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八十五 〜アラド〜


 黒い海に浮かぶ丸い星。青と白。緑と赤が綺麗に混じった完璧な宝石。


 目を逸らすことができない美しさ。作り物や幻覚の類いとも思えない。


 ……思考がまとまってくれない、混乱している。


「……異界ではない? なぜオレの領域にそっくりなんだ」


 八尋の戸惑いが声から感じられる。


「……そっくり?」


 俯いていた顔が弾かれたように上がりこちらを向いた。


「……以前お話ししたかと思いますが、仙人固有の結界領域、ようは自身の心象が投影された異界のことですが、わたしの結界とこの風景がそっくりなんです」


 話しながら落ち着きを取り戻した八尋はたぶん地球? の方を見る。


「ですが……わたしは結界を発動させてはいない」


「じゃあここは何処なの? 息も吸えるし重力だってほら」


 軽く飛んでみる。身体にかかる負荷は変わらないし、いつもより高く飛べるなんてこともない。


「灰色の地面とすぐそこにある地球からしてここは月、もしくはそれを模した異界だと判断して間違いないと思うのですが……」


 月。いや……それはなくない? でも異界ならあるのかな?


 うーん。もうわけがわからないをとおりこして……あれっ? この気配。


「水嶋の気配だ……」


 でも、おかしい。こんな状況なら間違いなく水嶋の方から思念飛ばしてくるのに。全然声が聞こえない。


「水嶋さんが?」


 八尋の顔がこちらに向いた。


「気配はあっちのほうから、間違いなくいる。……迎えにいこ」


『だめっ』


 気配のある方向を指差しながら身体を向けて歩き出すと、アクアからの声が頭の中に強く響いた。


 流纏も解けてしまい胸元につけたペンダントからアクアが染み出すように現れる。


『——止まって』


 なんでよ? それに流纏も解いて危ないでしょ? 早く戻ってよ。水嶋が心配なの。


『水嶋は置いて帰る。今なら間に合う』


「何を言ってるの? ねえ、どういうこと」


『早く』


 急かすように強い意志が頭に響くけど、置いていけだなんて、そんなこと出来るわけないでしょ。


「良子さん? 取り敢えずは術であちらの方を探りましょうか」


 そうよ、わたしだけ止めようとしても八尋だっているんだから。仙術使って様子を探るぐらいなら問題ないでしょ。


「そうね」


『仙気を練ってはダメっ! 気付かれるっ!』


 頭が割れそうな程のアクアの叫び声が脳内を駆け巡る。痛い。余りにも痛くてその場で膝をつく。


「大丈夫ですかっ!?」


「う、う、ん、だ、大丈夫よ」


 発動させようとしていた仙術を止め、走り寄ってきた八尋の焦った顔が目に入る。アクアはさっきから『はやく逃げて』としかいわない。


 何が起こっているの?


『……だめ。見つかった』


 消えいるような声。アクアの気配はみるみる小さくなっていきペンダントの中に隠れるように引っ込んでいく。


「顔色が……転移術で一旦離脱を——」

 

 八尋がわたしの様子を心配し、気を練り出したとき地面が大きく揺れ出した。


「なっ!?」


 立ちあがれないほどの強い揺れ。岩が動くような大きな音が前方から届いてくる。


 揺れが止まって痛む頭を上げ前を見ると、何もなかった筈の見晴らしの良い地平は消えて、

大きくて四角い石が地面から突然せり出したように幾つも並ぶ景色に変化している。


「石が並んで……遺跡? ——水嶋さんっ!」


 並びたつ石の端に倒れ込んだ水嶋の姿。声に反応してピクリと肩が動いた。意識はありそうね。


 その奥には階段のように積み上がった石。何かの舞台のように見える。


 頭痛が少し引いてきた。水嶋の気配は感じられるけど、ペンダントに隠れたアクアの気配がわからない。……こんなこと、これまでなかった。いつでもその存在は感じることが出来たのに。


 ともかく立ちあがろうとした時に隣からゴクリと喉が鳴る音がした。八尋だ。険しい顔で前を見ている。


「石が動いて中から……」


 前触れなく中央の石舞台が動き出し二つに割れる。開いた中からは黒い何か、薄布のようなもので覆われている人型が現れた。


 身体つきは女性に見える。というか、黒い薄布を纏っただけの裸体といった方が早いわね。


「歩いて近づいてきたわよ……?」


 ゆっくりと一歩ずつ近づくたび黒い薄布は足元から迫り上がり、中身があらわになっていく。


 裸足、細い足首、白い脚には幾何学模様が走る。くびれた腰を覆うように黒い薄布がスカートのように変化した。


 胸は先端以外がほぼ露出していて……待って。この隠す気のない衣装、わたし知ってる。


 胸元を過ぎて細い首から先、桃色の唇と閉じられた目。こめかみ辺りで黒い薄布は冠のようなものに形を変える。


 ……目に入ってきた情報が処理できない。


 顔。よく見慣れた顔が目を閉じた状態でそこにある。わたしと同じ顔……。


「——◇◇□ ——◇◇? あ——あ——久しぶりで、こ、こ、これで聞こえるか?」


 開かれた口から壊れたスピーカーのような音が鳴ったかと思えば意味のある言葉に変化した。


「まちわびたぞ我の器。このアラドの器よ」


 あと七歩の距離で立ち止まり、わたしに向かってそう言い放つ。なに? アラド? 名前? 器?


 向けられた指がわたしに向く——突然、手が意思とは関係なく自分の喉を掴んで潰そうとしてくるっ!


「器に相応しいか確かめてやる」


 これ以上、手が食い込まないように抑えるのに精一杯とか……どんな手品よこれ。それに顔がそっくりなのは何でなのっ!


「どうしてそっくりかだと? これは面白い。もうわかっておるだろうに。お前は我の身体だよ」


 思考を読まれてる? 身体ってなに……。


「あ、ぎぃ、ぎ……ぎ」


「……ふむ。抗うか」


 ヤバい。もっと力が強くなってきた……。


「かひゅっ……」


「良子さんっ!」「我が君っ!」


 喉が潰れそうになる直前、八尋がアラドに向けて青黒い光をまとった独鈷を投げつける。


 わたしの前方からは起き上がった水嶋が血走った目で腕を振りかぶり跳躍しながら殴りかかる。


「稔麿、千年ぶりなのに随分と冷たい仕打ちだな。星喰らいも恩知らずなことだ」


 アラドが手を上にかざすと、どちらも空中でその勢いを削がれ、目に見えない何かに固定されたように宙に浮いたまま停止してしまう。


 でも、喉にかかった手が離せたっ……ちょっと痺れているけれど、もうわたしの意思どおり動く。


 あっちを止めながらこっちまでは対応できない感じねこれ。

 

 よし、反撃……アクアが出てこない。仕方ない、わたしの生身でやるしかない。


 【転】で間合いのうちに入り、【足撃ち】アラドの視線はわたしの拳を捉えていない——通るっ!


「うん? 何を隠れておるか、眷属よ」


 でも、渾身の正拳は触れる直前に止められてしまう。アラドの腰から垂れ下がる薄布が触手のように動いて拳に絡みついてきたからだ。


「なに……が、がっ、がっ、がっ、あがっ」


 振り払おうと力を込めると身体の中を引きちぎられるような痛みが襲ってきて、変な声が口から出てしまうっ。


『がっ! がっ、かっ、いやっ、いやだっ! 縛られたくないっ!』


 頭の中でアクアの悲鳴がこだましている。身体の中身をぶちぶちと引きちぎられる痛みが断続的に襲ってくるたびにアクアとの繋がりがどんどんと薄れていくのが分かる。これ、もしかして引き剥がされてるんじゃ……。


「我が君になにをするっ!」


 宙に浮いていた水嶋が目を真っ赤に染め、空中で狂ったように暴れだした。


「大人しくしておれ、星喰らい」


「ごがっ!?」


 アラドが手をかざすと水嶋の身体がピタリと止まる。

 

「水嶋っ!」


 わたしの手に絡みついていた触手がウネウネと一筋分かれて水嶋の方に伸びていく……なんでかわからないけどアレに水嶋を触れさせちゃダメな予感がする……。身体ぁ動けぇ、動いたっ——!


「こっちのことを忘れてるわよっ!」


 前も見ずがむしゃらに手を突き出す——拳に手応え。


「ごぼぉっ……」


 水嶋の苦しそうな声が耳に届く。……まさか。


「おや、星喰らいよ、随分と脆くなったな。器と言えどヒトに貫かれるとは」


 どうして……? 割り込んでこれる位置とタイミングじゃなかったのに、アラドを貫くはずの拳が水嶋に突き刺さって……。


「そろそろ器ではなく我の元へ戻ってこぬか? ほれ」


 アラドが水嶋の頭を鷲掴みにする。


「……あぐっぁあああぁっっ!」


「水嶋っ!」


 アラドの指先が光るたび、悲鳴に近い絶叫が水嶋から上がる。


 わたしの拳が刺さったままじゃ流転歩の気のせいで霧状に変化も出来ない。腕をまず引き抜いて……だめ、触手がこっちにも絡んできて抜けないっ。


「良子さんっ! そのままでっ!」


 どうしようかと途方に暮れていたら背後から八尋の声。それと同時にわたしの影から飛び出すかめかめ。


 絡みつく触手を噛みちぎると再び影の中へ。どこに行ったか心配してたけど、そこにいたのね。ここぞという時にやってくれるじゃないのさ。


「よっ、と」


 動くようになった腕を水嶋から引き抜く。ズルリと嫌な感触が腕に伝わってくるけど、ここは我慢。 


「稔麿ぉ……迎えにきてくれたのだろう?」


 アラドは八尋を見ながら、なにか訳の分からないことを言ってる。よし、この間に一度距離を……足元に触手がっ?! 足首を掴まれたっ!


「あまり暴れるなよ? 後で我が使うのだから」


 片足を触手に持たれたまま宙吊りにされるとまたあの痛みが襲ってきた……。


「今回の器はよう暴れる。稔麿に懸想しておる以外は前と全く似ておらん」


 触手が動いてアラドの目の前までわたしを移動させる。近づく顔。だめ、何度見ても同じ顔。これはわたしの顔……。




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