかしてメアリーチェもスーシェンをジェロと見間違えて?いいえ、あの子はもうこの世にはいないはずだし。だとしたら生まれ替わりだと思って――?)

 

 見た目のそっくり具合からしても、ジェロとスーシェンには何かしらの関係がありそうだと考える。もしかしたらスーシェンの呪いとやらもジェロが絡んでいるのかもしれない。


「サリーさん?」


 深く考え込んでしまったサリーを現実に戻すようにスーシェンの声がかかり、慌てて顔を上げる。

 持論を展開しだすと止まらなくなるのはサリーの昔からの癖だ。よく師匠から怒られていた。


「なんでもない。――そうねぇ、貴方の事情はだいたいわかったわ。けれど、何故わざわざ私を尋ねたの?衝動って言っていたけれど、私と貴方の接点はないし、他にも腕の立つ魔女や魔法使いはたくさんいたはずでしょう?」


 サリーは話題を変えた。だが、なぜスーシェンが呪いを解くパートナーとして自分を選んだのかはずっと気になっていたことだ。魔法を扱えるものはそれなりにいるはずである。


「魔女や魔法使いはサリーさんを除いてほとんど姿を消してしまいました」


 スーシェンの寂しそうな呟きにサリーは瞠目した。


「そう……なの」

「ですが、いることにはいます。例えば現在この国にいる魔法使いは、僕とサリーさんの他にもあと一人……カルロス卿がいらっしゃいます」

「誰それ」


 聞かぬ名の魔法使いだ。サリーが眠っていた666年の間に新しく生まれた者だろうか。


「国王陛下の側近です。この国で初めて、魔法使いであられながら宰相になられたお方です」

「へぇ」


 魔法使いが政治に関われるようになったなんて、この国も随分と変わったものだ。魔法使いに対する意識改革を行ってくれた面々には是非礼を言いたいところである。


「魔法使いが評価されるなんて良い時代ねぇ。私もちょっとは外に出ても問題ないのかしら」


 結界を解くのは勇気がいるが、いつまでもこうしていられるわけでもない。いつか解除しなければならないのなら、魔法使いがもう一人いる現在をベストタイミングとみていいのかもしれない。

 しかしながら、スーシェンは複雑な表情で吃る。


「いや、それは……」

「駄目なのかしら。私の評判的に討伐対象になってしまうから?それとも魔法使いの中には貴方を呪うような物好きもいて危険だから?」

 

 やっぱり危ないかしら?と問われ、スーシェンはゆっくりとサリーの置かれた状況について話し出す。


「御伽話『ピスカの森の魔女』で、サリーさんは悪役として登場します。人々を恐怖に陥れる森の悪い魔女――そんな描かれ方です。実際、ピスカの森は黒い霧に覆われていて、悪い魔女は未だにその森で永遠の眠りについていると信じられているのをご存知ですか?」

「そうなの?」


 サリーはピスカの森から出ることがないから、言い伝えなど知る由もない。だが、その内容は殆ど事実である。


「ですからサリーさんは未だに悪い魔女として恐れられているんですよ。今となっては半信半疑の国民がほとんどですけどね」

「ふふっ」


 伝説の悪女なんて、凄い歴史人物に成り上がってしまったものだとサリーは自嘲する。

 まぁ、自分で受け入れると決めたことだ。良い悪いなんて指標はどうでもいい。

 だがそんなサリーを見つめて、スーシェンは話を続ける。


「ですが、僕はどうもこの話がしっくりきませんでした。魔女の心のうちがはっきりしないな――と」

「どういうこと?」

「最後の場面で、魔女は呪いの跳ね返りを受けて深い眠りについてしまうでしょう?なぜ彼女はわざわざ永遠の眠りなんていう呪いを選んだのかということです。彼女の力をもってすれば相手を呪い殺すこともできたでしょうに、どうしてかと」 


 それを聞かれると過去を掘り起こさなければならなくなる。答えを求める様にじっと見つめてくるスーシェンに、サリーは何も話したくないとしれっと話を逸らす。


「魔女に理由なんて無いわ。それより、満月が去れば貴方は人間の姿に戻れるのね?」

「ええ。月に一度だけの我慢です」

「そう。一緒に暮らして数ヶ月経つのに、ずっと気づかなかったなんて私も間抜けね」

「それはですね、基本的には森が霧に覆われていて月の光が届かなかったからだと思います。ですが最近では森の霧がだんだんと薄くなってきていて、その影響で月の光が差し込んでくるようになりましたから」


 そういえば、とサリーは思い出す。

 昨日の夜、サリーはなぜか満月を認識していた。基本、黒い霧に覆われたピスカの森はあまり光を通さない。朝昼晩を認識できはするが、月の満ち欠けなど把握できるレベルでは無かったはずだ。


(また霧が薄くなっているのね……)


 思っていたよりも早く結界が弱まっている。というより、結界に使っていた魔力は元はサリーのものだから、持ち主が目覚めたことにより変化が起こったという方が正しいか。

 正直、外の世界がどうなっているのかはわからない。サリーが眠りについてから666年経っているため、現在のサリーはあまりにも無知すぎる。スーシェンとの生活で気を紛らわせていたのは事実だが、やはりそろそろ外の様子を見てみても良い頃合いなのかもしれない。


「スーシェン、貴方、外の世界のことを教えなさい」


 真剣なサリーに、スーシェンはそわそわと姿勢を正す。


「……僕の呪いを解く手助けをしてくれるんですか?」

「いいえ、単純に興味があるだけよ」

 

 サリーの返事にスーシェンは途端ムスッと拗ねる。真剣に聞こうとしたのが馬鹿らしいとでもいうように猫背に戻り肩を丸めて言う。


「僕の呪いを解いてくれるなら良いですよ」

「いやぁよ、面倒だもの」

「面倒!?勇気を出して打ち明けたことなのに、面倒……!?先程までの優しさはどこにいったんですかッ!」


 相変わらず喧しいスーシェンに溜息を一つ溢す。

 あれは姿が変わるだけの呪いで、死に繋がるようなものではない。苦しみを伴うのは、人間の体を無理やり狼の体に変えようとして捩れが生じるからだろう。とりあえず苦しみを和らげる薬でも調合しといて、すぐに解決しなくても大丈夫だろうというのがサリーの判断だ。

 それよりも外の世界の現状を把握する方がよっぽど重要である。

 もし666年前のように外敵がいれば、それこそスーシェンの呪いを解くどころでの話ではなくなり、サリーもスーシェンもメアリーチェも、ひいてはピスカの森それ自体が危機に瀕することとなる。

 まぁ説明するのが面倒だからスーシェンには言わないでおこう。どうせ説明せずとも勝手に嗅ぎつけそうだ。

 それに彼に頼まずとも外の世界を知る方法はある。


「教える気がないのなら仕方ないわね。自分で確かめるからいいわ」

「え、ちょっとサリーさん?!」


 サリーは思い立って自室へと向かった。


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