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八十二 〜もうすぐ鐘が鳴る〜

  

 八尋が尋問を受けた同日。

 藤堂流道場、一三時三十分。



「ねぇ、今日は何が食べたい?」


「以前作って頂いた煮付けをまたお願いしたいのですが」


 これが、東王と呼ばれる一族最強の男とは信じられず、久遠寺婆娑羅(くおんじばさら)は自分の眼を強めに擦った。


 神格を完全に制御出来ずに、ヘラヘラと軽薄な気性を振りまいていた時ですら、この男を物理的に打ち倒す事が出来る者は世界を見渡して片手もいなかった。


 ましてや、契約者が現れるなどという奇跡が起きてからは、もはや最強と言える強さを得たと言えるのに、この今の雰囲気といったら。


 道場の縁側で腰掛け、仲良く喋る様はどう見ても恋人どうしだ。


 直接聞いたわけでもないし、そういった事には勘が悪いが、それでも明らかな二人の空気感。


 昼飯を食べ終わり、道場の縁側に腰掛け茶を飲むひとときのこと。


 婆娑羅は二人の放つ空気にあてられまいと距離を取り縁側の端に逃げるように腰掛けていた。


 兄弟子である春樹やその嫁がいれば話す相手もいるが、今日は当主継承の最終儀式だとかで朝から夫婦で出かけてしまっている。


 そんな婆娑羅の気持ちは毛ほども考慮されず二人の距離はさらに縮まり、視線だけではなく手までが重なった。


 あたりの空気はより甘いものになっていく。


 止めることもできない婆娑羅は、ぼけっと空を見てやり過ごすことにした。


 藤堂流という神に仇なす一族の当主とのこのような関係は、今のところ一族の中では婆娑羅だけが知っている。


 古い一族だ。口うるさい連中もいる。これを見られた時にどうするのか。婆娑羅は心配になる。


 この男は、この国で神格を統べる立場にある一族、その次期当主。


 婆娑羅もまた、意思さえ示せばその立場を得るだけの神格と資格を宿してはいるが、そういった面倒事は投げ出している。


 どちらにせよ今考えることではない、気持ちを切り替えるように婆娑羅は深く息を吸った。


 ゆっくりと息を吐きだしながら、自身が現在師事する藤堂綺羅より伝えられた今朝のことを思いだす。


 藤堂流を援助する三鷹郡司へ向けられた疑惑、遠藤八尋が囚われ、向井良子と三鷹が動いているという情報。


 続いた師の言葉は「来るなら今日」


 だというのにいつもと変わらぬ二人。婆娑羅は呆れつつもその落ちついたさまに感謝した。自分が浮き足立たぬよう普段通りにしてくれているのだ。


 息を吐ききると心が静かに落ちついた。


 身体の調子は良い。周囲へ張り巡らせた気は空気の揺らぎを捉えるほど研ぎ澄まさ——


「……きやがった、隠そうともしてねぇ」


 道場の裏手。雑木林が生い茂る一帯から放たれる異様な気は突然現れた。


 水嶋と綺羅も同じ方向を見据えている。先程までの甘い空気は消え失せ戦う者の表情だ。


「婆娑羅。裏の山手に出るわよ」


 綺羅は婆娑羅に告げるとその方向に歩き出す。水嶋は何もいわず綺羅のあとをついていく。


 程なくして、雑木林が広がる手前の空き地に三人は着いた。全員の視線は前方に注がれている。


 バキバキと木々が折れる音、隠す気のない進軍の音が響く。


「お出ましよ」


 綺羅の言葉を待っていたかのように、雑木林の中から木々を押し倒し黒い人型の機械が現れた。


「おい、あんなデケェなんて聞いてねえぞ師匠」


「知ったからって、特に変わらないでしょ。それにアナタの相手は?」


 綺羅がくいとアゴを向ける方向にはマキナシリーズが四体……その背後には人影が二つ。


 周防と鈴菜だ。


 ゆったりとした足取りで近づいてくる。


 やがて、互いの距離は縮まり表情がはっきりと確認できる()となった。


「やあ、当代。そろそろ終わらせようか。——鈴菜、マキナシリーズへ指示を」


「はい、マスター周防」


 周防は藤堂流師範代であった頃のような笑顔を見せながら鈴菜へ指示を出す。それを受けマキナシリーズへ向けてハンドサインを鈴菜は送る。


「飛んで火に入る夏の虫ね」


 懐かしい表情に一瞬気が緩んだことを忌々しく感じた綺羅は、吐き捨てるように周防へ言葉を投げつける。


「ふむ、酷いものだ。それが叔父に言う言葉かね?」


 周防は言葉とは裏腹に心底愉快そうに綺羅に返答した。


「あら、失礼。私は今日は脇役だから、だまってるわね」


「ほう、誰が相手になってくれるのかな?」


 周防の問いに対して全員の視線が集まる。その先には——婆娑羅。


「仇討ちか。良いな。だが先ずは」


 周防は無造作に一歩を踏み出した。それは音はおろか空気の揺らぎすら感じられない、無の一歩とでもいう足運び。


 完璧な体術。それを目の当たりにした婆娑羅はごくりと喉を鳴らした。


 続くようにマキナシリーズも一歩前に進む。


「また、高そうなオモチャね。わたしはそれで遊べば良いのかしら?」 


「そうだ、オマエと言えど直ぐには壊せんぞ」


「中に人がいる気配がするわね」


「教える義理はないな」


 周防は探って見ろと言わんばかりに金属骨格の胸部装甲部分を指差した。


「この気配……咒式もいるわね。聞いていたけど、まさか本当に動力としてそんなものを?」


「面白いだろう。神の穢れなどという大層な呼ばれ方をしているがわたしにはとても扱いやすい」


 咒式をそのように動力として扱うことが出来るとしても、すぐ側に人間がいるのに喰わないと言い切れる保証は何処にもない。


 搭乗者は知らされているのだろうかと綺羅は眉をひそめた。


「四つ……殺さず壊すのは手間だけど、ちょっといってくるわね」

 

 綺羅は水嶋に目配せしながらその場から横へ飛び出すと、周防達を迂回するように雑木林へと向かった。


 それに釣られるように金属の体躯を軋ませ追いかけるマキナシリーズ達。

 

 残ったのは周防、その横に鈴菜。

 対峙するように婆娑羅と水嶋が並んだ。


「婆娑羅。オレはその女に用がある。周防はオマエだ。——死ぬなよ」


 水嶋は鈴菜を指差しながら婆娑羅に声をかけ、ゆっくりと歩きだした。


「以前の借りを返させてもらうぞ」


「マスタースオウ」


「構わんよ、遊んでおいで」


 言葉が合図となり、鈴菜と水嶋は示し合わせたように婆娑羅と周防の視界から消えた。三秒後、百メートル先で破裂音が鳴り響く。


「さて、婆娑羅くん。君との決着は最後にしよう。なに、逃げはしないさ」


 揉み手をするように両手をあわせ、おどけた物言いで周防は話す。


「……」


 婆娑羅は何も答えない。ただ周防を視界におさめ静かに立っている。


「ふふ、良い集中だ」


 周防は微笑みながら鈴菜と水嶋が向かった方角を見た。


 ◇ ◇ ◇


 常人では視認できない速度で二つの影が交差し破裂音が鳴る。


 空気を震わせる音がドパパパパッッと連続したあと不意に止み、二つの影が人の形をとり一足の間合いで対峙した。


「藤堂流の技は対策済みだ。オレも以前とは違う」


 水嶋がそう言うと、鈴菜が纏っていたアーマーの腕部装甲がビキリと音を立て、ひびが走る。


「ちっ……」


『胸部装甲に損傷発生』


 鈴菜の舌打ちと無機質な機械音声が響く。

 水嶋は以前に身体を貫かれた苦い記憶を払拭するかのように笑い顔を作り、鈴菜を挑発する。


「以前の借りは返させてもらう」


「兵装を全てパージする」


「——? それがなければおまえは戦え……どういうことだ」


 水嶋は思わず言葉を切った。


 ゴトリと鈴菜の兵装が地面に落ち、腕、脚、胸部装甲と剥がれていくたび鈴菜から放たれる気が倍増していったからだ。


 水嶋はこの気の性質に覚えがあった。


(これは……十六代目と同じだ。肺まで焼けるようなこの緊張感、間違いない。しかしなぜ?)


 藤堂綺羅に威圧され気圧された過去に比べ水嶋は確実に強くなっている。以前のように指一本すら動かせないということもない。


 しかし自身の中の神格は最大限の警鐘を鳴らしている。


「まだ強くなるだと?!」


 鈴菜の兵装が外れ、頭部のプロテクターとボディスーツのみとなったが、気の増大はいまだ止まらない。


 空気が吸い込まれるように彼女に集まっていく。


「全力はわたしも初めて」


 言い終えた瞬間、鈴菜の姿が掻き消える。水嶋は「ヒュッ」という風を切る音を知覚した。


 それは無意識だった。なぜ下顎をカバーするように腕を上げたのか彼は自分でも理解できていない。


 だが気づいた時には水嶋の腕には鈴菜の貫手が文字通り刺さっていた。前腕部の液状変化は間に合わず、筋組織と骨が潰されている。


 防御が間に合わなければ首に刺さっていただろう。


 そこからさらに鈴菜は貫手をえぐるように引き後退する。


 ブチブチと嫌な音が鳴った。


「ぐがぁっっ」


 距離が離れ対峙する両者。鈴菜の手には水嶋の前腕部がぶら下がっている。


 眷属を得るほどの神格ならば肉体の再生は痛みを感じる前に始まるはずだった。だが剥き出しとなった前腕部の断面から噴き出す血は収まりもしない。


「信じられない速さもさることながら、その性質……」


 再生が始まらない。つまり存在、概念そのものへの干渉。藤堂流真伝の技だ。


「……」


 鈴菜は黙って水嶋を見ている。


 水嶋はその間に千切れた腕の断面を手刀で切除し綺麗に整えた。そして液状の新たな腕をそこから生やす。


 腕は徐々に肌色に染まり、千切れた腕は元通りとなる。


(あの攻撃で損傷したところは治そうとしてもダメだ。新たに造らねば)


 水嶋は勝機を探る。身体を霧状にする手は使えない、あの状態で真伝の技に触れるのは致命傷になる。


 体術はまだ粗く付け入る隙はある。先程は面食らったが速さも対応可能なレベルだし、気が大きいといっても主ほどのものでもない。


 落ち着いて進めていけば向こうはいつかガス欠、攻め疲れがくる。


 水嶋はそう考え、腰を落とす。守りの姿勢を示した形だ。


「甘い」


 その姿を見た鈴菜はそう呟くと距離をつめ、拳を水嶋へと叩きつけた。


「ぐぬっ! 重いっ!」


 上腕できっちりと受け止め防御してなお、身体の芯に響く打撃に水嶋の声が漏れる。


「東王も名前だけね」


 もう一撃。冷淡な声色に合わせて回し蹴りが放たれる。


 水嶋はそれを受けて大きく下がった。


 先程よりも遥かに強い。兵装を外すだけでここまで強くなるとは、一体なんの魔法かと水嶋は叫びたくなる。


「どういう手品だっ! 藤堂の流れを汲むといってもデタラメが過ぎるっ」


「答える義理はない」


 三度打ち込まれる打撃は正中線目掛け吸い込まれてゆく。水嶋はなんとか反応しそれを防ぐ。


 だが自ら飛び退き威力を殺してなお、震える腕と足がこの先の厳しさを伝えてくる。


「さて、どこまで足掻けるか……」


 



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