3話 幸せ
「え……? あぁ、うん。そうだな」
僕の問いかけに、少女は分かりやすく困惑していた。
――あぁー! やってしまった、やらかした!!
僕の心臓は、先程とは違う意味でドキドキし始めた。そして、自分が発した言葉を――自分の口下手さを悔やんだ。
そりゃそうだ。「今日はいい天気ですね」なんて言葉、陽が落ちる頃に使う人はそうそういないだろう。「今日はいい天気でしたね」の方がまだよかったかもしれない。
おかげで場の雰囲気はとても気まずいものとなってしまった。待合室の窓から差し込む夕陽の光が、今はとても憎くて辛い。
居た堪れなくなった僕は、もうホームの方で列車を待つことにしようと思い、立ち上がろうとした。――その時だった。
「そういえば君、昨日もここにいたよな。よくこの辺に来るのか?」
驚くべきことに、少女の方から僕に話しかけてきたのだ。僕は少しばかり呆気に取られてしまい、口を思うように動かせない。
「……聞こえているか?」
「えっ、あ、はい。ここに来たのは昨日が初めてです」
僕は慌てて返事をする。
「そうか。昨日は誰かと来ていたみたいだが、今日は一人で来たのか?」
「はい、そうです。ここで見た景色があまりにもきれいで、それでもう一度見たいと思ったからです」
もちろん嘘だ。本人を目の前にして「あなたに会いたかったから」なんて言えるはずがない。
少女は再び質問を繰り出す。
「旅行が好きなのか?」
「はい、好きです。休みの日は大体友だちとどこかに行きます」
鉄オタということは黙っておいた方がいいと感じた僕は、旅行好きという体で答える。まぁ、実質乗り鉄も旅みたいなものだし、嘘ではないはずだ。
すると、僕の返答に少女はなぜかフッと笑い、
「君、さっきから受け応えが面接みたいだな。お互い初対面かもしれないが、リラックスしてくれていいんだぞ? 私はそういうの平気だからさ」
と、柔らかく指摘した。
その言葉に僕はハッと気付かされた。緊張のあまり口調が堅くなっていたらしい。僕は一度深呼吸をして自分自身を落ち着かせる。
「……ありがとうございます。なら、普段通りに話しますね」
「敬語が抜けてないぞ」
「すいません、こればかりは容赦してください。敬語が自分を落ち着かせる精神安定剤なので」
「ハハッ、精神安定剤って大袈裟だな。まぁいいぞ、それでリラックスできるならな」
そう言うと少女は少し微笑んだ。
――ヤバい、微笑んだ顔もかわいい……。きれいでかわいいなんて、そんなの反則だよ。
僕は少女の虜にされかけていた。いや、もうとっくに虜なのかもしれない。
★―★―★
そこから僕たちは列車が来るまで――列車に乗ってからも沢山の話をした。
どうやら少女も旅が好きで、今回は一泊二日でこの辺に泊まったのだということ。
少女の旅は少し特殊で、行き当たりばったりのぶらり旅をしているのだということ。
今回この駅に降りた理由も「ただ何となく」という気まぐれものだったということ。
そして、その気まぐれによって、僕は一目惚れさせられたということ。まぁこれは言ってないけど。
この間、僕は多少の緊張をしつつも普段通りに話せた気がした。そして何より、一緒に話していて楽しかった。佑介と話す時とはまた違う楽しさがあり新鮮だった。
けれど、こんなに楽しい時間にもいつかは終わりがくるもので――。
「あっ、私、次で降りるからな」
あと1分で次の駅に着くだろうかというタイミング。ドア横に立つ少女はそう言った。次の駅といえば僕が乗り換える駅でもある。
「そうなんですね……。僕は次で乗り換えるので、そこでお別れですね」
「そうだな」
自分で「お別れ」なんて言っておきながら、僕は寂しくなった。
目にも止まらぬ速さで車窓を流れていたはずの夜景は、段々とその速度を落としてきている。それと同時に、男性の車内アナウンスが静寂の1両目に響き渡る。
物思いに耽り感傷に浸った僕は、やがてぽつりと呟いた。
「……また、会えますか?」
僕は目線を合わせることが出来なかった。
怖くなってしまったのだ。「これでもうお別れだ」と言われることが。
けれど、そんな否定の言葉が少女の口から発せられることはなかった。僕の言葉から少し間を空けて、少女はフッと息を漏らして。
「君、旅が好きなんだろ? だったらいつかは会えるはずだ」
顔を上げてみると、少女は優しそうに微笑んでいた。
少女の言葉と表情に、僕はすっかり安心させられてしまった。
ここで、連絡先を交換したらいいのではないかと言う人がいるかもしれないが、話しかけるのが1番の勇気だった僕にとっては、それ以上の勇気を出すことは出来なかった。
それに。
「……そうですよね! またいつか」
「ああ」
連絡先を交換しないで旅先で偶然再会する……なんてことも面白いのではないかと思ってしまった。
程なくして列車は駅に到着した。ドアが開き、僕らは先頭でホームに降り立つ。やがて一緒に改札前までやって来た。
「わざわざ見送りに来てくれてありがとうな」
「いえ、こちらこそありがとうございました。またいつか」
「ああ」
そう言い残して、少女は背を向けて歩き始めた。
――これで僕の初恋はいったん終わりかな。お別れは寂しいけれど、あの少女と出会えただけでも感謝しなきゃな……。ほんと、勇気を出してあの少女に話しかけて良かったな……。
僕は幸せな気持ちで心が満たされているような気がした。だがその時、僕はまだ全てが満たされていないことに気づく。
それに気づいた僕は、人目を気にせず叫んだ――。
「待って!」
一瞬昨日の光景が脳内を過り、少女は気づかずに行ってしまうのではないかと不安になった。けれど、それは杞憂だったようで。
少女は改札を過ぎてはいたが、僕の声に気づくとくるりと振り返り、こちらに戻って来てくれた。
周りからの注目が集まってしまったため申し訳なく思ったが、これを聞き忘れては後悔してしまいそうだったので許してほしい。
「どうした?」
少女が不思議そうに尋ねる。いや、少女ではない――。
「よければ名前……教えてくれませんか……」
その言葉を聞いて、少女は納得したような表情をした。
「ハハッ、そういえば忘れてたな。あんまり初対面の人に教えるものでもないのかもしれないが………君なら大丈夫だろう」
そして、その言葉を紡いだ。
「私の名前は小鳥遊奏羽だ。好きに呼んでくれ」
「小鳥遊奏羽さん……ですか、良い名前ですね。僕は望月千颯です。小鳥遊さん、改めて今日はありがとうございました!」
僕がそう言うと、その少女――小鳥遊さんは一瞬目を見開いたような気がしたが、すぐに柔らかい表情になった。
「千颯君……か。ああ、楽しかったぞ。またな」
「はい、またどこかで!」
僕は手を振って小鳥遊さんを見送った。
小鳥遊さんも軽く手を挙げて応えてくれる。
僕は嬉しさのあまり、小鳥遊さんの姿が見えなくなるまで一生懸命手を振り続けた。
乗り換えの列車が発車するベルも聞こえないほどに――。
お読みいただきありがとうございました。
バックパッカー少女ーー小鳥遊奏羽さんと仲良くなれて、千颯君も幸せそうでしたね。
それと、旅先でいつか再会をするというのは夢がありますよね。
今後、千颯君は再会できるのでしょうか。
それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




