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七十四 〜試験〜

 

 想定の倍ぐらい真由美さんの圧力が強かったけど、どうにかやり過ごしてなんとか辿り着きました我らが藤堂流道場。


 藤堂流の稽古は力加減を失敗すると道場が壊れちゃう事が多いから、外で行うことが多い。


 だからわたしには板張りよりも道場の横に広がる、この土の地面の方が思い出深かったりするんだけど。……師匠と春樹といろいろやったなー。


 道場の縁側に腰掛けながら夕陽を浴びて、そんなふうに昔のことを思い返していると、勢いよく転がっていく婆娑羅(ばさら)が通り過ぎた。


 師匠と稽古するとこうなるの。縦回転で地面転がされるのよ。わたしもめっちゃ転がされたし。


「まだ脱力が甘いわね。少し強めに通すわよ。頑張って受けて流しなさいな」


「がァァっ!! っらァァっ!!」


 地面を転がりながらも跳ね上がるように起き上がった婆娑羅。師匠は追従するように張り付いていて既に婆娑羅の目前。


「はい、流してー」


 みぞおちに掌底が真っ直ぐ滑り込んでいく。


「んぎぃ!」


 婆娑羅は気合いの声とは裏腹に脱力し、真正面から掌底を受けた。ここから見ていてもわかるほどの強烈な威力。このまま何もせずにいると確実に内臓に深刻なダメージが残る。


 でも焦りはみえない。脱力することで力に逆らわず流れをちゃんと捉えている。婆娑羅がその場で震脚。踏み込んだ足の周辺に亀裂。上手く力を逃した。


 そのまますぐさま突きで反撃。すぐ切り返せたのはダメージ無く正しく受け流せたという証拠。


 さっきからこれの繰り返し。受け流す技術を徹底的に磨いてる。


 今度は喉元に掌底。今度は前に出ながら衝撃をいなすように身体を上手く回して、そのまま回転蹴りで反撃。


 だけどその蹴り脚を師匠は掴む。身体が宙に浮いてるから終了……かな?


 それでも意地をみせ、掴まれていない方で婆娑羅は蹴りを放つ。その攻撃を避けるために師匠は脚を離したように見えるけれど、それは次の攻撃のための誘い。


 婆娑羅は宙に浮いている。そこに師匠は腹部へ突きを放つ。……まともに入った。体勢が悪すぎるから力を流しきれずに着地と同時で膝をついた。


 師匠が突きの姿勢を解いて……一旦休憩ね。


 ……この短期間で婆娑羅はずいぶんと強くなってる。師匠の攻撃は抑えていたけど足運びとか速度、動きに限っていえば全力だった。


 師事してたった半年未満? すごい才能ね。


「強くなったじゃん」

  

「師匠……アンタの娘は……とんでもねぇな」


 せっかく褒めたのに、こっち見ながら何いってんのよ、あんた。わたしのこと良子姉って慕ってくれてる感じだったわよね? 人を化け物みたいな目で見てきて、とんでもないってどういうことよ。


「自慢の娘だもの。凄いでしょ? まあ、貴方の根性と才能も末恐ろしいものがあるけどね。この短期間でここまで来るんだから」


「褒められるのは嬉しいが、比べる山が高すぎるせいでな。前に会った時でも度肝を抜かれたが、今はどうなってんだよ。……嫌になるぜ」


「あらあら、男の子ね。春樹と一緒。……それにしてもカレーの匂いがするわね。良子ちゃんが持って来たの?」


「うん……持ってきた」


 縁側に置いたポケットバッグを見る。……やっぱりバレるか。タッパーに入れて更にラップで封をしたけど、やたらといい匂い漂わせてるしね。


 結局、真由美さんの笑顔の圧力に負けていつのまにかカレーを作り始めてたもの。余るほどの量で食べきれないし、こっちにもお裾分け。


「……八尋絡みかしら?」


「まあ、関係あるっちゃ、あるけど今はその話したくないかも」


「そうなのね、今日は家で晩ご飯食べていくでしょ?」


 によによした顔でこっち見ないでマイマザー。何にも言ってないのに何故かお察し頂きましたとおり、今日はあっちで夕飯を食べるといろいろと危険なのよ。あー、八尋のアホ。


「今日は良子ちゃんの好きな唐揚げよ。桜花ちゃんが作ってくれるの」


「それは食べたいわね」


「みなさーんお茶をどうぞー」


 噂をすれば桜花がお茶をお盆に載せて登場。なんだかより一層キレイになってるような。顔つきもなんだか大人びていて、これが噂の人妻マジック? 確かめないと。


「ちょっと良子。距離が近いって」


「ごめん、ごめん。なんかまたキレイになったなーって。あっ、そうだカレーあるんだけど」

 

「あら、美味しそうね。とりあえず冷蔵庫に……ところで良子。アンタ、その服は普段着なの?」


「ん?」


「いや、だからそのメイド服……駄目だ聞こうとしないし」


 おほほほほ。桜花さん。EIM開発部が自重という言葉を置き去りにし、テクノロジーの粋を集めたこの服をメイド服などと。


 お目が低くてらっしゃる。


「なにを勝ち誇っているのか知らないけど、来週の同窓会はそれで行っちゃ駄目よ」


「——どうしよう! 忘れてた!」


 そうだ、来週そんなのあった。やばい。服は買おうとしてたのにドタバタしてたらすっかり忘れてたっ! 


「……どうせジャージ以外は新しいの買ってないでしょ。明日買いにいきましょう」


「なんでわかるの?」


 逆になんでわからないの? っていう顔ってこういう顔ね。


「もう、とにかく明日よ明日。わたしお夕飯の準備あるから、また後で」


「はーい」


 いつもだったら、忘れっぽいわたしにじっとりと小言いうのに。人妻の余裕ってやつかしら。軽くあしらっちゃって、なんだか後ろ姿まで輝いてみえるわね。


 さて、同窓会情報も思い出せたことだし、今日こっちにきた一番の理由をこなすとしましょうか。


 今日の一番の目的。それは婆娑羅の最終試験。


 婆娑羅の仇である(つい最近ちゃんと聞いてびっくり)周防国親の実力を一番理解してる私が、試験官になって婆娑羅がどの程度やれるかを確認するというミッションでござい。


 以前に誠司兄ぃがまともにやり合ったそうだから本当はそっちが試験官としては適任なんだろうけど、師匠いわく以前の闘いは本気じゃなかったということなので。


 気負って変になるといけないから試験云々は婆娑羅には内緒。それじゃ、息も整ったみたいだし婆娑羅に声をかけましょうかね。


「婆娑羅。どれぐらい強くなったか見せてくれる?」


「良いぜ。俺も今のあんたにどの程度通用するのか確かめたいからな」


 婆娑羅はそういって猿面を顔につけて構えをとった。待ってましたとばかりにやる気ねぇ。


 さっきの受け流す修行とは違う、本気も本気の圧力が婆娑羅からわたしに放たれる。これはアクアに手伝ってもらわないと難しいかな。


「アクア。お願い」


 オーディンとの闘いを経てアクアを纏う技【流纏(るてん)】は、更に進化した。


 以前は数秒かかっていたアクアの変化も縁側から降りる間の一瞬で完了。


 外気に漂うエネルギーをかき集める性能の向上と、それを扱うわたしの消耗の低下。一日中この状態でもいまは問題がない。


「……聞いちゃいたが、マジで化け物だな」


 わたしの姿をみて気弱な言葉を吐く婆娑羅。

でもその割には、とても静かな気の巡りを維持したまま、わたしと対峙している。


 こうやって正面に立つと、はっきりと充実振りが感じられる。


 あの時からどこまで強くなったのか……。まずは前回のおさらいから。

 

 【転】と同時にノーモーションで前蹴り。


「やっぱりか! そりゃ対策済みだぜ! 良子姉ぇ!」

 

 掌底を打ち下ろしながらわたしの前蹴りを迎撃。休むことなく顔面に向けて唸るような正拳。——身体を捻ってかわし、そのまま前進し交差。止まらず更に前に。位置を入れ替える形になった。振り返りながら婆娑羅を確認。


「ちょっと婆娑羅。女性の顔に唸る様な正拳撃ち込んじゃダメでしょ」


「そんなこといって、当たってもどうってこたぁねぇだろ」


 引き手も甘くないから取れない。前にあった甘さとか油断は完全に消えてる。


 じゃあ、次。遠めの間合いを取って——


「させるかっ!」


 わたしが下がったのを見逃さず、婆娑羅が突っ込んできた。積極的なのは良いけどここは減点かな? 師匠相手だと引いたらその瞬間潰されるから前に出るんだろうけど……。


「誘いよ。重心を前に置いたから、これは躱せない」


 しゃがみ込むことで一瞬婆娑羅の視界から消える。目線はわたしを追いかけれていない。刈り取るような軌道で婆娑羅の軸足に蹴りを放つ。


 受け損なったら折れるわよ。


「ぐがっ!」


 軸足を刈られて転倒するかと思いきや、逆らわずに身体を回転させて勢いを殺された。この動き……体捌きは及第点以上ね。じゃあ次。


 間合いを再び離してっと。よしよし追いかけてこない。一度みてすぐ対応してきた。良い傾向。


「私の戦いに周防国親が割込んで来た時に使った技を見せるわよ。そのものじゃ無いけど、大体こんな感じ、受けちゃダメ。避けてね?」


 それにしてもあの周防って人は、こんな攻撃の事しか考えてないような技を良く使う気になるわね本当。隙だらけなのよこれ。


 手にほとんどの気を回す。螺旋状に巻きつけるような気の動きで貫通力を高める。手に練り込んだ気が光りを放ちだした。貫手の形にして婆娑羅に放つ。


 とても苛烈な攻撃方法だけど、こんなの避けられたら終わりよ? 


 まあそれがこの技の不気味なとこだけど。わざと隙が見えるようにしてると、何かあるって思って見ちゃうもの、この技——


「!? 避けなさいっ! 婆娑羅!」


 バカっ! 棒立ちで何をぼんやり見てんのよっ! 急には止められないわよっ!?


「柳葉……」


 ヌルンっ?! どういう手応えよこれ?! 


 最小限の動作で流した? 動きがわからない。わたしが自分から避けたみたいに感じる。

 

 撃ち終わりの姿勢を崩されたところに婆娑羅の突きが飛んできた。周防ならこれはどう捌くかな? ……たぶんこうね。


「左手が残ってるから」


 空いてる左手を貫手の形にして真っ直ぐ伸ばし婆娑羅の胸元でストップ。

 

「だよな……」


 なのよねー。はい、一旦終了。


「受け流しは、凄く良かったけど、手順を間違えたわね」


「だな……焦らず完全に崩れるまで待てば良かった」

 

「もし最初から両貫手で来たらどうする? 一方向なら今の技で対応出来そうだけど、同時に別方向からの攻撃を受けれる程、まだ練度がある様には見えないけど」

 

 良い技だけど、まだまだ未完成。


「ああ、修練あるのみだ」


それはわたしに言われずともわかっているわね。婆娑羅は自分の現状そのままを受け止めてる。


 さっきの動きをおさらいするように繰り返しだしたけど慌てず、焦ってもいない。これなら順当にものにできそう。


 あと一ヶ月も稽古を続けていけば周防と戦っても死にはしないかな。現時点でも最悪逃げ出すぐらいはできる。


「連枝柳葉。婆娑羅の師匠である武神、孟紫炎が得意とした技術よ。それでも周防には勝てなかった。いえ、勝てないように仕組まれたと言うべきか。……良子ちゃんはどう思った?」


 振り向けば師匠。採点結果を披露しましょうかね。

 

「単純な技の威力とか、速さとかは婆娑羅が勝ってる。でも周防は勝つっていう事を徹底してくる相手よね。それと武の練度。全部を加味して多分、ここまで出来れば……」

 

「「勝つ可能性はある」」


 師匠と意見が一致。


 後はどれくらいの時間があるかだけね。







 

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