葬り酒(はぶりざけ)
【注】
本作は故人にとって少しでも供養になればと思い、作ったものになります。
苦手な方はブラウザバックをお願いします。
目の前に、掌サイズより少し大きめに作られた蒸気機関車のミニチュアがある。
金色のフレームでできているそれは中が空洞になっていて、石炭車側からお酒のミニボトルが嵌るようになっている。ミニボトルの中身は、ブランデー。
もう何年も前に「ある人物」から預かったもので、「また会った時に持ってきて」と約束させられたものだ。
その「ある人物」とは、中学校時代に付き合いがあった女性である。
その彼女が、先日亡くなった。
ガンの宣告を受け、入退院を繰り返していた。
昨年度は小康状態を保っていたのだが、遂に天に召されてしまった。
(いつかは)
(そう遠くないうちに)
「その日」が来る覚悟は、随分と前からしていた。
していたつもりだった。
でも、全然できていなかった事を思い知らされた。
彼女が亡くなった地はここより遠く、当時一緒にいた仲間の行方も散り散りで知れず、思い出を一緒に語る事も人前で嘆く事も出来ず。しばらくの間悶々とした日々を過ごしていた時に、このミニチュアボトルの事を思い出した。
今、私は夜も更けたダイニングにて、長い間キャビネットの中に眠らせていた機関車のミニチュアを手に取り、そのボトルを目の前にして彼女のことを思い返している。
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彼女とは中学校の部活動で知り合った。
同じ部活動の、部長と副部長。正直に言うと、なんで気になり始めたのか、付き合い始めたのかは、あまりよく覚えていない。「好きな人っているのー?」と聞かれて、「目の前にいるけど?」と答えたのだけは覚えている。それが中3の春のこと。人前でベタベタしていたわけじゃないのに、いつの間にか学校でも仲が良くて有名な二人になってしまっていたのは、高校卒業後、同窓会の時に同じ中学校出身の人から「そういえば◯◯さんと付き合ってたの、有名だったよね?」と言われたことから知った。
受験の時期にはお互いの進路のことで揉めて、部活の先生に職員室に呼び出されて「先生も昔はなあ……」と、こんこんと話された。今考えると物凄く考え方が幼いと思うのだが、あの当時は真剣そのもの。中学生が「育ちも家柄も違うから、(彼女は有名なお寺の娘さんだった)一緒になれることはない」って理由で、別れる・別れないを真剣に考えていたのだから、なんだか笑えてくる。
結局、違う高校へ進学し、程なくして別れてしまったけど、彼女はその後も、時々手紙を送ってきた。
好奇心旺盛なところがある彼女は、留学でアメリカにわたり、なんとパイロットのライセンスもとったらしい。手紙に同封されていた洋楽の曲をしばらくヘビロテで聞いていたおかげで、その時の曲を聞くと、今でもその時の事を思い出す。
ただ、残念ながら私自身は英語がサッパリなので、未だに曲のタイトルがわからないでいる。
毎回ある日突然、彼女は連絡を入れて来た。
まあ予告して連絡を入れてくる人はいないのだけれど。
まずは「元気~?」その次に続く言葉は、
「結婚した」
「今キミが住んでる県にいるよ」
「こどもが生まれたよ」
「離婚しちゃった」
「再婚したー」
「今入院してる」
・・・etc。
ホントにまるで猫みたいに、いつもふらっと現れて、言いたいこと言って、しばらくは音沙汰なし。でも、いつも「ハイハイ」と言って受け入れる私も確かにいた。それは多分、彼女が恋愛感情を超えた「特別な人」だという証しなのだろう。
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ちょうど1年前、ふと思い立って彼女に連絡を入れてみた。彼女は何年も前に腫瘍が見つかり、そのたびに入退院を繰り返していたので気がかりではあったが、忙しさもあって御無沙汰になってしまっていた。
「もしもし?」
「……もひもひ」
「?声が変だけど、大丈夫?」
「……らいじょうぶ」
「また体調が悪い?今病院?」
「ひがふよ~」
「もしかして、なにか口にチューブか何か入れてる?」
「んーん、おくすりのふくさよう~」
合点がいった。今回もきっと治療中なのだろう。
それでも、こんな感じで話すのは、それまでになかった。
「じゃあ家?」
「そ~。きのうかえってきたの~。まんなかのむすこのけっこんしきがあるから~」
「大丈夫なのそれ?そーいやさ、今日夢に出てきたから、電話したんだけど、中学の時のこととか、覚えてる?」
「おぼえてるよ~あのね~わたしもこのまえゆめみたよ~」
───あのね。いっぱい、キスしてた。
多分あなたとのことが一番私、おぼえてるよ。
その瞬間に脳裏をよぎったのは
多分、もう時間はそんなに残されていない、ということ。
ずっと彼女は電話やメッセージをくれるたびに、
「なんであなたと一緒にいなかったんだろう」
「また夢に出てきたよ」
「ママが会いたいって言ってた」
「生まれ変わったら、今度は─────」
「今のダンナにも、あなたのことは話してる」
なんて言って、人の心を洗濯機にぶち込むようなことを言っていた。でも、今になって思う。お互い、離れていろんなことを経験したからこそ、そう思えるんじゃないかって。離れなかったら、きっとお互いの「大事さ」とかが、わからないままだっただろう。
彼女のために書いた「ifストーリー」がある。本来だったらとても他人様に見せられるものじゃない。多分しかめっ面をする人もいるだろう。
それでも、伝えたかった。形にしたかった。
遠き日の思い出、君と一緒にいた時間は、幸せな時間だったと。
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目の前にあるボトルを開け、ブランデーを2つの小さめのグラスに注ぐ。グラスの中でそれは氷の周りで揺らめき、ダイニングに吊るされたペンダントライトの控えめな照明の光を受けて、琥珀色の光を放っている。一つのグラスを取り上げ、もう片方の置かれたグラスにそっと近づける。澄んだ音が、微かに、鳴るか鳴らないか程度に、他には誰も起きていない時間に鳴り響く。
もし会えていたとしても、飲めなかっただろうけど
それでもできればもう一度会って、一緒に飲みたかった。
ほんの少し、薄めて唇を濡らすだけでも。
蓄えた年月の香りと、彼女への想いを、喉の奥へと流し込む。
途端に、喉と、胃と、顔が熱くなる。
そんなに酒に強くないくせに、強い酒を一気にあおったせいだと、しておこう。
四宮楓様より、本作に対し「「子はかすがい」と言うけれど」https://ncode.syosetu.com/n8474ki/をお寄せ戴きました。
この場をお借りして厚く御礼申し上げます。