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八十四 〜鐘〜

良子視点


「遠藤さん、良子ちゃん。とりあえずここから出ましょう」


 誠司兄ぃの先導で八尋が監禁されていた部屋から出る。


 二歩も進まないうちにかめかめがわたしの影にいそいそと飛び込んできた。


 歩くの面倒くさいのかしら。まあ、頑張ってくれてたみたいだからいいけど、一言ぐらい言ってから入りなさいよ。


 はあー。それにしても都内のこんなオフィス街に、窓のない鏡張りの部屋があるなんて。ほんと異常よね。


 この通路もすれ違う時に道を開けないと通れないぐらい狭いし、誰かと会うとどこの所属か必ず聞かれる。


 その度に誠司兄ぃが書類を見せて説明して……あっ、また、人が来た。


「所属と用件を」


「警備局国際テロ対策の三鷹です。入館許可はこちらに。GG及びEIMの件です」


「……確認しました。どうぞ」


 誠司兄ぃが渡した書類を全員必ず端から端まで読むのも警戒度が半端ない。


 ほんとここは何処なの? 誠司兄ぃに聞いたら検察とどっかの組織のなんちゃらかんちゃらとかいってたけど。


 公権力がこんな闇深そうな場所持ってて良いのかしら? 


 あと、わたしのことずっと凝視するのやめて欲しいんだけど。なに? 挨拶しないとダメなの?


「おつかれさまですー」

「……」


 なんか言いなさいよ。すれ違ったのにまだ見てるくるし。なんなの。


 居心地の悪さから逃げるようにエレベーターに乗り込んで一階へ無事到着。


 足早に表にでると、焦ったような顔をした八尋は私の手を掴んだままで印を結びだした。


「焦ってるのは分かるけど、どうするの? 説明してよね」


「おそらく、いえ間違いなく周防は姉弟子のところにいます」


「あー……うん」 


 八尋のニュースを見てまず師匠に相談したんだよね。そしたら多分来るかもねとは言ってたから、驚きは少ない。


「ここからは少し距離がありますので、足を借りましょう。人避けと空間遮断の術を……良し組めた」


 印を結び終えた八尋が指を二本前方に向ける。


「これで気付いたはず……」


 八尋が呟くと空間がグニャリと歪み、黒い穴が現れた。


 穴はどんどんと大きくなってバスぐらいなら飲み込みそうな大きさになる。


「——ブルゥゥッ」


 中から鳴き声が響いてきて、かつかつと爪音も続く。この気配は七本足と表現しにくい体色のあのお馬さん。


「オーディンの核を取り戻す為に協力頂いています」


 突然だったから構えたけど、なるほどね。

 

「周防の場所へ向かいます。背中をお借りしたい」


 穴から滑り出てくるなり早く乗れと言わんばかりにわたしたちに背を向ける。じゃあ、お邪魔しましょうか。


 八尋が先に跨り、わたしに手を向けてくれる。まあ、さっきから手をね、繋いでばっかりでなんだか恥ずかしいのは内緒だけども。


 ともかく馬上の人となった八尋とわたしに声がかかる。


「遠藤さん、こちらのことは私が対処します。EIMのことはご心配なく」


 普段、笑っているか眠そうにしている誠司兄ぃが、これまで見たことがない引き締まった顔つきで八尋に話しかける。


「ありがとうございます。……三鷹さんとは長い付き合いになりそうですね」


「でしょうね」


 男二人でわかり合った空気。なんかズルい。わたしもそんな感じで多くを語らず通じ合うみたいなことしたい。


「大丈夫だよ、良子ちゃん。取ったりしないよ。僕も彼女がいるからね」


「そこまで飛躍して妄想してないけど……それより早く誠司兄ぃの彼女、紹介してよね」


「今日のことが終わったらすぐにでも。——気をつけて——」


 スレイプニルが待ってられないと動き出す。

誠司兄ぃの声を置き去りにする加速。景色がグニャリと歪むほどの速さ。振り落とされないよう八尋にしがみつく。


 みるみると高度が上昇し空中を駆けていく最中、八尋の手がわたしに伸びてきて紙切れ? を手渡してきた。


 なんだろ? なんか、かっこいい文字か漢字か良く分からないのがいっぱい書いてある。


『この速さなら十分もかからず姉弟子の場所へ着くでしょう』


 ありゃ。八尋の声が頭に直接。水嶋とかで慣れてるけれど少し驚き。この紙切れの効果よね? 声を出さずにやり取りするのはあの本社の騒動以来かしら。


『スレイプニルが興奮していまして。姿消しの術は展開してくれていますが、乗り手を守る術は失念しているようです』


 確かに。空気の圧がすごいのなんの。顔あげれないもの。

 

 あっそうだ。アクアならどうにか出来ないかな?


『できる』


「おっ、快適になったわね! アクアありがと。この紙はもう要らないよね?」


「いえ、お持ち下さい。今回のような時に便利ですから」


「それはそうね……。本当に大変だったんだから。誠司兄ぃがいなかったらどうなることやらよ」


「申し訳ありません。ところで水嶋さんと連絡はつきますか?」


「昼前までは連絡とりあってた……今は、あれ? いつもなら離れてても、なんとなく意思が伝わってくるのに。——紫苑は大丈夫ね。いま返事があった。アクア何かわかる?」


 唐突に変化した状況に戸惑いを感じる。振り返り、わたしを見つめる八尋の眼が細められていく。


『鐘が鳴る。扉が開く』


 頭の中でアクアの声が響く。どうしたの? 鐘? 扉? なにそれ全然理解できない。


「御霊はなんと?」


「何を言ってるのか分からないの。鐘とか扉とか……。なんだか突然、反応がいつもと違って、さっきまで普通だったのに」


 調子くるう。なんだろう、嫌な予感がしてきた。


「良子さん、何を見ても冷静でいて下さい」


「どういうことよ」


「先程行った予知で、姉弟子が倒れた場面を見ました」


 想像のつき難い八尋の言葉に喉が詰まった。

師匠が倒れる? あり得ないけど……。


「……ともかく、もうすぐです。ほら見えてきた——なんだあれは」


 八尋の指さすその先に、我が家が見えてきた。それと裏手の空き地に巨大な白い光球? が見える。 


『呼んでいる。早くおいでと歌っている』


 本格的にアクアの調子がおかしい。意味の分からない呟きなんてこれまでなかった。人間味のあった声質も機械音声のよう。


「くそっ! 予知の状況に似ているっ!」


 焦った声を出す八尋の背中から顔を出し、眼下を確認。


 師匠とアレは鈴菜? 二人が対峙している。


「師匠っーーーー!!」


 わたしの声に反応した師匠が一瞬振り向いた隙に鈴菜が突っ込む。


 あっ。邪魔しちゃったかも。でも師匠ならこの程度は避け——


「どうして避けないのっ!?」


 時間が圧縮されたかのようにゆっくりと、鈴菜の貫手が師匠の下腹部へ滑り込んでいく。


 無意識のうちにアクアを纏いスレイプニルの背を踏み台にして降下する。


 間に合わない。地面が遠い。師匠が崩れ落ちた。


「鈴菜ぁ! そこをどきなさいっ!」


 感情のない顔でわたしを見つめる鈴菜に下降の勢いのまま飛び蹴りの姿勢で迫る。


 手加減なんかしてやらない。


 ——足先に手応え。鈴菜が吹き飛ぶ。だけどきっちり防御された。以前より強くなったのはそっちもね。声なんてかけず不意打ちすれば良かった。


「師匠、しっかりしてっ!」


 倒れ込んだ師匠に駆け寄り抱きかかえる。血は出てるけどそこまで傷は深くない。だけど、どうして意識がないの?


「良子さん、姉弟子は?」


 八尋も降りてきた。スレイプニルは光球の方に向かって空中を駆けていく。ということはあれはオーディン絡みということかしら?


 ……ああっ! 情報が多すぎるっ!


「分からない、傷は大したことない。止血と消毒をすれば問題ないと思う。でも意識が」


「見ます。……これは」


「なんなの?」


 八尋は師匠を少し観察すると直ぐに答えを出した。


「呪術の類です。処置をすれば三十分もすれば目が覚める。単純で効果も短い、解除も仙人に連なるものなら容易です。だが、何のために? 予知とは少しズレているのか?」


 八尋が何か考え込むように呟くけれど、眠っているだけなら安心できる。


「嬢ちゃん、術はわしが破る。少し待ってくれ」


 影から首を出したかめかめが頼もしい。


「お願いね」


 と、かめかめに伝えたその時、転がっていた鈴菜の頭部プロテクターから周防の声がした。


『主賓の御到着だな。お迎え出来て光栄だ』


「どこにいるの? 一発というか、気の済むまで殴ってあげるから、出てきなさいよ」


 本心。だっていい加減、我慢の限界よ。殺したりはしないけど、反省してもらわないとね。


『わたしも会いたいのだが、今日はあいにくと婆娑羅くんと約束があってね。近くにはいるよ。ほら』


 突き刺すような尖った気の気配が向けられてきた。その方向を見ると……居た。


 婆娑羅と二人だ。辛うじて手足の動きが見える程度の距離にいる。そうだ、仇討ちだったわね。


「婆娑羅、聞こえる? わたしの分もそいつ殴ってよね」


『任せろ』


 落ち着いた返事。婆娑羅は大丈夫そう。


「八尋は師匠を病院に連れていってくれるかしら。わたしは仇討ちの立ち会いする」


 もし婆娑羅が殺されそうになったら割り込んで止めよ。というか婆娑羅に人を殺して欲しくない。


『それは不用だよ王典。せっかく稔麿と二人揃ったんだ。会うべきものにまずはあってくれねば』

 

「王典? 稔麿? アンタなにいってんの?」


「なぜその名前を……」


 周防の意味不明な言葉を受けて、八尋が身体を震わせながら絞り出すように言葉を吐き出した。


『ほら鐘が鳴った』


 周防の一言のあと鐘というには重すぎる音がずぅーんと鳴り渡る。地面まで揺れるような振動が続く。


『それでは行ってらっしゃい。——人類よ永遠なれ』


「このっ! 意味がわかんないことばっか喋ってんじゃないわよっ!」


「良子さん……」


 なによ。ポカンとした顔して。どこ見てんの? わたしの後ろ側を見つめる八尋の瞳に映る色が白い。白い? 白いじゃなくて、これは光量が凄いんだ。


 辺り一面に光が溢れてる。


 振り返ると、ここに来る時に見た光球が膨張したのか目の前まで迫ってきていた。いつのまに? 


 ……これ、もしかしてやばい? とりあえず逃げないと。


 決めたら即行動。師匠を抱えて……さあ走るわよっ。


「八尋っ! 早くっ!」


「……」


 なんでぼっーと見てんのよっ!


「どうしたのっ! 早くっ!」


 光がますます強くなる……と、思いきや暗転。からの浮遊感。何故に? それに抱きかかえていた師匠がいない……。


 辺りを見回す。立ち尽くす八尋。灰色の地面。黒い空。異界? 異界にしては灰色の色彩というか、セピア感が足りないような。


 たぶん異界ではないということ以外は何もわからずただ困惑と混乱で呆然。……息を吸うのも忘れてた。まず落ち着こう。


 ……ふぅ。ほんの少しだけ落ち着いたところでさっき見た黒い空が気になってもう一度見てみる。


 ……黒い空。でもたくさん光る点が。あれは何かしら?


 あと、そこにポツンと浮いてる青い球体は随分と既視感。というか。


 まさか。


 いや、まさか。


「ねえ、八尋」


「何でしょうか」


「アレってなんだと思う……」


 青い球体を指差しながら疲れ顔をした八尋に問いかける。


「地球……ですね」


 









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