四話 Level3
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3月4日
今日は、私の18歳の誕生日だ。
師匠は毎年、私の誕生日に何かしらのプレゼントをくれる。今年も期待している。――今、腰に差しているこのブレードだって、昔の誕生日にもらったものだ。
私は少し早めに事務所へ向かい、扉を開ける。
普段なら活気のあるこの場所が、今日は違った。
――重い。
空気が、張り詰めている。
胸の奥に嫌な予感が広がっていく。
「おはようございます!」
努めて明るく挨拶してみたが、返ってきたのは沈んだ声だった。
「……あぁ、リリィか。」
師匠の声はいつもと違う。
普段の軽口はなく、まるで別人のように重かった。
彼は事務所の男たちと深刻な顔で話し込んでいる。
――おかしい。
いつもなら「誕生日おめでとう!」なんて言って、茶化してくるはずなのに。
不安が膨らむ。
私は意を決して口を開いた。
「……あの、何かあったんですか?」
その瞬間――部屋の空気が一瞬にして凍りついた。
そして、静寂を破ったのは、別の事務所の男だった。
「実はな……昨日、うちの新人が初めて任務に出たんだが――戻ってこない。」
「――え?」
男は言葉を続けた。
「そして……最後の通信は、モールス信号で『L3』だった。」
「L3!?まさか、Level3ってことですか!?」
私は思わず叫んだ。
心臓が跳ね上がる。
――Level3。
それは、恐怖の象徴。
滅多に出会うことはない。だが、それが現れた時、そこは「終わりの場所」になる。
「……新人だからな。もしかしたら、焦ってLevel0か1のAIを見て、勘違いした可能性もある。……そう願いたいが。」
男の声には、希望よりも絶望が滲んでいた。
彼の視線は落ち着きなく彷徨い、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「常に最悪を想定しろ。」
その瞬間――
師匠の声が、鋭い刃のように空気を切り裂いた。
場が、凍りつく。
「……ここを捨てるしかないかもしれないな。」
「……っ!!?」
その言葉が、銃弾のように私の胸を撃ち抜いた。
ここを、捨てる?
まさか……プラントシティを?
そんなはずがない。
意味がわからない。
いくらLevel3が危険だからって、逃げるなんて――
私はそんな考え、これっぽっちも持っていなかった。
「……師匠、何言ってるんですか!? みんなで戦えばいいじゃないですか! 無理なら隠れれば――」
「お前は何もわかってない!!」
師匠の怒声が、事務所中に響き渡った。
私は、息を呑んだ。
普段はどこか余裕のある彼が、こんなに声を荒げるなんて。
私は、初めて見た。
「Level3はな、Level1やLevel2とはまるで別物なんだ。」
師匠の言葉は、まるで刃だった。
「1や2ならまだ戦える。逃げることもできる。だが、Level3は違う。
……あいつが現れた瞬間、“ゲームオーバー”だ。」
背筋が凍る。
「……どういうこと?」
「Level3は数が少ない。だからこそ、ヒューマンコロニーが見つかれば、その情報はすぐに上層部へ届く。
結果は――“消滅”だ。」
ズン、と胃の奥に鉛が沈むような感覚。
「……っ」
私の口が、勝手に震える。
そんなの、ただの強敵じゃない。
Level3は、“宣告”だ。
あいつが出た時点で、戦いの終わりは決まる。
勝つことは不可能。
逃げることも不可能。
生き延びる道なんて――どこにもない。
「……でも、まだ戦えるでしょ!? この街には戦える人間もいるし、避難場所も――」
「甘いんだよ!!!」
師匠が、私の言葉を叩き潰した。
「Level3が現れたってことはな、それだけでこの街は”詰んでる”ってことなんだよ!」
「逃げ道なんて、もうない。」
私の手が、震える。
寒いわけじゃない。
怖いわけじゃない。
だけど――
これが、現実か。
「……どうすればいいの?」
私は、震える声で師匠に尋ねた。
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