三話 プラントシティ日常No.1
1週間後―――
あの日、私たちは奇跡的に全員、後遺症もなく生還した。結局、あのデカブツのレベルは0だったらしい。確かに巨大で、力も強かったが、物理攻撃に反応して迎撃するだけの機械で、AIは搭載されていなかった。
今日は重要な用事があるため、顔を洗って早々に家を出る。そう――今日は給料日だ。
私はこの町で二つの仕事をしている。一つは機械狩り。危険な仕事だが、そのぶん報酬は高い。もう一つは学校の先生。実はプラントシティができた当初、この町には学校が存在しなかった。理由は簡単だ。AIへの憎しみが頂点に達していた時代、住民たちは学問ではなく、ただAIを倒す術だけを子どもたちに教え込んでいた。結果、識字率は大幅に低下した。
しかし、最近になって、この状況を見かねた機械狩りのメンバーたちが、仕事の合間に無償で授業を始めた。私もその一員として、子どもたちに読み書きや計算を教えている。基礎的な内容ばかりだが、彼らは目を輝かせながら学んでいる。この町の未来のために、教育の大切さを私たち大人はようやく理解し始めたのだ。
そんなことを考えているうちに、事務所に到着した。
「師匠、今日って給料日ですよね?」
私は上目遣いで、目を輝かせながら尋ねる。たとえ卑しいと思われようが、気にしている場合じゃない。給料日こそが、この殺伐とした日常の数少ない楽しみなのだ。
「あぁ。今後もしっかり励めよ」
師匠はそう言って、私に封筒を手渡してきた。しかし……何かがおかしい。
いつもなら、封筒を持った瞬間、ずっしりとした重みを感じるはず。だが、今回はやけに軽い。新しい紙幣が発行されたのだろうか? 額面が変わったのかもしれない。そう思いながら、期待を込めてそっと封筒を開く。
――中には、お札が五枚だけ。
「ご、五万……!?」
一瞬、思考が停止した。普段なら、封筒には最低でも二十枚は入っているはず。それが、たったの五枚? これでは、まともに生活できるわけがない。
「師匠! 聞いてないですよ! いつからうちの事務所、こんなに貧乏になったんですか!?」
怒りと動揺を隠せず訴える私の視線の先、師匠の机の上には、私のものとは明らかに違う、重厚感のある封筒が置かれていた。どう見ても、札束がぎっしり詰まっている。
「リリィ!」
突然、師匠が低く、しかし鋭い声で呼んだ。
ビクリと震える私の目に映るのは、いつもとは違う、どこか同情を含んだ師匠の表情だった。
「お前が壊した足のアーマー……あれの修理代が二十三万だ。その分、給料から差し引かせてもらった」
「……は?」
私の脳が、情報の処理を拒否した。
「に、二十三万!? こういうのって、会社が出してくれるんじゃないんですか!?」
「今は物資が不足していてな……会社にはそんな余裕がない。だから、装備の修理代は自腹で賄うしかないんだ。お前もわかってるだろう、この街の状況を……」
確かに、物資不足は深刻だった。AIとの戦争が続くなか、どのヒューマンコロニーも困窮している。だとしても……二十三万は痛すぎる。私は震える手で封筒を握りしめ、師匠の言葉の重さを噛みしめた。
「……わかりました。でも、次からはもっと優しく言ってくださいよ、師匠」
「すまん。次からはそうする」
師匠の言葉に、わずかばかりの安堵を覚えながらも、私は今月の生存計画を練り始めていた。
「せんせー!」
「……」
「せんせー!!」
誰かが私を呼んでいる気がする……だが、それどころじゃない。今月の生活費をどうやりくりするか、考えないと。
九万から……家賃が四万、水道・ガス代が三万……
「残り、二万……!?」
目の前が真っ暗になる。この二万でどう生きろと!?
「ゔぁぁぁん!」
突然、教室に響く泣き声。
アリアが泣いている。
……ああ、そうだった。今は授業中だった。
現実の厳しさに意識が奪われすぎていた。私は大きく深呼吸をし、気を取り直して教壇に立つ。
頭の中では、なおも「二万」の文字がぐるぐると渦巻いているが、今は目の前の子どもたちに集中しなければ。
「ごめんごめん、ちょっと考え事してたんだ。さあ、みんな落ち着いて。授業を再開しようか」
アリアの泣き声が少しずつ収まり、教室に静けさが戻る。
私は心の中で、どうやってこの二万で一ヶ月を乗り切るか計算しながら、それでも変わらない笑顔を浮かべ、子どもたちの未来のために教壇に立った。
そしてその夜――
私は師匠に頭を下げ、事務所に泊まる許可を得た。
こうして、極限の倹約生活が幕を開けたのだった