二人のナイト
奏姉ちゃんが目の前で消えた。そんな事誰にも言えなかった。
トイレを開けた姉ちゃんを一瞬見た。それからもう3日たつ。
「李里危ない。前見て歩け。」
「あ。大和先輩。」
「お前の姉貴どこ行ったんだろうな。俺が原因かも。」
子供っぽい姉ちゃんとは対照的な大和先輩。背が高くて、少し焼けた肌にくりっとした目が印象的な先輩。髪と目は、綺麗な栗色。一方、俺は色が白くてよく女と間違えられる。
「何か心当たりあるんすか?」
「そう睨むなって。心当たりありまくり。スカート捲ったのとか、尻触ったのとか、あ。あれかも!あん時いきなり抱きついたから刺激が多すぎたかもな。」
「それって…日常茶飯事じゃないすか。あと、姉ちゃんの胸も触ってるの見た事あります。せめて俺の目の前はやめてください。」
「それは冗談だとして。奏が行きそうな所は探した。どこもいねぇんだよ。でさ、李里本当は何か知ってるんじゃねぇか?」
ふざけてた大和先輩がいきなり、真剣な声になった。先輩姉ちゃんを探してくれてたんだ。まぁ、誰から見ても姉ちゃんの事好きだからな。
結局話してしまった。
「トイレから出たら消えたー?…李里は嘘つかねぇよな。」
ポンっと頭に手を置かれた。先輩の手はどこか安心させる力がある。
「じゃ、今日お前んち行くわ。また放課後な!」
「え。ちょっと大和先輩!?」
姉ちゃんとかウザいだけと思ってた。いなくなってから気付くってほんとなんだな。
放課後、家に帰るとすでに大和先輩が母ちゃんとリビングでお茶していた。
「おかえりー。」
「おかえり。今からお母さん買い物言って来るわね。さすがに食料もきれてきたし。」
「うん。…行ってらっしゃい。」
母ちゃんやっと外に出る気になったんだ。やっぱ大和先輩はスゲー。
「じゃあ、奏の部屋に行こう!」
「…ただ姉ちゃんの部屋見たいだけじゃないっすよね?」
「ウソ。まずは、トイレからだな。」
あ。今かなり悔しそうな顔してた。いくら自分の姉ちゃんでも、勝手に見せられない。
「そう言えばさっきトイレ借りたんだった。」
「オレも何度もトイレのドア開けたり閉めたりしたんです。何も怒らなかったっす。」
「じゃあこうやれば…。」
大和先輩は開けっぱなしにした。トイレと廊下の間に、ゆらゆらと蜃気楼みたいなモヤモヤが出来てる。
「李里も行くか?」
「…はい!」
オレと大和先輩はモヤモヤの中に飛び込んだ。
「いてて。何だ?森?」
目を開けると、そこは森だった。
「これは夢っすか?」
「しっ!何か来るぞ。」
この足音…人じゃない。鳥みたいだけど重量がありすぎる。
木の茂みに隠れた。
「おい。マジかよ。」
そこには、少年雑誌に載る主人公の蔵刃が魔物と戦っていた。先輩のこぼれた一言とオレも同感でただ目を奪われていた。
「あんちゃんら、こんなところで何しとんの?」
気配も無く、漫画のキャラのはずの蒼が後ろに立っていた。…パーマやり過ぎだろ。
「まだ、魔物と戦う勇気が無くて。なぁ。李里?」
「はい。すごい迫力っすね。」
「きみら何か奏と同じ匂いがするわ。トリップしてきたんちゃう?」
なぜか蒼もオレの隣で一緒に隠れた。
「奏はどこにいるんだ!?」
「ひょっとして奏のナイト気取りかいな。オレが奏のナイトや。」
「なっ。ナイトぉ!?」
姉ちゃんのどこがいいのかさっぱり分からない。ナイトかナイトじゃないかはどうでも良くねぇか?
「姉ちゃんを返して下さい!」
「んー?返してって事は、オレらが誘拐しとると思とるわけか。ちゃうで。蔵刃がイケニエになるところを仲間にしたんや。」
蒼がペラペラと、非現実的なセリフを言っている。イケニエ?仲間?何だよそれ。
「じゃあ、奏は怪我とかないんだな。」
「最近、スキルアップが大変やからな。それは全く無いとは言えへん。」
「さっきからふざけんな!姉ちゃんを早く出せ!」
ガサッと音がした。
「蒼何してんだ!こいつら誰だ?」
「蔵刃斬らんでええわ。こいつら怪しい奴とちゃうし。」
「悪い。こいつはちょっと混乱してるんだ。奏のところに連れて行ってくれねぇか?」
大和先輩がオレを後ろに隠した。
「いやだと言ったら?」
「ついていく。」
「蔵刃ええやんか。こっちも勝手な理由で奏を連れて来たわけやし。」
「しょうがねぇな。自分の身は自分で守れ。」
ナイフを渡された。蔵刃は、生臭い獣の血の臭いがした。
しばらく森を歩いた。
「その服変わっとるわ。奏の服にも負けへんな。」
「制服って言うんだぜ。学ランって言って…。」
蒼と大和先輩は気が合うみたいで並んで歩いていた。
蔵刃は何だかんだ言って、庇う様に歩いてくれている。…気に入らない。
「お前、奏の弟か?」
「悪いか?」
「その真っ直ぐな瞳。そっくりだ。」
もっとふざけたキャラだと思った。何かあったのかもな。げ。心配してしまった。
「後少しで着くぜ。オレは蔵刃。お前の名前教えろよ。」
「オレは、李里。」
「リサトよろしくな。」
その時の蔵刃の笑みは、無邪気で八重歯が出てた。好きなキャラNo.1なだけある。オレは黙って頷いた。
しばらくすると、綺麗な泉があった。確か漫画ではヒロインが水浴びをしていた場所だ。姉ちゃんもしてんのかな。
「オレ達は水浴びしてから行く。すぐ先に小屋があるから先に行ってくれるか?」
「悪いなぁ。獣臭いからさっぱりしたいねん。」
「じゃ、俺達は先に行くか。」
「はい。」
結構歩いた気がする。先輩も俺もフラフラしてた。
「李里?大和!」
ぼやっと天使が見えた。オレはそのまま意識を手放した。
「何でそんな恰好してんだよ。これ着ろ!」
「大和何で来ちゃったのよ!バカばか馬鹿!」
うるさい声が聞こえる。姉ちゃんの声だ。良かった。
「あ!李里気がついた?良かったぁ。いきなり倒れたんだもん。びっくりしちゃった。」
「…痛い。」
「どこか痛いの?」
「姉ちゃんの恰好イタいよ。こっちが恥ずかしい。」
「ぶ!それ言うなよ。俺も思ってたけど。」
「大和まで!この世界じゃこっちが普通なの!」
姉ちゃんが元気そうで良かった。早く元の世界に戻りたい。