2のダン『獅子泪累に前振りなし』
その日、幽弁は油断していた。
高座がウケたのもあって、市場で貴重な酒を買い、祝い酒だと昼から飲んでしまった所から良くなかった。スマホで『魔ジュウ情報』もチェックせずに上機嫌で浜辺なんかを歩きながら鼻歌交じりで帰ってしまっていた。勿論、夜に比べれば遭遇する可能性は低い。それでも、決してゼロではない。彼らが夜行性とはいえ、飽くまで夜の方が活発という意味。目の前に餌があれば喜んで飛びついて来る。
飛んで火に入る夏の虫、歩いて巣に入る芸の虫。幽弁気付いた時には後の祭り。
涎を垂らす銃口は幽弁に向いていた。
魔ジュウ。
数年前、世界各国の主要都市で大爆発が起き、二重の意味で世界が揺れた。『世界大爆発』と呼ばれた爆発事件により、都市は壊滅。更にその都市周辺は地雷で囲まれ人の出入りが難しくなった上に人を襲う化け物が生まれ始めスラム街と化した。罵詈雑言を撒き散らしながら異形の身体に生えている銃口のようなものから凶弾を放つ彼らを魔ジュウ、海外ではGunManと呼び、人々は恐れた。
その魔ジュウから今、必死に着物をはだけさせながら幽弁は逃げ回っていた。
「くっ、そ! こちとら噺家! 舌は回れど、走り回るのは本業じゃねえんだよお! おまけに足より酔いが回ってきてるってか。洒落にもならねえよお!」
ギチギチと身体中から奇妙な音を鳴らし魔ジュウは楽しそうに幽弁を追いかけ回す。
「死ネ死ネ、クソゴミ虫ィイイイ!」
「ざあこざあこ! 弱虫毛虫!」
「おめえら、そんなに『むし』が好きなら『無視』を選べよ、くそったれぇえ!」
幽弁の飛ばした皮肉に魔ジュウ達は首を傾げる。
「ハア? 何言っテンの?」
「いみふめえ」
「獣にゃ分からんかあぁああ!」
魔ジュウ達の容赦のない銃撃が続き、幽弁はその弾丸を避ける為に、地面へと転がるように伏せる。
「いてて……。畜生めが……!」
顔は泥にまみれ、着物もぐちゃぐちゃ酔いが回って息も切れている。幽弁は考える。どうすればこの窮地を脱することが出来るのか。
(……逃げるのを諦めて戦うしかねえのか?)
幽弁の懐には護身用の銃がある。お師匠から頂いた銃が。
撃ち方はガンマニアのお師匠に教えてもらった。なんなら落語より熱心に教えられ、練習もした。が、実戦は初めて。
魔ジュウ達との距離は縮まるばかり、もう幽弁に残された時間は少ない。
カラカラに乾いた喉に砂まみれの唾をごくりと飲み込む。
「ええい! こうなりゃ一か八か! どうせうつなら博打も銃もまとめてうってやらあ!」
幽弁は覚悟を決め、銃を引き抜く。44マグナム弾を使用するリボルバー式の拳銃。
その威力は凄まじいが、反動も大きい。その点に関しては師匠から何度も注意を受けた。
今のトウキョウでは自衛の為の銃を持つのは当たり前。幽弁も師匠から頂いた銃を肌身離さず持っていた。だが、どんなに触っていても手が震える。ずしりとした重みをずっとは支えきれそうにない。
「おおおぉぉお!」
迫りくる魔ジュウ達に狙いを定め引き金を引く。乾いた音と共に放たれた弾丸は一直線に飛び、魔ジュウの一体の横をすり抜け、その勢いのまま壁に大きな穴を空ける。
「……あれ?」
「ヘタクソクソクソ」
「クサクサクサ!」
カタカタと音を立てながら笑う魔ジュウ達の様子に幽弁は目を吊り上げる。
「うるせーやい! まだ一発目だよ! って、うぐ……!」
慌てて銃を撃とうとしたせいで発砲の体勢が上手く取れず幽弁の腕から肩にかけて痛みが走る。
(くそっ、やっぱ無理かあ!)
魔ジュウ達が銃口から涎を垂らし、一斉に幽弁に向かって襲い掛かる。
その時だった。
幽弁の前に一人の白髪の少女が姿を降り立った。
そして、黒く輝く銃で幽弁に襲い掛かる魔ジュウ達を受け止め、吹き飛ばす。
「……大丈夫?」
「お、おう」
幽弁は突然現れた白髪の美少女に驚きながらも返事をする。
「じゃあ、ケッコンして?」
「え? なんだって?」
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