表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/94

九十二 〜エピローグ〜


『適合者:久遠寺婆娑羅へ接続』


「かっはっ……!」


 婆娑羅はベッドから跳ね起きた。

 混乱する頭で辺りを見回し、自分の置かれた状況を確認する。だがこんな場所を訪れた記憶はない。


 ベッドから降りて窓に近づく。見える景色は木々と山。窓を少し押すと、少し冷たい風が吹き込んできた。


 もう一度部屋を見わたす。出入口らしきドアとベッドの周りに点在するモニターにはエクセルヒューマン社のロゴ。


 やはり見覚えはない。


(俺は周防と戦って——)


 戦ってどうしたのか。右手は確かに周防を貫いた。だがその後の記憶が抜け落ちている。


 もう一度辺りを見回す、部屋の様子からここは病室のようだ。周囲に気を張り巡らせると、何人かがこちらに向かってくる気配を感じ取る。


『同期を開始』


「何だこの声は——あぐっぁ!」


 婆娑羅は脳を掻き回されるような痛みに耐えられず両手で頭を抑えながら床をのたうちまわった。


 痛みは止む気配がない。そして瞬きをする度にここではないどこかの風景と自分の知らない誰かの記憶が脳に刻み込まれていく。


 怨嗟、悲鳴、歓喜、平穏、渇望。様々な感情の渦の中、婆娑羅は飲み込まれまいと抗った。


 だがこれ以上は自分でいられない、もうあと数秒もすれば別のなにかに書き換えられてしまう。


 そう婆娑羅が限界を感じた時、波が引くように痛みが治り凪が訪れた。


『同期完了。現段階での選択肢を提示します』


 頭の中に響く声。何が起こっているのか。近づいてきた気配は既に部屋の前。


 出入口のドアが横にスライドし見覚えのある顔が現れ婆娑羅の前で膝をついた。


「救世主様へご挨拶をさせて頂きます」



◇ ◇ ◇



 東京都内。高層ビルの屋上に男が立っている。白一色のスーツに身を包む男の顔は落ち着いた印象で貫禄が滲み出している。


 十八歳だと言っても誰も信じないだろう。


 男は眼下にある教会を見つめていて、そこから礼服を着る男女数十名が教会から出てきた。


 彼らは二手に別れて並び、道を作り始める。

 

 男がそれを食い入るように見つめていると背後から声がかかった。


「救世主様」


「行き先は告げていないのに良く分かったな」


 振り返りもせず男は返事をした。


「今日であれば、おそらくこの辺りに居られるかと」


「まあ、答えはすぐに出るか。それで? 何があった」


「つい先ほど、()の発生振動を検知しました。森羅万象での位置特定と予測結果をご提示下さいますようお願い申し上げます」


 これから主役が出てくるというのに。男は後ろ髪をひかれる思いで自分を呼んだ人物に振り返った。


 美しい女だ。ただ表情が乏しく人形のような印象を人に抱かせる。


「すまない、接続を切っていた。すぐに見る」


 男が大きく息を吸うと、淡く光る緻密な文字で構成された多重の光輪が頭部に浮かんだ。


『位置情報、32°27.5′N,139°45.5′E——種別は階層型。波長パターンから月に発生した歪みの影響を受け出現したタイプと断定』


「一瞬だけ開いた異世界への扉がここまで影響するとはな。……場所はここだ」


 男は女からタブレット端末を受け取ると画面を操作し位置を示した。


「あとは状態か」


 男は問いかけるように呟く。


『発生時に神格を取り込み、その場に定着。既に四名の落下を確認。魔人化の可能性あり』


「最悪だな、もうコアができて魔人誕生の可能性まであるときてる。いつもの確率は?」


 男の言葉を受け、女の顔がやや強張った。


『藤堂流と調停者への協力要請は間違いなく受理されます。それにより穴のコア破壊と封鎖、魔人討滅における生存確率は九十五パーセントまで向上。要請しない場合、生存確率は四十七パーセント』


「協力要請後、俺たちが敵対する確率は」


『要請受諾後一年以内で二十パーセントです。以降上昇し五年以内で九十九パーセント。人類の進化プロセスに影響が出ます』


「なら、いつも通りだ。俺だけで良い。五割もあればどうとでもしてやる。相馬、人員と装備を手配しろ。それと情報は三鷹とEIMに加工して流せ。決して辿らせるな」

 

「仰せの通り」


 頭部に浮かんだ光輪が消えると、男は先程まで見つめていた教会に再び視線を向けた。


 そしてその目に捉えたのは、ウェディングドレスをまとう異様に鋭い目つきの花嫁だ。


 新郎に手を引かれゆっくりと歩んでいる。


「それにしても、()()()()()とは、一体何に誓ったんだ? 相変わらず無茶苦茶な人達だな」


 男は苦笑した。


 あともう少し、参列者に見送られ車に乗り込むまでぐらいは見届けたいが、その時間はないだろう。


 ここが幕切れだ。


 男は歩き出す。女はその後を黙ったまま続いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ