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七十一 〜森羅万象 壱〜

周防の記憶。

 

 昭和四十年。とある地方都市。道着に袴という姿の二人の男がいた。どちらも身長が高く鍛え込まれた肉体は彫刻のように整っている。


 荒れ狂った神の一柱を殺す依頼を無事終えた藤堂宗一郎と周防国親だ。


「国親、今日は依頼で金も入ったし、一丁派手に行くか?」


 ついさっきまで生きるか死ぬかの土壇場だったというのに。声の主、藤堂流十五代目当主、藤堂宗一郎の放言に周防の張り詰めていた気が緩む。


「以前もそんな事を言って賭場で文無しになっただろう? 師匠にまたどやされるぞ」


 周防は額に手を当て呆れたように宗一郎を(たしな)めた。


「何だよ、オメェはいつも勝ってるからそんな事言えんだよ、今日は馬でどうだ?」


 宗一郎の女と見紛うような整った顔が妖しく歪む。およそ博打と呼ばれる物は総て好物、ついでに女も。どちらも殊更弱いのがこの男、藤堂宗一郎の魅力でもある。


 験担ぎなどと(うそぶ)きながら賭場で有金総てを掛けてみせるその気性。ものの見事にオケラとなるのも恒例行事だ。


 だが周防はそれを理解出来無くも無かった。


 神殺しと言っても実態は人殺しと特に変わらない。命を奪う感覚は簡単に飲み込めるものではなく

ただ重く(かさ)なって行く。


 こんな博打程度で払い落とせるものとは思えないが、少しだけ気が紛れるのは確かだからだ。


 周防は長い付き合いの親友にいつも通り付き合うことにした。


「お前がパドックに行かないなら付き合っても良い、お前が生き物の側で気を動かすと碌なことにならん」


 周防には博打の才があった。特に競馬だと勝つ馬が何となく分かる。宗一郎はそれに乗る事を特に楽しんでいた。


「決まりだな! 俺はパドックにいかねぇし、馬券もお前に乗るだけだ。馬なら遠目で応援してるだけで楽しいからな!」


 勝つ事が当たり前かの様に宗一郎は言った。しかし実際、勝ってしまうのが周防という男だ。

 自分でも何をしているか分からないなと、思いつつも周防は少しだけ楽しんでいる。


「頭を少しは使え。なぜ役目以外でこんなにお前の世話を焼かねばならんのだ、まったく」


「そりゃお前が十五代目に成らねえからだ、いつでも変わるぜ? 何なら明日からでも交代して俺がオメェの世話を焼いてやる。とりあえず勝ったら吉原に行くぞ」


「当主をなんだと思っている。薄ら寒い事を言うな。いくらお前でも無責任が過ぎるぞ。それに唐突に吉原などと、麗華にバレたら命が幾つあっても足らん」


 周防は怒り狂う妹の姿が頭に浮かび冷や汗をかいた。


「親が決めた婚約者でお前の妹だが、まだ十八じゃねぇか? こちとら二十歳の燃える男だぜ? 今すぐ所帯を持ってもお互い楽しかねぇやな? 後十年ぐらいはお互い遊んだ方が良いってもんよ」


「なんと破廉恥な。麗華を(なだ)める俺の身にもなれ。周防の女は怒ると手に負えんのだぞ? さっさと結婚してくれ」


 最近良くみる夢で、眠りが浅く疲れているせいか普段より草臥(くたび)れた顔で周防は(なげ)く。


 癇癪を起こす妹を(なだ)める作業がどれほど大変か、一度変わってやりたいと周防は強く思った。


「何だよ、最近疲れてんな? またあの夢か」


「……顔に出ていたか? すまん」


「お前が人を殺しまくる夢のことはあんま気にすんなよ。役目が重いからな俺らの務めは。似たような夢はみんな見てるみたいだぜ? とにかく気にすんな。行こうぜ」


 宗一郎は踵を返し歩き出す。


「一度、茶々様に見てもらうか……」


 藤堂流を見守る存在の名を口にしながら周防は宗一郎の後に続いた。


 ◇ ◇ ◇


 昭和四十五年。周防家にて国親は茶々と面会していた。


「分からん。神が見る夢とも違うし、誰かの記憶を追体験しとる訳でもなさそうじゃな」


「茶々様でも聞いた事が無いと言う事ですか」


 あれから五年。役目が引き切りもせず続いたせいで機会を得れず先延ばしになっていた茶々との面会は周防が期待していたものとはならなかった。


 同じ夢を見ることはまだ続いている。最近では夢で殺した相手の顔すら覚える始末だ。


「気にするなとは言わんが、考えなしも触ると言えよう。何か意味があるとは思う、もしかするとお前が神殺しにより負った何かを(あらわ)しているのかもや、じゃな」


「私の負うべき何か……」


 周防は自問する。だが役目以外何も浮かばない。


「気にするなと言うておろ。それより、麗華と宗一郎は漸く来月祝言じゃろ、お前もそろそろ身を固めても良かろう。どうじゃ良い女子がおるが見合いしてみんか? もう後進を育てる年にもなってきたんじゃから所帯を持って……」


「所用がありますので、失礼致します」


 話しの風向きが変わったことを敏感に察知した周防は脱兎(だっと)(ごと)く逃げ出した。


「この話をすると逃げていきおる」



 ◇ ◇ ◇


 昭和五十四年 藤堂邸


「宗一郎。おめでとう」


「国親! 来たのか! こっちだ、見てやってくれお前の姪だ」


 周防は藤堂夫妻に面会していた。海外での仕事が立て込んだ為、出産から三ヶ月後のことである。


「麗華……良く頑張ったんだな。兄として誇りに思う。赤子を見せてくれるか?」


「兄様、ありがとう。さあ抱いてあげて」


 初めて手に抱く赤子の感触に戸惑いながらも、周防は胸から込み上げるものを感じた。


「小さいな……とても小さい。だが凄まじく力強い気も感じる。もう名前は決めたのか?」


「ああ、綺羅だ。キラ、藤堂綺羅。この娘は美人になるぞ!」


「……綺羅。そうか、とても良い名前だな」


 名前を聞いた瞬間、周防は頭が割れるような痛みを覚えた。突き刺すようなそれに耐えていると今度は視界が霧がかったように濁っていく。


 思考が乱れ外部から聞こえる音は壊れたラジオのようにノイズと化している。時が止まったかのように意識が浮遊し、周防の脳内に声が響いた。


『条件が揃いました。計画(プラン)を実行。森羅万象システムの稼働が開始されました。こんにちは周防国親』


 暴風のように周防の脳内を誰かの記憶が通り抜けていく。知らない。周防の知らない記憶。人々の悲鳴。笑い声。感情の渦。


「国……親……く……か……国……国親! おーい! 国親! 」


「——!」


 宗一郎が肩を掴んで揺らしたことで周防の視界にかかった霧が晴れた。


「どうした? 突然泣き出して。お前でも感極まって、人の話しが聞こえないなんて事があるんだな?」


「綺羅は! ああ、そうかまだ俺が抱いていたな……」


「ぼーっとしたと思ったら、突然泣くからよ。初めてみたぜ、お前が泣くのなんて」

 

「俺は……泣いていたのか?」


「おお、そりゃもう。何も言わず綺羅を抱いたまんま立ちつくしてな?」


「……今日は帰るとしよう、また明日来るよ」


「どうした? 泊まっていけよ?」


「いや、今日は少し用事がある……」


 周防は腕に抱いた綺羅を宗一郎に渡すと玄関へと向かう。宗一郎夫妻はいつもと違うその後ろ姿に気付いたが、何と声をかけて良いかわからなかった。


 

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