RPGの世界
朝はトイレの争奪戦。今日は一番乗りだけど。
「奏姉ちゃん!長い!」
ドンドンと弟の季里が壊れんばかりにドアを叩く。まだ、5分もたってないっつうのに。
「あーもーうるさい!」
扉を開けたら、そこは、私の好きなキャラクターがお茶を飲んでました。おしまい。
私は慌てて扉を閉めた。
「ウソ。トイレじゃない!」
「ようこそ。選ばれし者。」
ドアの中から、紫ロン毛のナルシスト斬兎が出て来た。背が高い。
エスコートされるまま、アジトっぽい場所に連れられた。私の大好きな漫画の世界。でも、実物を目の前にしたら怖い。だって、みんな武器の手入れしてんじゃーん!
「ホンマにソイツでええんかー?」
深い青のクルクルパーマの関西弁男。蒼。何やらトンガリコーンらしき武器を磨きながらちらっと私を見た。
「何でいきなり連れて来られて、文句言われないといけないのよ!この鳥の巣!」
「へぇ。威勢のええ姉ちゃんやな。名前は?」
「三屋 奏。これは夢なんだから!」
「ざーんねん。奏ちゃんこれはリアル。今日から、奏ちゃんは人質だからねん。」
いつの間にか後ろに、主人公の蔵刃がいた。短い赤い髪に、八重歯が可愛い。一番好きなキャラ。やっぱかっこいい。…懐に刀を忍ばせてなければね。
「蔵刃。その言い方はやめなさい。気を悪くします。」
「ホンマやん。イケニエ渡さな。楓ちゃん喰われんで。」
楓とは、この漫画のヒロイン。みんな楓ちんにメロメロや。あ、鳥の巣ボンバーがうつった。
「みんなー。遅くなって…きゃっ。」
はい。可愛くコケた。桃色のロングヘアーが綺麗になびく。いやいや、カラフルすぎるから。さりげなく斬兎が手をさしのべた。蒼がまたちらっと様子をうかがう。蔵刃はまた瞬間移動して、からかう。
可愛いらしい光景だ。
「その可愛い人誰?」
楓ちゃんがニコニコ近づいてきた。お世辞も良いトコロだ。
「可愛いヤツなんてここには、いーひんな。楓以外はな。」
アピールタイム始まるよ。
「おい。楓こないだのケーキ美味しかったぜ!」
「私はケーキなんて、食べてないですけどね。」
「私楓です。名前教えてください。」
「は、はぁ。奏です。」
3人の男をスルーしたよ。ヒロインはすごいね。
「その服変なの。私の服貸してあげるー。」
私は今、セーラー服です。ちなみに楓ちゃんはレオタードにフリルスカートがついてるみたいな恰好。どう考えても、あなた方が変なんです。さらに男の子たちは、個性的。
主人公蔵刃は、勇者的な何の皮で出来てるか分からない服。蒼は、なぜかアーミー柄のズボンに。上は、(こんなのどこに売ってるの?)Tシャツ。
斬兎は、何かアラジンみたいな?服装。
これで町歩いてみ?コスプレ以外の何者でもないべ。
「奏ちゃん。そんなの着てたら、町歩けないよ。はいこれ。」
楓ちゃんは、バックの中から何かを渡して来た。
「あの。まさかこれは踊り子的な?おへそ丸出しな。」
「大丈夫!上から羽織れば良いから。」
さらに、ペラっとした布切れを渡された。まだレオタードもどきのが良いから!でも、ヒロインの服装は変えられないし。しぶしぶ着替えた。
「可愛い!」
「胸が足りない。」
「おなかプニっとしてますね。」
「そんなんじゃ、イケニエにもならんのちゃう?」
「…いつから見てた?」
私は握っていた拳をふるわせた。嫁入り前なのに!
「今見たで!」
「まさか、ドット柄とか見てねぇよな!」
「そうですね。内もものホクロなんて見てませんよ。」
うわ。斬兎の最後のウインク見た?言ってる事最低だし。ファン減るよ絶対。
「奏ちゃんありがとう。私この人たちと一緒だと不安だったの。」
楓ちゃんにガシっと両手をつかまれた。セクハラ被害かなり多かったのね。漫画って綺麗に書いてるんだ。
タ-タラタ-タラタ-タラタ-タラ…。
「何だ!?」
「みんな動くな!」
「ちょっと、私の携帯だよ!返して!」
ザンッ。蔵刃が刀で携帯を真っ二つに斬り落とした。
「奏。魔法が使えたのか。」
「…ひどい。」
「奏ちゃん?」
「ひどいよ!私の日常返して!元の世界に戻してよー!」
何で私だけこんな変な服着て、携帯壊されないといけないの!?幻想に夢見すぎてた。本当に漫画の世界に行きたいって思わなきゃ良かった。
「いきなりで驚いたんや。オレらの世界に無いもんやから、蔵刃も守ろう思うただけなんよ。」
「もう、彼は飛び出して行きましたけど。」
「奏ちゃんごめんね。」
「みんな私も動揺しちゃってた。ごめんなさい。ちょっと蔵刃探して来る。」
初めてこの世界の扉を開けた。
普通に、スライムとかピョコピョコ跳ねてる。どうしよう。
「…走って来ただけだ。あやまんねぇからな。」
私の戸惑ってたスライムを斬り、隣に座った。
「うん。私もあやまんないよ。」
「気に入った。」
「ん?」
頬をつつかれた。
「お前を魔王のイケニエにするって話、やめる。オレの仲間になれ。」
真剣な瞳。すごい嬉しい。
「ダメだよ。私イケニエになるもん。元の世界に戻れないなら…。」
え…?私キスされてる。主人公はヒロインにしなきゃダメなのに!
「やだっ!」
「オレ、お前を見てるとすっげぇ胸にクる。そばにいてくれ。」
「私はこの世界の人間じゃないんだよ?蔵刃は単細胞なんだから。」
私は先に戻った。こんな激しい告白初めてされた。キスもほんとは嫌じゃなかった。好きなキャラとキスなんて、元の世界のファンには誰にもできない。ただ、それだけの理由だよね。
何やら会議中です。
「あかん。あっかーん!それはあかんで。」
「あかんあかんうるさいですよ。たしかに私も同感です。」
「なんでー?私は賛成だよ。ずっと一緒にいれるんだもん。」
「とにかく決めたんだ。奏は仲間になった!オレが守る!」
トンガリ武器を、蒼が投げた。って私の方に飛んで来た!目をつむれば、蔵刃がとめてくれていた。
カラン。カラン。
「楓を迎えた時も、守ると言いましたね。私が止めなければ、楓に刺さってましたよ。」
「くっ!蒼テメー試しやがったな!」
「もうやめて!私たちは二階に行くから。行こう奏ちゃん。」
楓ちゃんに手をひかれ、二階と言うより屋根裏部屋に近い部屋に行った。楓ちゃんが使ってるらしき部屋。
「私ショックだった。ずっと蔵刃が好きなの。」
「心配しないで?私タイプじゃないし。」
「だよね!それ聞いて安心したぁ。」
屋根裏部屋の窓からは、月の光が差し込んでいた。星が綺麗。
「眠れないの?」
「喉渇いちゃって。」
「下に水の入ったタンクがあるわ。一人で大丈夫?」
「分かった。」
やっぱり水道もないんだ。…トイレは。考えない様にしよ。
さすがに三人のケンカは終わっていた。
「タンクってこれかな。コップ使っちゃえ。んく…んく。美味しい。」
「起きとったんか。」
「いきなり背後に立たないでよ。」
「それオレのコップ。間接キスやな。」
「ゴメン!」
慌てて突き返した。蒼は笑った。えくぼ出るんだ。
「使ってええよ。あと、仲間になってええよ。」
「…あれ、なんでだろ。前が見えないや。」
「不安やったやろ?今日だけ胸かしたるわ。」
初めて男の人の胸で泣いた。好きな人の胸じゃなかったけど、温かかった。次の日、そのまま寝てて、蔵刃と斬兎に怒られた。
「奏も来い。」
いきなり、蔵刃に手をひかれ狩りに連れて行かれた。
「もう。あんまり引っ張らないでよ!赤くなっちゃったんだから。」
「なんで蒼と寝てたんだ?」
「教えてあげない。蒼との秘密だもん。」
泣き虫だと思われたくないし。
「じゃあ、あの獲物とったら教えろ。」
「え!あんなの食べるの?」
ヒュッ…ドスン。
「お・し・え・ろ・な?」
「泣いちゃったの。何よその顔!悪かったわね。」
「誰かに意地悪されたか?」
「蔵刃くらいしか意地悪しないよ。べー!」
「オレなら許す!」
そんな独占欲の強い蔵刃がお肉を担いで、私は薬草をつんだ。
「ちゃんと楓ちゃんが好きだよね?」
「ったり前だろ。楓はオレたちの姫なんだぜ!」
良かった。私、村人Aだよね。
「でも、今は。」
「何か言った?早く帰ろう!」
これで元の世界に帰れれば最高なのにな。