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get back  作者: 関口
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第6話

「ジリジリジリィ!ジリジリジリィ!」

ハッとして目を覚ますと、音の出どころはセミではなく毎朝お世話になっている目覚まし時計だった。時計は午前7時を指している。

あれ、確か祖父母の住んでいた村に行って、歩き回って男と合流したら急に倒れて……あの男はどこに行ったんだ…?どうやって帰ってきたんだろう…

いつも通りの部屋の景色に戸惑いを隠せない。あ、そういえば服が汚れたんだったな、と思い首を下に向けて自分の服を見てみたが、上下とも自分の寝間着だった。いつの間に着替えたんだろう。一瞬また夢を見ていたのかとも思ったが五感があの村を鮮明に記憶していたし、道中で頬をつねった記憶もあった。確かに痛かった。もやもやとしてきてクローゼットや洗濯槽をひとしきり探してみたが、着ていた服はどこにも見当たらなかった。やっぱり夢ではなかった。そう思うと温かいものがふわっと身体を包み込む。結局どうやって帰ってこれたのかはわからないが、あの村での記憶と部屋に差し込む朝の日差しが固まった疑念を少しずつ柔らかくしていった。


てっきり日曜の朝だと思っていたが、スマホのロック画面には月曜の表記があった。ということは日曜は丸一日意識を失っていたということになる。土曜の夕方にあの男に会い、着いたらなぜか昼間だった時点で時間感覚がなくなっていたので、丸一日ずれていてもさほど驚きはしなかった。それと、電車に乗る前に男に日曜の予定を聞かれたのを思い出した。あの時は気にしていなかったが、男には日曜日が丸一日つぶれる予感があったのかもしれない。そもそもあの男には何か不思議な力があったように思えてならない。そうでないと時間感覚がおかしくなったり、電車で行けるはずのないような場所にたどり着いたりはしないはずだ。もう一度男に会って話を聞きたくなったが、どこにいるのか見当もつかなかった。

冷静に振り返ると変なことがたくさんあったな…と思考を巡らせようとしたところで、現実に引き戻される。今日は月曜じゃないか。ということは仕事がある。慌てて時計を見ると7時15分を回ろうとしていた。普段よりも少し急ぎながら朝の支度をこなしていく。完全栄養食が妙に不味く感じられ、別の朝食を検討してもいいかもしれないなと思いながら家を出た。


通勤電車は今日も混んでいた。いつもの習慣でニュースアプリを開く。一通りのニュースに目を通し、ふと窓の外を見ると何やら良さげな雰囲気の蕎麦屋が目に入った。3年以上通勤をしてきて初めて気づいたが、なかなか美味しそうだ。今度行ってみよう。


午前11時。午前の会議を終え、自分のデスクに戻る。

「水谷君、今の会議のことでちょっといいかな」午前のタスクを片付けようとしたところで、グループ長から声をかけられる。

「はい、何でしょう?」

「今週から要件定義に入っていくと思うんだけど、ベンダー側とのやり取りのリードを水谷君に任せてしまってもいいかな?クライアント側との対応は私がやるから」

「承知しました…今回のベンダーってうちのグループでは初めて依頼するところでしたっけ?」

「そうだね。別の部署では一緒に仕事をしたこともあるみたいだけど、正直あまりいい噂は聞かないんだよね…リードを任せると言っても、困ったことがあればいつでも聞いてくれていいから」

「それって、、面倒なところ押し付けてないですか…?」正直な感想があまりに自然と出てきたので、自分でもびっくりしてしまった。

「え?うーん、いや、そんなつもりはないよ。ベンダーとのやり取りはクライアント側よりも技術的な学びを得られるし、水谷君のキャリアにもプラスだと思ったんだけど…」

「分かりました。リードはやらせていただきます。ただ、こういった経験はあまりないのとベンダーの癖が強そうなこともあって、グループ長には色々とお聞きするかもしれません。ご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします。」

「え、ああ、もちろんだよ。こちらこそよろしく頼む」

グループ長は少しばつの悪い雰囲気で自席に戻っていった。


隣で作業をしていた大野さんがおもむろに口を開く。

「水谷さん、なんか雰囲気変わりました?」

「え?」

「前よりいきいきとしてるような気がします」

「そうかなあ。今さっきなんかはグループ長に少し渋い役割を任されてもやっとしてたけど」

「もやっとしてましたね笑 でもそれが今まで一番分かりやすかったですよ。なんというか、接しやすくなった感じがします」

「まあ、接しやすくなったなら良いのかなあ」

「良いと思います!」

雰囲気がどう変わったのかはよくわからなかったが、悪い気はしなかった。それと、今までで一番大野さんと打ち解けたような気がして少し嬉しかった。


午後4時。午後の仕事が一区切りついて、気分転換に会社近くのコンビニに向かった。

コンビニで、佐々木さんにばったり出会った。

「あれ、水谷さんじゃないですか」

「お疲れ様です。佐々木さんも休憩ですか?」

「そうそう。今日は比較的仕事が暇だからゆったりとやってるんですよ。あ、そういえばこの前飲み会で話してたやつ、結局行ったんですか?」

事の顛末を正直に話しても信じてもらえなさそうだなと思い、あまり詳細に触れないようにして答える。

「あー、行きましたよ。知らない人と突然遊ぶのは不思議で疲れましたけど、なんか新鮮でしたね」

「そうですよね」佐々木さんの声のトーンが少し上がる。

「普段と違う経験をすると、その後の普段も不思議と新鮮に感じられたりしますよね。水谷さんは行って良かったですか?」

「そうですね、良かったなと思ってます」

「いいなあ。やっぱ普段と違うことっていい感じに刺激になりますもんね。私も何かしようかなあ…あ、そろそろ戻らないと。じゃあ、また」

そう言うと佐々木さんは足早に戻っていった。あまり内容を突っ込まれなくてよかった。混乱することもありすごく疲れたが、刺激になったのは間違いないし何より楽しかった。あの男について行って良かったと思う。


午後8時。諸々の事務処理をしていたらいつの間にか残業になっていた。

「お先に失礼します。」

まだ残っている大野さんとグループ長に挨拶をして退勤した。

帰りの電車は相変わらず多くの会社員で混みあっていた。みんな残業しているんだな、と今更当たり前のことを思いながら電車に揺られる。揺られながらカバンに入っている小説を取り出して続きを読む。小説は帰りの電車でしか読まないのと疲れている日は読めないこともあるので、かれこれ同じ本が1か月以上カバンの中に入っている。今読んでいる推理小説はようやく終盤に入ってきて、残りページが少なくなってきた。読み終わったらまた新しい本を買おう。ここ1年くらいはずっと推理小説を読んでいたし、たまには恋愛小説とかを読んでもいいかもしれない。


午後9時。いつも通りコンビニで弁当を買って帰宅した。特に理由はないがなんとなくいつもより少し高い弁当を買った。こういうバリエーションがあってもいいな、と思った。

食べ終わった弁当を片付けながら朝食のことを考えていた。今朝完全栄養食に飽きていることに気づいたので、別の物に変えるべくとりあえず今の在庫を確認した。完全栄養食はあと9食分あった。来週まではこれを食べるとして、その後は何か作ってみてもいいかもしれない。スマホを手に取り、「一人暮らし 朝食 おすすめ」で検索をかけてみる。

ひとしきり色々と調べていたらいい時間になってしまったのでシャワーを浴びる。シャワーを浴びながら、今日はソシャゲをやっていないことに気づいた。思い返すとソシャゲにも結構飽きていた。時間ももったいないしもうやらなくてもいいかもな、と思った。今週は朝食の献立でも考えよう。ついでに最近の小説もググって調査してみよう。


0時30分。明日以降も続く日常に明るい思いを馳せながら眠りについた。

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