猛獣の森
スイカくらい大きい瞳と、川の中でしばらくにらめっこした。
そのカエルとワニに似た巨大な猛獣は、目を閉じた。
《頭を撫でるんや》
蒼の言葉が繰り返し頭によぎる。息が苦しくなって、空気を求めて水面から顔を出した。そして、すぐに潜って様子を伺う。
あれ?寝てる。
ちょっと雨蛙に見えて来た。今がチャンスだよね?
ぷに。
愛犬のリオの肉球みたいにぷにぷにしてる。頭が肉球的にぷにってるとか…。めっちゃ癒される!
ギョロン
目・が・あ・い・た。
「ぶはぁ!」
早く泳いで…あれ?足がつくんだけど。そう思い恐る恐る下を見ると、視界に広がるグリーン。そしてぷにってる足元。
ザバーン
私を頭の上に乗せたまま、スローなペース泳いで泳いでいる。まるでどこかに連れて行くようだ。下着は来てるけど、この格好はヤバい。何がヤバいって?スケスケなんだよ!
頭を撫でると言うノルマは達成したし、食べられる事は無いはず。
《忘れたらあかんのは、逆撫でしないことやで》
いや、ツルツルしてるし大丈夫なはず。
川の流れに従うようにそのピョニ(カエルとワニとかに似ている怪物)は私を乗せて、竜宮城…否、どこかに向かっていた。
「どこ行くの?」
『アルジの元へ』
「へ?」
今、しゃべった!?
《せや、いい忘れとったわ。頭を撫でて、相手が認めると声を伝えくれるんや》
そういえば、蒼がそんなこと言ってた。私、認められたんだ。
【猛獣遣い奏】
みたいな!?
子供の頃に見た、夢物語みたい。とか、一人うっとりしちゃってたりした。
でも、そう上手くいかない。
霧が濃くなって来た。なんか深い森に入ってった。魔女がいそう。と思ってると、カラスに似た鳥がギェ!と不気味に鳴いた。ここに入って来るなと言われてるようで、恐怖で身震いがした。
『少し頭を下げて下さい』
ピョ二の声は少年のように澄んだ声で、頭を下げると、頭があった場所にビュンと何かが飛んで来た。速すぎて見えなかったけど、羽の風をきる音から鳥だったのは確実だ。
『もうすぐで見えます。』
「見えるって何が?」
『私達のアルジ、スイレン様です。』
霧のせいでシルエットしか見えない。でも、人の形をしている。そして、武器を持たない自分に後悔した。とてつもなく鋭い威圧感がここまで押し寄せる。
「久しぶりだね。奏。」
私をピョ二から抱き上げたその人は、鋭い目をして優しく私に囁いた。整っているとしか表現できない、キリッとしたつり目気味な目元に鼻筋の通った顔。薄い紫の唇がこの人なら魅力的だった。服装は独特な民族柄で、よく似合う。
肩につく位の漆黒の黒髪、何処かで見覚えがある。
にっこりと笑いかけられて、写メりたいと思った。
「6年ぶり…くらいだね。可愛く成長して良かった。でも、傷跡はまだ残っているね。」
腰に触れられて、ビクッと反応してしまう。そして、スイレンはさっと上着を脱ぎ、パサッと私の肩にかけてくれた。何で傷跡を?
《奏は、あの時4日間も眠ってたのよ》
確かお母さんが言ってた。この傷は、小さい頃ある事故でついた傷。私は、その間ずっと夢を見てたの。空を飛ぶ夢や、恐竜に追われる夢とか数えきれないほど色んな夢を見た。
「約束覚えててくれたんだね。今日、奏がここに来たら」
「ちょお待てや。奏はオレの彼女なんやで。意味分かるな?」
当たり前のような顔をして、木の影から出てきた蒼にツーンと顔を背けるスイレンがおかしくて笑ってしまった。
「あ!奏の事なんやで!」
「笑顔、久しぶりに見たよ。」
「ねぇ、ここどこ?」
「変人の森や。」
「変人は蒼だから。ここは猛獣の森と呼ばれてるんだよね。」
他人事の様なスイレン。この人ウケるんだけど!
この時、私と蒼は、大和の事をすっかり忘れてた。
「コイツの頭ってどこだよー!」
むなしく叫ぶ大和だった。




