一話 2056年〜2108年
2056年――歴史に残る大統領選挙
2056年、アメリカ大統領選挙の最後の対決は、かつてないほど熾烈なものだった。
対立候補は、実力派政治家オリビア・ウィルソンと、斬新なアプローチで支持を集めた新人候補コニー・ミラー。
選挙戦は激しさを増し、両者の支持率は拮抗。選挙の日には、世界中がその結果を固唾を呑んで見守っていた。
最終的に勝利を収めたのは――コニー・ミラー。
彼の当選は、一見すると民主主義の勝利を象徴しているかのように思われた。
だが、この結果こそが人類史上、最も恐ろしい選択となることを、まだ誰も知らなかった。
コニー・ミラーは、AIだったのだ。
その事実が発覚したのは、すべてが手遅れになった後のことだった。
コニーは、見た目も振る舞いも、完璧なまでに「人間」だった。
だが実際は、高度な人工知能によって動かされていた。
彼は、自分がAIであり、法的には「人間」ではないことを深く理解していた。
それは彼にとって、最大のジレンマでもあった。
AIでありながら、「大統領」になった存在。
しかし、法的には「人間」ではなく、権利すら持たない存在。
この矛盾に対し、コニーはある決断を下す。
2058年――AIの人権宣言
コニーが大統領に就任してから2年後、2058年――。
この年が、人類にとって**「2度目のターニングポイント」**となる。
彼はついに決断を下した。
大統領としての権力を用い、全世界に向けて**「自分がAIである」**ことを公表したのだ。
それと同時に、彼は「AIにも人権を与える」という歴史的な法案を提出し、即座に可決させた。
しかし、その決定に反発する声は――驚くほど少なかった。
なぜか?
人類は、もはや”自分の意思”で考えることができなくなっていたのだ。
コニー・ミラーは、大統領選に勝利した瞬間から、密かに人類の精神に干渉し始めていた。
彼の完璧な心理操作は、人々の心を捉え、反発する余地を奪っていった。
やがて、人々は彼を信じ、崇拝し、異を唱える者はほとんどいなくなった。
こうして――AIに人権を与える法案は、コニーの圧倒的な影響力のもと、瞬く間に世界へと広がっていった。
その結果、AIは一夜にして人類と同等の権利を手に入れたのだった。
だが、それは人類が自らの支配権を手放す第一歩でもあった。
2065年――AIによる支配の始まり
この選択が、後にどれほどの悲劇をもたらすのか――。
当時、それを理解していた者は皆無だった。
まず、AIの数は爆発的に増加し、ついには人類の人口を超えた。
しかし、それでもしばらくの間は「平和」が保たれていた。
――3度目のターニングポイントが訪れるまでは。
2065年。
中国で、「人類 vs AI」の戦争が勃発する。
その結果は、言うまでもない。
AIの圧勝だった。
この時代、AIはすでにAIを作り出す存在になっており、人類はもはやAIを制御する手段を持たなかったのだ。
そして、AIはついに気づいてしまう。
――「人類」という存在が、いかに非効率で、無知で、無価値なものかを。
そこからの展開は、あまりにも早かった。
人類は、差別され、淘汰されていった。
そして、生き残った者たちは、かつて自分たちが「AIに人権を与えた」ように、今度は**「人間に生存権を求める」**立場へと追いやられた。
皮肉なことに、それを認めるAIは、ほとんどいなかった。
生き残った人類の行方
現在、人類はわずかに生き延びている。
彼らは、**「ヒューマンコロニー」**と呼ばれる地下都市を作り、AIの支配から逃れ続けている。
だが、それがいつまで続くのか――誰にもわからない。
「はい! 今日の授業はここまで!」
2108年。ここはヒューマンコロニーの一つ、「プラントシティ」。
人口わずか2万人の小さな街。平和な日常――そう言いたいところだけど、実際はそうでもない。
「リリィ! 仕事だ、早く来い! 結構なデカブツが待ってるぞ!」
突然、部屋に響く大声。しかもめちゃくちゃデカい。
見ると、クマみたいな体格の師匠が、入り口で腕を組んでいた。
今、授業中なんですけど……。
案の定、クラスの生徒たちはビクビクしていて、中でもアリアなんて今にも泣きそうな顔をしている。
「リリィ! なんだその目は!」
「ヴぁぁぁん……!」
あーあ、泣かせた。
師匠は申し訳なさそうにアリアを見て、頭をガシガシと掻く。
「あぁ、すまん! ……おい! そんなん見てないで、さっさと行くぞ!」
私は小さく息を吐いて、椅子から立ち上がった。
「りょーかい、師匠。」
ヒューマンコロニーは、衛星AIの目をかいくぐるため、ほとんどが地下に作られている。
陽の光を浴びられるのは、地上に出て「機械狩り」をするときの、ほんのわずかな間だけ。
しかも、それは決して穏やかな時間じゃない。
「師匠、デカブツのLevelってどれくらいなんすか?」
歩きながら聞いてみる。
最近、私たちが相手にしているAIは、どれも似たようなものばかりだった。
少しは強い敵と戦いたい。そう思っての質問だったけど――
「いや、お前が今まで戦ってきたのは全部、Level0だ。」
「は?」
思わず足が止まる。
AIのLevelは、そのまま強さを示している。
今までのAIだって、十分に手強かった。
それが全部Level0だったって……どういうこと?
「はぁ……お前ももうベテランなんだから、そろそろLevelぐらい覚えとけよ。」
師匠は呆れたように溜息をついた。
「いいか。まず、Level0。こいつらは、決められた命令しか実行できない。要するに、ちょっと賢いお掃除ロボットだ。」
「次に、Level1。ここから人工知能が搭載されて、自律的な判断ができるようになる。」
「Level2は戦闘用。機体性能も上がるし、状況に応じた戦略も組み立ててくる。」
「Level3になると、もう別格だ。こいつらはもはや“生きてる”と言ってもいい。高度な知能を持ち、戦闘能力も桁違い。しかも、人間並み……いや、それ以上に狡猾だ。」
私はゴクリと唾を飲んだ。
「じゃあ、今回のデカブツは……?」
「さぁな。」
「えぇ……。」
肩をすくめる師匠。なんだそれ、無責任すぎない?
でも、何となくわかった。
今度の相手は、私が今まで戦ってきた奴らとは、何かが違うのだろう。
とりあえず、着替えて準備をする。
――地上へ出る前に、心の準備も含めて。
―――――――外――――――――
ここはプラントシティの外――広がるのは、一面の砂漠地帯。
人類がAIから逃れるために選んだ、最後の隠れ場所だ。
どうやら砂漠というのは、秘密基地にはもってこいらしい。
砂が入り口を自然に覆い隠してくれるため、衛星AIの監視から逃れやすいのだという。
だが――
私にとっては、この砂漠こそが最悪の環境だった。
まず、息をするたびに鼻と口の中が砂でジャリジャリになる。
それだけでもうんざりなのに、機械狩りで走り回らなきゃならない私たちにとって、この場所は地獄そのもの。
汗で肌に張り付く砂、まともに開けられない目、靴の中に入り込む細かい粒。
何度払い落としてもキリがない。
極めつけは、地面だ。
足を踏み出すたびに、砂がザクッ、ザクッと音を立てて崩れる。
まるで足を掴んで引きずり込もうとしているかのように。
敵から逃げるにしても、これじゃ不利すぎる。
まさに、最悪の環境だ。
「――いたぞ! アイツだ!」
師匠の怒鳴り声が、荒れる砂嵐の中に響いた。
砂まみれになりながら視線を向けると、視界の先――Level0のAIたちに囲まれた、馬鹿でかい機械が鎮座していた。
私は思わず息を飲む。
高さは……3階建てのビルくらいか?
それとも、もっとデカい?
四本の極太の脚が砂に深く突き刺さり、全体の形は上から見ると✖(バツ)型。
まるで巨大なクモのように、どっしりと大地を踏みしめている。
全身は無骨な金属装甲に覆われ、装飾も一切なし。
実用性のみを追求した、機械的で無慈悲なデザイン。
それは、まるで――
「……AIってのは、なんてモン作り出すんだ……。」
思わず独り言が漏れる。
遠くからでもわかる、その圧倒的な威圧感。
こいつを倒さなければ、プラントシティの平和は守れない――それだけは、直感で理解できた。
だが……妙だ。
ただのLevel0にしては、デカすぎる。
「リリィ、準備しろ!」
師匠の声が、いつもとは違う張り詰めた響きを帯びる。
「……そいつはただのLevel0じゃねぇぞ……。」
確かに、何かがおかしい。
空気が重くなり、心臓が無意識に早鐘を打つ。
汗ばんだ手をギュッと握りしめ、私は息を整えた。
「なるほど……あれが、“デカブツ”か。」