八十八 〜最終試験〜
春樹視点
周防襲来直前
茶々様に先導してもらい家の裏山から獣道を進む。辿り着いたのは大きな岩山にぽっかり空いた謎の洞窟。藤堂ゆかりの場所で最終試験と聞いている。
正直、枷を外して終わりにして欲しかった。
ため息が出るのも仕方がない。
「春樹くん、調子悪いの?」
あっ、ため息聞かれたな。心配そうな声で桜花さんから呼びかけられた。
「大丈夫だよ、桜花さん。それよりこんな山の中についてきてもらってごめん」
「いいの、藤堂流の代替わりを見届けるのは私の担う役目だから」
真っ直ぐに俺を見つめてくる桜花さん。可愛いいが過ぎる、少しだけ抱きしめさせて頂こう。
「ちょっと春樹くん、茶々様が居るのに……」
「おーい、もうええか」
十秒もたってないのに茶々様が急かしてくる。仕方がないので渋々と桜花さんから離れた。
「……ここからは本気でいかんと痛いめをみるぞ」
だから、それが分かってるから嫌なんだって。藤堂流だぜ? それの最終試験……死ぬ手前ぐらいで済めばいいなぁ。
「おお、その顔は諦めの境地じゃったか。ならいう事はない。そこから奥に進め」
茶々様が指さす先へ促されるまま進む。洞窟は人が並んで歩ける幅、天井は三メートル程度。
随分と古めかしい工事用の電球照明が数メートル間隔で設置されていて視界は良好だ。
歴代の当主達が辿ったであろう道を二百メートル程進むと十メートル四方の空間が広がっていた。
照明はあるが随分と高い天井に設置されているせいで来た道よりも少し薄暗い。
「桜花、こちらへ一緒にこい。春樹は少し待っておれ、じきに始まる」
茶々様の言葉に従ってその場で待つ。二人は壁沿いにあるへこみに入って姿が見えなくなった。
そこまでを確認した時……空間の中央部から、突如として気配が現れた。凄まじい気当たりがオレの頬を叩く。この圧力、母さん以上だ。
どう考えてもこれは、この気を放つ相手と一戦交える流れだよな……。
膝が震えジャリっと踵から音がする。脚が勝手に後退りしたせいで出た音だ。
「情けねえな」
……やる前から気弱になってちゃ、勝ちようがない。
跡を継ぐって決めたんだろうが。いつまでも母さんと、姉ちゃんに守られてる子供じゃねえのを証明しないと。
【灰燼】と闘った時を思い出せ。アレと闘ってどうにかこうにか生き残ったんだ。オレならやれる。
「十七代目よ、こちらへ来て名乗れ」
心を奮い立たせながら、声の主の手招きに応じて前に進む。
僧侶の外見。黒い法衣が筋肉ではち切れそうなほど隆起している。
剃り上げた頭に長くて白い顎ひげ。花木の爺ちゃんに似た風貌だ。
四歩の距離で止まり、視線を交わす。
『眼差しは及第点。強さは発展途上。素材としては申し分なし』
ジロリとオレを上から下へ見回しながら威圧が飛んできた。思わず反応しそうになるが、殺気や敵意は感じ取れないので踏みとどまる。
「向井春樹、いや藤堂春樹だ」
「藤堂無手勝斎」
「無手勝……なに?」
「くははっ、綺羅と違ってずいぶんと阿呆だな。儂は初代だよ。お前らのいう藤堂三郎吉成——」
初代……いやいやいや何百年前だよ。花木の爺ちゃんから江戸時代の始まりぐらいで聞いてるんだが。
「その成れの果てだ」
成れの果て……? 意味が分からず思考が停止する。
「分かりやすく見せてやろう」
初代、吉成様が手をこちらへ伸ばしてくる。その手はオレの目の前まで来ると肉が消え失せ剥き出しの骨へと変化した。
そこから手を引き戻していくと再び肉が手にまとわりついていく。
何だこれ?
「目的があってな。術で肉体を保たせておる。まあ魂はとっくに輪廻の輪に入っていて、肉体に宿した記憶で動く生きた屍。さっきもいうたが、成れの果てだ」
「はぁ、何か凄いっすね」
理解できない現象に生返事しか出てこない。
「……お前の方が凄いがな」
呆れてる……身内から向けられる目線と同じものを感じるな。そんなにボケた顔してたか。
「それで……吉成様と呼べば良いですか?」
「呼び方なぞなんでも構わん」
「では、吉成様と呼びます」
「うむ。最終試験はもう気付いておるだろうが、儂との手合わせじゃ。さっそく始めよう」
そう言うと吉成様は俺から距離を取った
その下がり方、前を向いたまま滑るように後ろに下がっていくのは、慣れ親しんだ【転】だが、ここまで滑らかだと別の技に見えてくる。
母さんより滑らかに移動するとか、どんだけだよ……。
さっき現れた中央よりやや後方に吉成様が位置取ると、存在感が一気に膨れ上がる。
威圧から明確な殺気へと変化した気当ては鋭利な刃物のようだ。
桜花さんと茶々様がいるくぼみの方向に視線を向ける。ここでやるなら巻き込んでしまわないか心配だ。
「ふむ、これを浴びて周りを見る余裕、それなりに死線は超えているか。……安心せい、そこの奥まった場所が見届け人の定位置じゃ。結界で保護されとるから、巻き込まれる事もない」
……なら最初から全力だ。というより、そうしないとたぶん死ぬ。
「その意気や良し、行くぞっ!」
気合いと共に、姿勢を変えず滑るようにオレの間合いに踏み込んできた。
速い。動きの起こりが全く見えない。突如前に現れたと錯覚させる動き。
左の順突きを軽く放ってきたけど空気の破裂音がえぐいっ! 首を傾けて辛うじて躱す。まともに当たった箇所がどうなるか想像したくない。
「もう一度、少し変えるぞ」
再び顔面に目掛けてくるそれを再度首を傾げて避ける、だが今回は追い縋るように右の拳がが追従してきている。
腕をなんとか滑り込ませガード。これは耐えるとダメージが残る。逆らわず後ろに飛ぶ。それにしても重い……。
背中を伝う汗が冷たい。くそ、なんでオレはいっつも苦しい闘いばっかりなんだよ。
母さんと姉ちゃんより力が強くて、速い。気もデカいし流転歩も滑らかだ。勝ち筋浮かばねえ。
「さて、守ってばかりでは合格とはならぬ」
「言われなくてもっ!」
大技は駄目だ。絶対に避けられる。小さくコンパクトに。けれども意表をつくようにっ!
「一本貫手とは面白い」
止める……のはいいけど、指二本で挟んで止めるとか。
「化け物かよっ!」
押し切るしかない。肩を入れ込んで捻らながら押し込む。——違う引き込まれた。
カウンターの左拳が目の前。……耐えるしかない。
「うむ、中々硬い」
恐怖心を抑え付け、もう一歩前に踏み込み、拳が伸び切る前に額で受ける。激烈に痛いがなんとか耐えた。
「これなら避けれねえ」
打たれたなら返す。自分の右拳を吉成様の胸元の前に置く。婆娑羅との手合わせで出来るようになった、ゼロ距離【足撃】っ!
渇いた音がパンッと鳴る。直撃——くそっ……手応えが薄い、当たってから威力逃がせるとか防御技術高すぎるだろうがっ……マズい、返しが来たっ!
顔面目掛けての掌底を手のひらで受け止め——たと思いきや、鳩尾に衝撃ッ?!
「ぐっぇ……」
「見かけより頑丈じゃ、鍛えておる。だが意識の外からはさすがに受け切れんだろう」
山突き——とかどこの伝統空手だよ。初代だろうがっ、藤堂流の技を使えよ……。
たいして踏み込んでもねえのに俺の防御を抜いてこのダメージ、ちょっと洒落になんねえ。
「げぼぉっ……」
胃液が喉から噴きだす。完全に腹を抜かれた。内臓周りがネジ切れそうに唸る。
力が抜け、膝が落ちていく。やけに時間がゆっくりと流れていく。……この感覚は。
『まーた死にそうになってやがる』
……よお、俺。いつぶりだよ。
前のめりに倒れ込む俺とそれを見下すように立つ俺。相変わらず眉間に皺寄せて機嫌悪そうだな。……あと、タバコって身体に悪いんだぞ。
『あん? 好きにさせろや。てか、お前。死ぬなような目にあうなって言ったよな?』
そんなに睨まれても、どうにもなんねぇって。
『答える余力もないか……だいぶやられたな。おーい。早く起きねぇと死ぬぞー』
前世の俺が煙草の煙を吐き出しながら暢気な雰囲気で俺に注意を促す。
それは分かってるけど、吉成様強くてな。
「春樹よ。龍紋を出せても、お前は藤堂の歴史ではそれなり程度の強さだな」
吉成様の声が頭上から降ってくる。……うるせぇな、そんなのは知ってるよ。
無造作に伸びてきた吉成様の手が俺の首を掴む。力を入れているようには思えない軽やかさで身体が持ち上がっていき地面から足が離れる。
「ぐがっ……」
嗚咽を漏らし苦し紛れに出した蹴りが相手の腹部に当たるが吉成様は微動だにしない。ミチミチと嫌な音をたてながら俺の首に指が更に食い込んでいく。
『くぁぁ……相変わらずだなぁお前。いくら神殺し相手だからって、たかが人間に良いように追い込まれやがって』
……あの、俺、死にそうなんだけど。いまあくびしたよな? 何でそんなに余裕なんだよ。
『ほんと、俺と似てるのは身体だけだな』
……そう言われても。
『お前の準備も整ったし頃合いだ。俺もいい加減飽きた、そろそろ完全に眠りてえ』
それは今のこの状況何とかしないと、どうにも出来ないと思う……やばい、さっきより首に力が入ってきた、意識が……。
『記憶を見せてやる。だからいろいろ覚えろ』




