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七十九 〜そわそわ〜


「北辰、浄雷の壱」


 八尋の声を合図に視界が戻る。さっきまでなかった、八尋の手に現れた模様に視線が惹きつけられる。彼女から流れ込んできた記憶にあったその形。蓮華模様と幾何学模様が織りなす連なり。仙術継承者の証。


 八尋は今、正しく継承者となった。


 頬が熱い。私の目から滑り落ちる涙だ。気ずかれたくないけど、あぁ、いきなりバレた。どうしてこっちを直ぐ見るかな……。


 八尋が驚いた顔でこちらへ近寄る。いまこれ以上近づかれたら、これが自分の気持ちなのか、それとも流れ込んできた記憶——彼女の気持ちかが分からなくなる。それだけは嫌。


「何でもないからそこで止まって」


「ですが……」


 彼女は八尋を愛してた。間違いなく全てを懸けて。八尋もきっと彼女を愛してたんだろうと思う。どの笑顔も見た事がない程、喜びに満たされていた。


 わたしはわかっていなかった。余裕たっぷりだとか、見透かすようなだとか、そうじゃなかった。


 失い続けた八尋はずっとギリギリだった。


 死の間際に龍樹の中に入り、精神だけの存在となった彼女が出来たのは、八尋が絶望しない様に夢を見続けさせること。


 八尋が小さな時、純粋に憧れた宇宙、月への道程、その気持ちだけはなくさないようにと菖蒲さんが守ってきた。


 それがなければきっと、八尋は無理に無茶を重ねて引き際を見失い、もう死んでいたはず。


 だけど、役目を終えたと判断した彼女はこの世界から消えて行った。夢を見なくとも叶える事が出来るようになったから。私に八尋をお願いねと最後の伝言だけ残して。


「彼女は行ったわ」


 目を見開いて八尋はわたしを見た。ピクリと左目だけが動く、考えている時の仕草。思い当たったみたいね。菖蒲さんは無事旅立った。八尋の決意を見届けて。


「……菖蒲は怒っていませんでしたか?」


「怒ってたわ。塞ぎ込んで、大変だったって」


 私には師匠がいた、春樹がいた、桜花がいた、誠司兄ぃがいた、花木の爺ちゃんも、森田さんも由利さんも、失った分を充分に埋めてくれる人達がいた。


 でも八尋は失って、埋めて貰って、また失って。誰かに埋めて貰っては失って、もうこれ以上失う事に耐えられなかったんだよね。だから菖蒲さんとの思い出を封印していた。


 結晶から復帰した時のかめかめとのやりとり。あの時は意味が分からなかったけど、今はわかる。


「それは……謝りたかったですね。きっとわたしのせいで、ゆっくり眠れなかったでしょうから」


「会ったらきっとウジウジするから、会わずにサヨナラだって……八尋のバカ!」


 そんな泣いてるのか笑ってるのかわからない顔でいられたら、せっかく涙が引いたのに、また泣いちゃうでしょ、このバカ。ホント馬鹿!


 だから、ちょっと痛いかもしれないけど肩のあたりを叩かれても我慢して。


「こういう、ことは………もっと早くにいいなさいよ」


「私の話しを聞いて貰えますか」


 肩に叩くわたしの手を包み込むように手を重ね、八尋が喋る。

 

「聞く……わよ、はぁ、鼻痒い……」


 笑うな、バカ。アンタのせいでしょ。


「月に行きます。一緒に来て下さい。あの灰色の球体に降り立つ時、隣りには貴女がいて欲しい」



 ◇ ◇ ◇


 朝一から昨日の事を桜花に相談するため実家訪問中。恥ずかしいけど、とりあえず概要説明完了。


「もうそれ、ほぼ告白よね」


 最近肌ツヤが良い桜花は、首を傾げながら結論を出してきた。


「一緒に月に行こうぜって誘われただけとわたしは捉えたんだけど……そういう意味まで含めるのかな?」


 月に行く理由ね。単に憧れだけじゃ無く、大事なモノが埋まってるんだって。船って言ってた。星の船の残骸。昔の神様が遺した遺跡とかなんとか。


 それを発掘する為に自前の基地を月に作るんだって。とんでもないよね。基地完成には最短三十年。うん、待ってらんない。この時間を埋める為に必要な素材のひとつがオーディンの槍。


 あれがあればだいぶショートカット出来るらしい。出来る意味が全く分からんけど。それプラスあとは国家予算の半分ぐらいお金ジャブジャブ注ぎ込めば確実とか豪語してた。どんだけ儲ければその額に届くのか全く想像出来ないけど。


 まあ、つまりオーディンの核を奪った周防とはどうやっても激突しなきゃいけなさそうということね。はぁ、げんなり。


「その状況だと、もうそうとしか」


 桜花の断言。


「愛の告白とはいえなくない?」


「隣りにいて欲しいっていうのはそう言う意味よ」


 まあ嬉しくないことはない。いや、嘘ついた。正直、気分はブチ上がりました。男の人にそんなこといわれたことないし。


 でも何故だか流れ込んできた菖蒲さんの記憶に引っ張られてる部分が多分にあるようにも感じて、戸惑うところもある。


 私自身の八尋への好意は間違いなくあるけど、なんせ経験したことない気持ちでして。


 なにより、その抱いた気持ちが男と女のそれだとしてどうすれば良いかが分からないのよ。


 良いなと思うような人は居てもそれ止まり。恋愛レベル1の私に何をどうすれば良いのかなんて、判断がつくわけない。


 なによりまだ喋ってないあの後のことを話さないと桜花も判断できないだろうし、あー……どうしよ、すっごい恥ずかしい。


「好きって、あれでしょ、キスとか……あの、ゴニョゴニョしたりとか……したくなる気持ちが入ってるでしょ……?」


「アンタ、本当にそういうの慣れな……ん?」


 人妻桜花さんの視線が刺さってくる……ねっとりしてて、とても扇情的。そんなにじっと見ないでよ。


「良子がキスの話しを……?」


 いま一瞬目が光らなかった?!


「キ、キッ、キ、キスとかしてないからっ!」


「良子。私ね、アンタのことなら大体分かるのよ?」


 自信たっぷりに桜花がいう。まあ強く反論できないところはある。でもキスはしてない、ほんと。


「話しながらソファをしきりに撫でてたでしょ。普段そんなことしないから。とりあえずそのあとどうしたのよ?」


「一緒にいて下さいって言われたからさ【遠藤】の二階で二人で……」


「ほほう、どんな感じで?」


「えっと、八尋の部屋のソファに、こんな感じで」

 

 実家のソファで実演。桜花の手を繋ぎながらソファに腰掛ける。顔は向けるの恥ずかしいから肩に頭を乗せてと、で、二人の太腿の間に繋いだ手を置いて……朝までぼんやり。


 何コレ、えっろ。わたしこんなことしてたの? ねぇ桜花、ちょっと胸触っても良い? 


「ちょっと、何でわたしの胸を触るっ! もう!」


「デコピン痛っ! 良いじゃん、減るもんじゃなし」


「減るの、特にアンタだと減る」


 ヨヨヨヨヨ……義姉に向かってこの義妹は何と言う仕打ちを。味噌汁の濃さで夫婦喧嘩でもして罰が当たれば良いのよ。


「なるほど、このシチュで何もなかったら確かに余計なこと考えちゃうかもね。でも好きなんでしょ?」


「……そうね」


 桜花にいわれてストンと気持ちが落ち着いた。誰かにいわれるとはっきり自覚できちゃうわね。


 最初の出会いからして八尋の仕込みだったし、信用ならない人から始まったけど。


 何にも得しないのに吹っ飛ばされたり、顔面オシャカになったり。


 それは誰かを助けるためって分かってからは、つい手伝いたくなっちゃったのよね。


 アイツいっつも血を吐いてる。何枚ハンカチあげたかしら? 


 真由美さんが元に戻る前のあの時の横顔。あんな顔はもうして欲しくない。そう思うようになったのはいつからだろう。


 菖蒲さんの名前を聞いた時、突然世界に一人きりで放り出された気分になったのはきっと怖かったから。私の場所が無くなってしまうんじゃないかと怯えていたのよね。


「ねえ、良子。いまなんかふわふわしてるでしょ」


「うん……」


 あああーもうなに、なんなの、この落ち着かない感じ。とりあえず落ち着きたいので、桜花の膝に顔をうずめる。はぁいい柔らかさ。


「落ち着いた?」


「うん。落ち着いた」


 ふぅ。……春樹のヤツこの膝枕されてる体勢で桜花の顔見てる時どんな気持ちなのかしら。因みにわたしは少しだけ興奮してます。自分が怖い。


「次は八尋さんにしてもらいなさいよ」


 ……どうやってするのよ? 肉食系の人はこれだから困る。自分が出来るからって他の人が出来るとお思いかえ? それに問題がもう一つあるし。

 

「影の中にギャラリーが多くてさ……」


「そう言えばそんなハチャメチャな状態だったわね」


 ため息出るわよねー。かめかめとか水嶋とかはプライバシーポリシー高めだし覗き込んでくるような事は絶対ないんだけど。


 紫苑とアクアが結構そういうのじっと見てるのよね。固唾を飲んで見守るというか、あの時もこっそりのつもりだろうけど、影の中からしっかり見てたしね。


 見られながらあの先とか、ちょっと進めんかったよ。それもあって気持ちが整理つかないのもあったけど。


 ぬー、思い出すだけで顔が熱い。八尋のヤツ手を繋ぎながらずっと見て来てるの、恥ずいから顔を下に向けてたけど旋毛の部分に視線が刺さるのですよ。


 多分、あの時アイツの眼を見てたら私は色々と大人の階段を登ってた。


「良子、確認だけど」


「確認? どうぞ?」


「アンタが今の関係をどう考えてるかは置いといて」


「置いといて?」


「彼氏でいいんじゃない?」


 そうなるの? 告白とかされて無いのに? 大人ってそう言う感じなの?


「大丈夫よ良子。だから戸惑った秋田犬みたいな顔しなくても大丈夫。それに昨日私達は八尋さんから聞いてるから」


 誰が犬だワン! 何を聞いてるだワン! 教えろだワン!


「凄いわね、形意拳の才能あるんじゃ無い? 犬にしか見えなくなってきた。えとね? 大切なんだって、良子の事」

 

 ……ふー。随分きつめのカウンター撃ってくるじゃないのさ。


「少しずつ伝えていくんだって。わかっていてもいきなり迫るとアンタ、パニックになって逃げるでしょ? そこまで分かってるのよあの人」


 確かに……桜花から伝え聞くだけでわたしはなんだかソワソワが止まらないもの。次会う時が楽しみを超えて怖くなってきたんだけど……。


「これ……今日は駄目ね。お茶入れてくる。テレビつけとくからぼんやり見ながら頭の中でも整理してなさい」

 

 テレビ……そうだニュースでも見て落ち着こう……。


『今! 三鷹幹事長が、党本部から出て来ました! 一時間後に控えた会見で何を語るのでしょうか!』

 

 誠司兄ぃのお父さんだ。なんかあった?


『EIM代表取締役社長、遠藤八尋容疑者の収賄罪に関連するニュースを引き続きお送りします』


 ちょ、まっ?!

 

 

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