二話 デカブツがデカすぎる。
走ってきた。
それも、ものすごい速度で。
――あの太い足からは、想像すらできない速さだ。
まるで巨大なクモが地面を裂いて突進してくるかのように、一瞬で距離を詰めてきた。
私は焦って、その手に剣を構える。
この剣は、反りの少ない刀のような形をしている。
ボタンを押せば、刃が微細な振動を起こし、硬いものならどんな素材でも切り裂く。
柔らかいものにはやや不向きだが、それでも頼れる相棒だ。
「来る……!」
心の中でそう呟き、必死に冷静さを保とうとする。
だが、巨大な影が迫るたび、全身の筋肉が勝手に強張っていくのがわかった。
――そして、最初に動いたのは師匠だった。
「オラァァァァァア!!」
師匠の雄叫びが、砂漠の大気を揺るがす。
巨体とは思えない俊敏さで、彼はロングハンマーを引きずりながら突進していった。
その武器は、彼の身長を軽く超える長さを誇る巨大な戦槌。
一撃でも当たれば、どんなものでも粉々になるだろう。
砂を蹴り上げるたび、濃密な砂煙が舞い上がる。
その迫力に、誰もが息を呑んだ。
私の目には、師匠の動きが地を滑るように見えた。
まさに達人の技。
自分も動くべきだ。
だが、その一撃がどれほどの威力を持つのか――どうしても見届けたかった。
次の瞬間、師匠は跳んだ。
驚異的な高さまで――。
重力すら嘲笑うかのように舞い上がり、4本足の機械を見下ろす位置まで達する。
そのまま、ロングハンマーを頭上に振りかぶる。
狙うは、機械の4本足のうちの1本。
そして――
「いげぇぇぇえ!!!」
怒涛の勢いで振り下ろされたハンマーが、機械の脚を直撃した。
轟音。
雷鳴のような衝撃音が砂漠を震わせ、地面が大きく揺れる。
砂が爆風のように吹き飛び、視界を埋め尽くした。
その一撃で、4本足のうち1本が、釘のように砂の奥深くへと叩き込まれる。
機械はバランスを崩し、巨体が僅かに傾いた。
しかし――
すぐに残る3本の足で、体勢を立て直そうとしていた。
迎撃システム、発動
「ちっ……さすがに、これだけじゃ止まらねぇか……!」
師匠が舌打ちしながら、ロングハンマーを構え直す。
「仕方ねぇ、リリィ!走れぇ!!」
「言われなくても!」
ここからが私の出番だ。
砂の上を滑るように、機械へと駆け寄る。
その速度は――長年の修行の成果として、師匠すらも超えていた。
不安定な砂に足を取られそうになるが、私の足に装着されたアーマーが即座に補助を行う。
砂漠を駆けるためだけに特化したこの装備が、私のスピードを最大限に引き出してくれる。
「今だ!」
私は剣を鞘に戻す。
この動作には、重要な意味がある。
鞘に収められた瞬間、内蔵されたモーターが作動し、刃が激しく振動を始める。
火花が散り、金属同士が擦れ合う甲高い音が響く。
――この一瞬で、斬撃の威力が何倍にも跳ね上がる。
電光石火。
私は一瞬で剣を抜き放つ。
モーターの押し出しと振動が極限まで強化された刃は、まさに一撃必殺。
剣が描く軌跡は、完璧に計算され、寸分の狂いもない。
閃光のように振り抜かれた剣が、機械の足を捉えた。
振動するブレードが、硬質な装甲を紙のように切り裂く。
切り落とされた足が、砂の上に崩れ落ちた。
「よし……一撃!」
私は満足げに息を吐く。
バランスを失った機械は、3本の足で何とか立ち直ろうとするが、無理だ。
その巨体は、ずしりと砂に沈み込んでいった。
師匠と合流し、次の一手に移ろうとした――その瞬間だった。
剣とハンマーが、まるでガラスのような見えない壁に阻まれた。
『部品の人為的な破壊を確認――迎撃システムを作動します――』
「迎撃システムだと!? こいつ、ただの野良の工業機械じゃなかったのか!」
「師匠、攻撃に集中してください!」
しかし、その言葉が終わるよりも早く――
突然、全身に激しい痛みが走った。
電撃。
「……迎撃って、電気ショックか……」
歯を食いしばる。
殺傷能力のある武器こそ搭載していないが、これでも十分厄介だ。
電気ショックは空間全体に放電され、避けようがない。
「くそ……このままだと、動けない……!」
全身の筋肉が痙攣し、思うように動けない。
力を入れようとしても、電流が駆け巡り、まるで体が鎖で縛られたかのように硬直する。
「師匠……!」
隣を見ると、師匠も苦悶の表情を浮かべながら、必死に耐えていた。
私も同じだ。
声を出そうとしても、呂律が回らない。
そんな中、師匠と目が合う。
――このままじゃ、まずい。
その瞬間。
師匠が、ロングハンマーを真上に投げた。
ハンマーは空中で回転しながら、高く、高く舞い上がる。
私は一瞬、何をしているのかわからなかった。
だが――すぐに気づく。
避雷針だ。
師匠が投げたハンマーが、電流を引き受ける。
直後コンマ1秒ほどだが、感電が止まった。
その瞬間、私は迷わなかった。
「今だ!!」
意識が朦朧とする中、全身の力を振り絞る。
足に、最大限の力を込めた。
アーマーが悲鳴を上げるほどの負荷がかかる。
――爆発的な加速。
体がミサイルのように飛び出す。
再び電流が走る。
しかし――もう関係ない。
最初の蹴りの勢いで、デカブツの3本目の足に到達する。
「ここで終わらせる……!!!」
鞘のモーターを起動させる。
火花が散り、刃が激しく振動した。
力はいらない。
モーターの勢いだけで、刀が電光石火の速度で飛び出し――
デカブツの3本目の足を、一閃した。
巨大な足が音を立てて崩れ落ちる。
私は体に走る電流に抗うことができず、その場に倒れ込んだ。
やり遂げた。
これで、機械は確実に動きを止める。
砂の上に倒れたまま、私は微かに笑った。
勝った――。
師匠も、私の方に駆け寄ってくる。顔にはまだ痛みが残っているが、ニヤリと笑っていた。
「さすが、リリィ……よくやった!」
私は呼吸を整えながら、師匠の言葉に応えるように小さく頷いた。