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7話 症状

 小鳥遊さんとの二人旅から数週間が経過した。

 今となっては、お昼時になったら食堂で一緒にご飯を食べるのが日課になるくらいには仲良くなった。もちろん佑介も一緒に居り、その佑介も小鳥遊さんと普通に会話するようになっている。


 他に変わったとすれば、佑介の話で小鳥遊さんが笑ったら、僕が少し嫉妬してしまうようになったことだろうか……。

 けれど、小鳥遊さんの笑顔を見たらそんな感情はすぐに浄化されるため、あまり関係なかった。


 そして、その笑顔を見る度に……あの旅での小鳥遊さんの無邪気な笑みが思い出されては、僕の胸をドキドキさせた。


 ――また行きたいなぁ……。

 そんな淡い思いを抱きながら、僕はノートに殴り書きされた文字をボーっと見つめていた――。


「おーい、ちはやー、なにボケーっとしてんねーん」


 気がつくと、目の前に座る佑介が僕をじっと見つめていた。

 現在の時刻は午後1時半。今は空きコマなので、大学内の空いている教室で、佑介と来週の小テストに向けて勉強をしていた最中だった。


 ところが、今日の僕は旅のことや小鳥遊さんの事を思い出しては、勉強に身が入らないでいたのだ。そんな僕を呆れたように見つめながら、佑介は続けて言う。


「千颯、お前今日物思いに(ふけ)り過ぎやろ。なんか悩みがあるんか?話ぐらいなら聞くで?」


「だ、大丈夫だよ。小テスト、ちゃんと出来るかなぁって心配だっただけだから」


「お前……その心配をしないように今勉強してるんやろ?それで集中できひんかったら本末転倒やないか」


「……そうだな。うん。よし、頑張ろう!」


 僕はそう張り切って声を出した途端、ゴホッゴホッと思わず咳き込んでしまった。


「おいおい、テンションの差に体が追いついてないんとちゃうか?」


 佑介はそんな僕を見て苦笑いをした。


「ははっ、そうかも。ほどほどに頑張るよ」


 僕も苦笑いを返しつつ、内心では『小鳥遊さんとの出来事がバレないで良かった』と、安堵するのだった。



★―★―★



「ほな、またな千颯」


「あぁ、またな」


 4限目の授業が終わった後、僕は廊下で佑介と言葉を交わした。佑介は次の5限目も授業があるため、ここでお別れである。


 ――帰ったら何作ろう……。

 僕はキャンパス内を歩きながら、ぼんやりとそんなことを考える。

 一人暮らしをする僕にとって、夕飯に悩むのはもはや日常であった。なるべく食費にお金を掛けたくないので、基本は簡単な自炊をしている。料理は嫌いではないし、なんなら月に一回は唐揚げ(もちろん二度揚げ)の日を設けて料理するほどだ。

 しかし。


 ――なんか今日はダルいなぁ……。

 僕は何処となく気怠(けだる)さを感じた。


 ――家の近くのスーパーで適当にお弁当でも買ってしまおう……。

 そんな甘ったれた考えが自分を堕落させる。分かっていても、それでも今日ばかりはやる気が起きなかった。

 僕は怠惰な計画を立てると、キャンパスの敷地を出て、駅の方へ向かう学生らに混じりながら歩き始めた――その時だった。


「どうしたんだ千颯君?元気が無さそうだな」


 僕の後ろから、今となっては聞き慣れた安心する声が聞こえた。


「……小鳥遊さん」


「体調が悪いのか?」


 小鳥遊さんが僕の隣を歩く。


「いえ……単に来週に小テストがあるので、ちょっと気分が下がってるだけですよ」


 僕は佑介の時に吐いた嘘を再び使い回した。

 自分でも、なんでそんな嘘を……しかも小鳥遊さんに吐いたのか分からなかった。


 ――けど、本当は薄々勘付いていた。

 ()()()()()で、小鳥遊さんに心配を掛けたくなかったのだ。

 だから。


「心配してくださらなくても大丈夫ですよ。僕はやればできる子ワイディーケー(YDK)なので」

 

 と、嘘と冗談で構成された言葉を返した。

 そんな僕を見て小鳥遊さんは。


「……そうか。小テスト頑張れよ、ミスターワイディーケー(Mr.YDK)」


 と、悪戯っぽく微笑んだ。

 ――この笑顔、僕だけに向けていてほしいな

 小鳥遊さんの笑顔を見て、そんなちょっとした独占欲が湧いてしまった。そして、そんな恥ずかしいことを考えた所為(せい)か、頭がズキリと痛んだ。


 僕は浮つく足を抑えながら、小鳥遊さんと歩く帰路を一歩一歩踏み締めるのだった。


「…………」



★―★―★



「それでは、また今度」


 駅の改札前に着くと、僕は小鳥遊さんに別れの言葉を口にした。

 僕は列車に乗って帰るが、小鳥遊さんは改札を通らずに、このまま反対側の出入り口に向かうのだ。見たことは無いが、もしかしたら小鳥遊さんの家は近いのかもしれない。


 僕は小鳥遊さんからの別れの言葉を待つ。

 しかし、返ってきた言葉は予想だにしていなかったものだった。


「……なぁ千颯君。君、無理していないか?」


「……え?」


「顔が赤いし、何より歩いている時も若干ふらついていたしな」


「…………」


 僕は無言を返す。

 対して小鳥遊さんはその疑問を――事実を口にした。


「風邪……じゃないのか?」


 ――図星だ。だからこそ、これ以上心配させたくない。一刻も早く離れないと、風邪を移してしまうかもしれない。


 そう考えた僕は、ポケットから定期券を取り出し、大丈夫ですよと言って改札を抜けようとした――その瞬間だった。


 ピッという音が鳴って改札口が開いたと思うと、視界いっぱいに駅の床が広がった。一瞬、何が起きたのか分からなかったが、体の前面に衝撃が走ると同時に分かってしまった。


「だ、大丈夫か!?」


 小鳥遊さんが慌てて近づく。


「お客様、大丈夫ですか!?」


 改札口横の事務室にいた駅員さんの一人も飛び出して来た。おかげで、周りの視線が一気に集まっている。


「……はい。少し(つまず)いただけなので大丈夫ですよ」


 僕は平静を装って立ち上がる。しかし。


「大丈夫じゃないだろ!千颯君は優しすぎるんだ。私からしたら、心配かけないように振る舞っている方が余計に心配なんだ!」


 人目も憚らず、小鳥遊さんはそう叫んだ。辺りのざわめきも大きくなる。


「……バレていたんですね」


 僕は呟くように言葉を溢した。

 段々と意識がボーっとしてきたかと思えば、周りからの視線で意識がハッと明確になる……そんな状態が繰り返された。

 そんな中、小鳥遊さんは駅員さんと何かを話すと、やがて僕の側に来て。


「とりあえず着いてきな」

と、僕の腕を掴んで歩き出した。


 僕は何も分からないまま、ただただ小鳥遊さんに着いて歩いた。





 小鳥遊さんに励まされながら10分ほど歩いただろうか、小鳥遊さんは急に立ち止まった。


「着いたぞ」


 小鳥遊さんの言葉を聞いて見上げると、そこは二階建てで、1階と2階を合わせて、計10部屋ほどの小さなアパートだった。

 頭の中がクラクラする状態でも、何となく察しがつく。そして、小鳥遊さんはその事実を口にした。


「ここが私の家だ。とりあえず今日は休んでいけ」


 その言葉に僕は。


「……ありがとうございます」

と、感謝の言葉を返した。


 小鳥遊さんは頷くと、2階の右端――一番奥の部屋に僕を案内し、部屋の鍵を開けた。


「さぁ、入りな」


「……はい、お邪魔します」


 僕は小鳥遊さんの家に足を踏み入れた。

 ここまであらゆる症状と格闘して疲弊していた僕は、何も考えられなくなっていたため、小鳥遊さんに言われるがままだった。


 だが、後に僕は気づいてしまう。

 事の重大さを――。

お読みいただきありがとうございました。

風邪を引いてしまった千颯君と、彼を自宅に連れて帰った小鳥遊さん。

この後、どうなるのでしょうか?

それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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