4のダン『獅子泪累は意気地なし』
幽弁はあふれ出るツッコミ魂を抑えながら小声でつぶやく。すると、累はそんな幽弁を見て、困ったように笑い、小さく零すように話し始める。
「うん、わたし、話がヘタ。ヘタだからうまく輪に入れなくて……楽しい話出来なくて……でも、幽弁は話上手。おもしろい。すき」
そういって累は照れくさそうにはにかみながら笑う。
「お、おう。ありがとよ」
「ずっと聞いていたい」
そう言いながら累がぼさぼさの白髪を掻き上げ、白く美しい形の耳についているイヤホンをとんとんと指で叩く。
「盗聴用イヤホン……!」
幽弁は頭を抱えながらその場にしゃがみ込む。
「幽弁、すごい。わたしの言いたいこと全部わかってくれる」
「よし、じゃあ、お前さんは俺の言いたいことは分かるかな?」
「……お腹空いた?」
「銃の腕前はあっても会話は的外れってか! ……ったく、く、くくく」
幽弁は肩を震わせて必死に笑いを堪えている。
「やった。ウケた」
「そう言うんじゃねーからあ! はは……まあ、いいや。とりあえず、これからどうするかだが、獅子泪は」
「累」
「……分かった。生きるか死ぬかの鉄火場だ。呼ぶ名前と店構えはコンパクトがいいってな」
「……?うん」
「分かってねえなあ! まあいいや、お前さんはそれでいい。それより累。お前さんは、距離さえ取れてりゃあ当てられるんだな?」
「うん、当てられる。大丈夫大丈夫」
累はじっと黒く輝く銃を見つめながら呟く。
「よし、なら……!」
その時、耳をつんざくような轟音が響き渡る。
そして、校舎の至る所で銃弾が放たれる音、何かが壊れる音、魔ジュウ達の笑い声が聞こえる。累も慌てて転がり壁に身体を添わせて銃を構える。
「アイツら……適当に撃ってる。逆に厄介。どうしよ、う……幽弁!?」
累は幽弁の姿を見て驚く。持って生まれた運の悪さか、累が近くで聞いた銃弾が跳ねた先には幽弁の足があった。足は銃弾に貫かれ、幽弁は血を流しながら痛みに悶え転がっていた。
「ぐ、ぐうぅうう……くそ、ついてねえ……!」
「ごめんなさい、幽弁。本当にごめ、んなさ、い。わたしがいたのに、血、血、血が……」
累は震えながら幽弁に近づき、傷口を手で押さえようとする。
幽弁は泣きそうな顔で震えている累の手を掴む。
「……お前さん、本当に傭兵か? こんな怪我見て震えるなんてよ」
幽弁は累の顔を真っ直ぐに見つめる。
累は涙目になりながらも幽弁の目を見返す。
そして、その瞳から大粒の涙を流しながら、泣きじゃくりながら口を開く。
その声は少しだけ掠れていて聞き取りづらい。
「ごめ、んなさい……傭兵の訓練は受けたけど。まだ、実戦は、したことがなくて……これ、が、初めてで……」
「殺したことはないのか?」
「ない……」
累は俯きながらそう呟くと、幽弁はその姿を見ながらため息をつく。
そして、累の頭に手を乗せ、ぐしぐしと乱暴に撫でた。
突然の事に累は目を丸くして幽弁を見る。
「よし、累。帰れ」
「え?」
「俺があいつら引きつけておくからよ。お前さんは帰りな」
「なんで、幽弁」
「知ってるだろ、俺は噺家だって。特に、人を笑わせるのが仕事でよ。そんな顔するヤツと一緒に働けねえよ」
「で、でも……!」
「あーもう!」
幽弁はそう言うと、今度は自分の頭をガシガシと乱暴に掻きむしり、懐からとじた扇子を取り出しその先を真剣な眼差しと共に累に向け、語りかける。
「いいか! 言ったろ、生きるか死ぬかの鉄火場なんだよ! こちとら俺の噺を聞きながら笑ってテメエのこめかみに銃口当てておっちぬジジイも見届けてんだ。そんじょそこらの小娘とはくぐった修羅場も砲煙弾雨も罵詈雑言の雨嵐も、どいつもこいつも程度が違わあ! ……銃口も口もおんなじだ。向ける覚悟がいるんだよ。正面切る覚悟がねえなら舞台に上がんな! それならそれでの俺様の、白銀幽弁の独壇場よ!」
呆然としながら立ち尽くす累を幽弁はじっと見つめる。
幽弁は、目の前の累のニンを、人間性を分かり始めていた。
累は、臆病だ。だからこそ、銃を撃つ事にも人に話しかける事にも躊躇してしまう。
優しい子だ。
だから、巻き込むわけにはいかなくなった。
優しい子には戦をさせるな。
それが、『親友との約束』だから。
(それに……)
元はと言えば、たまたま上手くいったからって酒を呑んで調子に乗った自分のせいだ。
幽弁は自分の酒の失敗談に自嘲しながら千鳥足が如くふらふらと前へと進む。
足が焼けるように痛くてうまく歩けない。
「じゃあな、お嬢ちゃん」
足から流れる血は線を引くように、あるいは赤い糸かのように累と幽弁を繋いでいた。
累はただ黙ってその背中を追って、そして、幽弁の手を取った。
「……なんのつもりだい?」
「た、立つ。わたしは、幽弁の為に、来たの。幽弁がいいから、きた。だから、幽弁と一緒に立ちたい」
幽弁が驚き累の顔を見ると、累は涙と鼻水を垂れ流しながらも必死に笑顔を作っていた。
「舞台にゃ一人と相場が決まってんだが。分かった。わかったよ。お前さんの強情さには噺家の俺でも舌を巻くってな。じゃあ、こうしよう。お前さんと俺の真剣勝負だ。どうだい? のるかい?」
累は幽弁の言葉に力強く何度も首を縦に振る。
幽弁が笑って勝負の内容を話すと、累は目を見開き、そして、その場を後にした。
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