五話 終わりの始まり
「どうすればいいの?」
私の問いに、師匠は冷静な表情のまま答える。
「プラントシティの全員を移動させる。砂漠用のトラックがあったはずだ、そいつを使う。――俺たちは…」
「俺たちは?」
俯いて額に汗を浮かべる師匠の姿に、胸に嫌な予感が広がる。
「最後まで戦うんだ。」
その瞬間、悟った。ああ、そういうことか。つまり――死ぬんだ、私たちは。
「でも、逃げる住人たちの護衛はどうするんですか?」
私は何とか冷静を保とうとしながら問い返す。だが、師匠はふっと笑って、私を見つめる。
「俺はプラントシティで一番強い。俺に教わってきたお前は、おそらく二番目だろう。Level3を止められるのは、俺たち二人しかいない。だからこそ、他の機械狩りは住民たちの護衛に回すんだ。」
師匠の言葉に、胸がさらに締め付けられる。それはまるで、この戦いが私たちの最後であると告げているようだった。
「大移動だ。住人たちも準備に追われて時間がかかるだろう。本当は今すぐにでも出発したいところだが、仕方ない。一週間の準備期間を与えることにする。」
師匠が厳しい口調で告げた。私はその言葉に息を呑んだ。
「お前も、しっかり準備しておけ。」
私は無言で頷くしかなかったが、その夜、眠ることができなかった。
実は、私は一度もAIを恨んだことがない。なぜなら、私が生まれたときから、すでにAIから隠れる生活が当たり前だったからだ。
その生活が私の「基準」になっていた。師匠は絶望の時代を生き抜いてきたらしいが、私にはその痛みが分からない。だからこそ、危機感というものが薄れていたのかもしれない。
だが、今の師匠の顔を見て理解した。これから始まる戦いは、これまでの逃亡とは違う。相手は『ホンモノ』だ。
そんなことを考えながら、朝を迎えた。結局、眠れぬまま日が昇り、そうした日々が続いた。
――そして、一週間後――
ついにその日が来た。住人たちを無事に逃がすため、機械狩りの仲間たちはそれぞれ偵察に出た。私と師匠は各部隊から送られてくるモールス信号を受け取り、的確に指示を出す役割を担っている。
張り詰めた空気が辺りを包む。住人たちの安全、仲間たちの命、すべてがこの戦いにかかっている。私は息を詰め、モールス信号の音に集中する。もう後戻りはできない。
ヘッドホンから響くモールス信号。一つ一つ、ひたすら指示を出す。
偵察もほぼ終わりに近づいていた、そのとき――
突然、脳内に叩き込まれるようなモールス信号が鳴り響く。
『・ー・・ ・・・ーー』
「Level3…!」
私は反射的に大声を上げた。次の瞬間、耳に「L3」の文字が何度も何度も突き刺さる。おそらく全隊が同時に遭遇したのだろう。警告の「L3」が止むことなく、響き渡り続ける。
そして、突然すべてが静寂に包まれた。
モールス信号が――消えた。
「まさか…」
師匠の表情を伺おうとするが、私の目には涙が滲んで、師匠の顔が見えない。
遅かったのだ。
すべてが、遅すぎた。
偵察隊は――おそらく全滅した。
身体が震え、歯の音がカチカチと鳴る。
思考が、完全に停止する。何も考えられない。
「倒すしかない…。」
その言葉が、私の心に突き刺さる。
師匠の声は覚悟に満ちていた。涙でその表情は見えなかったが、その声音は冷酷なほどに決まっていた。
私たちはヘッドホンを静かに置いた。
住人たちには、待機するように指示を出し、私と師匠は外へ出る。
外に一歩踏み出した瞬間、目の前に広がる光景に、言葉を失った。
出口は、無数のLevel0のAIに完全に囲まれていた。まるで、壁のように立ち塞がっている。
そして、その先に――仲間の首をぶら下げた、マネキンのような存在が立っていたのだ。
胸が凍りつく。
その光景は、目の前の現実だということが信じられなかった。だが、それは確かに、目の前に在る。何も言えず、ただ立ち尽くすしかなかった。