5のダン『獅子泪累の姿なし』
「クソクソクソクソ!」
尻を汚したその魔ジュウは苛立っていた。
男を追い詰めようといの一番に飛びかかったのだが、白髪の少女の銃弾を脚に喰らって転がって、もみくちゃにされて追いかけるのが遅くなってしまった。
魔ジュウは人を撃ち殺したい。
何故かは分からない。だが、撃ち殺したい。生まれてからずっとそうだったのが、今日は何故か血が騒いだ。いつもであれば、夜まで我慢できるのだが、今日は出来ずにみんな飛び出した。誰でも良いから撃ち殺したかった。
撃ち殺せるはずだった。一番に、誰よりも早く、一番に注目を浴びながら。
なのに、うまくいかなかった。
「ゴミゴミゴミ!」
ビビったのを見られた屈辱、一番後ろになってしまった屈辱。
色んな苛立ちが混じり、その魔ジュウは怒り狂っていた。
「マジカスマジクソゴミガァアア!」
いっそ、魔ジュウでもなんでもいい。死体でもいいから撃ち殺す。
そう思いながら魔ジュウは遅れて校舎の中に飛び込む。
すると、他の魔ジュウ達がゲラゲラ笑う声がする。
だが、銃声は聞こえない。
魔ジュウは不思議に思ってそろりと近づいていく。と、そこには魔ジュウが男を囲んでいた。だが、
「つーわけでね、俺はね、言ってやったんですよ。さっきの女に。『呼ぶ名前と店構えはコンパクトに限る』って、そしたら、女は、きょとーーーーんって顔で首を傾げる。……だから、俺は、はああとため息ついて、言ってやったんですよ。お前さん……顔、かわいいねって」
魔ジュウ達は男の話で笑い転げていた。
男は足から血を流しているものの正座になって話をしている。
「オイオイオイバカデスカァアアア!?」
思わず大声で叫ぶと、男が、幽弁が振り向く。その目は爛々と輝いていた。
「馬鹿? ばかって言いました? 今、それは……正解!」
幽弁がそう言うと、周りの魔ジュウ達もゲラゲラと笑い出す。
「……ッ! オマ……!」
「いやあねえ、馬鹿なんですよねえ、あの子。そうそう、さっきもね、本当にすごかったんですよ。校舎で二人きり手を繋いで走る男女。教室へと飛び込んだ。薄暗い教室で男と女が二人きり。薄暗いせいか、はあはあという彼女の吐息がやけに教室に響くんです。それに汗もかいててなんだかしっとり。首筋を撫でるように落ちて鎖骨に溜まる汗なんかもう色っぽいのなんの……」
幽弁が徐々に艶やかに妖しくゆったり語り始めると、場は静まり返り魔ジュウ達の次々に息を呑む音だけが聞こえる。
「『はあ、はあ……ねえ、お前さん』」
「彼女が他の誰にも聞こえないようにと耳元で囁くような声」
「耳にかかる吐息が生暖かく甘い花のような香りでこっちもくらくら酔っ払いそうなほどだった。なんだか体中が熱くなって心臓の音もばくばく妙にでっかく聞こえてきやがる」
「……ふと、彼女を見れば、ぺろり……」
「そのかわいらしく小さな赤い唇を舌で舐めたんですよ。そしたら、それまで野に咲く花のようにかわいかった唇が突然、色気溢れる瑞々しい朝露に濡れた椿のように見えてきた」
「『ねえ、お前、さん……』」
「『ど、どうしたんだい、そんなに息を荒くさせて、まるで……』」
「『まるで、なあに……? あたしが当ててあげようか……?』」
「彼女の声が、匂いが、目が、鼻が、口が、唇が、真正面からどんどん近づいてくる……」
「んぱっ……と口を開くと彼女が言うんです」
ごくり。誰かの喉を鳴らす音が校舎に響く。
「『まるで……学校の……あれ、みたいだね……!』」
……。
「『いや、あれって例えが馬鹿すぎるだろ!』」
ゲラゲラゲラゲラ!
遅れて飛び込んできた魔ジュウも含めてみんなが笑い転げ、ひいひい腹を捩れさせながら倒れていた。
幽弁は声を荒げ、どんどんと場の熱を上げようと笑いの火に舌でマキをくべていく。もっともっと炎を燃やそうと羽織を投げ捨て語り出す。
「今までのムードを返せと! 馬鹿ってのは大したもんで、空気も文字も読めないし裏も漢字も書けないし語彙力も知識も足りない! そのくせなんでも多い方がいいと思ってる。昔、名前も長ければ長い方がいいと言った馬鹿がいた! みなさんご存じ! 寿き限り無しと書いての寿限無! 馬鹿が付けたぞ! 長生きしろと! お前さんの名は!」
幽弁が口を開けばみな前のめり。
「寿限無寿限無!」
息継ぎすれば埋めるように絶叫の笑い声。
「五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末」
熱狂の渦。興奮のるつぼ。踊るように笑い、腹を抱えて倒れ込む。
「食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助! って、あらあ、もう誰みんな死んじまった。こいつは俺に寿限り無しってか」
幽弁見渡せば立ち見の客は一人だけ。残りはみんな地獄にお帰り。木戸銭は三途の渡しの駄賃にでもすりゃあいい。
「ご存じ寿限無。……おあとがよろしいようで」
幽弁が頭を下げると、そこを通り過ぎる締めの銃弾一発が。
最後に入ってきた足を撃たれた魔ジュウが倒れ込む。その顔は笑顔で固まっていた。
抱腹絶倒死体の海から立ち上がった幽弁が穴だらけのガラス窓から向こうの校舎を覗くと、校舎の屋上から銃を持ったぼさぼさ白髪ロングを纏めた少女が手を振っているのがぼんやり見えた。
「そんな遠くから俺に一発も当てずに全員撃ち抜くたあ、絶句だわ」
その瞬間、幽弁の髪を掠って銃弾がワイヤーを引っ張ったまま壁に突き刺さる。
「おいおい、ワイヤーシューターも、持ってるのかよ……」
そして、屋上から繋がったワイヤーに金具を掛けて下りてくる累の姿。
幽弁はその姿を見て呆れたように笑う。
「大した女だよ、まったく……」
累が両手を広げて飛び込んできて、そのまま幽弁を抱きしめる。
「わたし、大した女でしょ? だから、ケッコンしよ?」
幽弁はそう告げた累の顔を見て、にっこりと微笑み、口を開く。
「断る」
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