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六十九 〜茶々様〜


「そこな娘とお前」


 あれから周防さんの家に行きーー国親は勘当してるから伝七家(でんしちけ)として今後もよろしくーーと懇願されつつ、桜花さんの仇の居場所もおおよそ絞れたとのことで、情報提供を受けた。


 例の糸も情報の正しさを示すように教えられた場所を示していたので、その情報の場所である青森県の名前もなさそうな山を探索中だ。


 そんな中、ダメージジーンズとTシャツといういでたちの、どう考えても怪しい女性に声を掛けられている。


 敵意は感じられないからそこまで警戒する必要はなさそうだが、ひとまず探るか。


「こんな所で女性が一人は危ないですよ。ついていきますから山を下りましょう」


 それにしてもなかなか狂った装いの女性だ。雪が降る中、素肌を露出させるとか正気だろうか? こっちは防寒具に身を包みモコモコになってさえ、まだ寒さに凍えているというのに。


「お前……マイペースとか鈍いとか言われんか?」


 初対面の相手になかなかの暴言を吐かれた。桜花さんにならいくらでも罵られてもご褒美だが、いくら美女でも知らない人にそんなこといわれたくないんだけどなぁ。……ふと思ったけど桜花さんにならいいって、オレけっこうヤベェやつだな。


「春樹くん……! 花木のお爺様に聞いた話、何かそれを今、凄い思い出しているんだけど」


 オレの後ろで桜花さんが驚いた声を出す。


「えっ? なにそれ、爺ちゃんの話し?」


「最後に淀殿の外見を聞いたでしょ?」


 えー。なんだっけ。黒髪。二十代後半? 左眼の色が金色。どこかで聞いたことがあるな。


 ……よく見れば目の前にいる人も同じ特徴だな。


「藤堂当主の癖に気付くのが遅いわっ! お前たち、名を名乗れ」


「えっと向井春樹です。この春で藤堂春樹になりますが……」


「山田桜花です……この春、春樹くんと結婚して藤堂桜花になります。あのぅ間違いで無ければですが淀殿でしょうか?」


「如何にも。淀殿と呼ばれておった。今は茶々と呼べばよい。よろしゅうにな桜花や。それと春樹、お前とは小さい頃に会っておる。まあお前は赤子じゃったが」


 爺ちゃんの話しがホラでは無い? しかも会ってる? 信じるしかない事が起こるという爺ちゃんの声が思いだされるがこれの事なのか?


「間抜けな顔をしおって。……それより春樹、お前ほんとに人か? なにか混じっとりゃせんか? どうにも見た事が無いぐらいの気を内包しとる。初めて会った時はそんなことはなかったが?」


 身体の中を見透かすような茶々様の視線。ジロっとしたそれにオレの中にあるものが居心地の悪さを訴えてくる。


「なるほど。そういう因果か」


 どう納得したのかは分からないが、茶々様は満足そうに頷き桜花さんの方へ体を向けた。


「桜花はどれどれ……? ああ、そのままで良い、勝手に覗くでの。……そうか、お前も中々面白い中身をしておるな」


「何が……えっ!? 春樹くんどうしよう! 刀が勝手に出て来る! 制御がっ!」


 茶々様が桜花さんに近づき顔を覗き込むと、桜花さんの右手から勢い良く刀身が飛び出した。


『魔神めっ!!』


 浄罪の怒りの思念が撒き散らされる。膨れ上がり噴出した気は今にも暴発しそうだ。……ヤバい。枷のせいで気が練れないから、もしもの場合に無理やり受け止とめるという手段が取れない。どうする……。


「ふははっ! まだ憶えておるのか! 懐かしいの! だが余りはしゃぐと(あるじ)が保たんぞ……ホレ、落ち着け」


 茶々様が桜花さんから飛び出した刀に向かって手をかざす。その手のひらからは幾何学模様が伸びていく。


 それが浄罪の刀身に絡みつくと暴れ出しそうに震えていた桜花さんの腕が静まり、暴発しそうな気の膨らみも少しずつ萎んでいった。


 あの幾何学模様は権能の類だ……半信半疑だったが爺ちゃんの話しは本当だったようだ。


 そして『ギリギリギリギリ』と、あの不快な音が頭に響き浄罪からの思念がオレの頭に届く。


『怨敵』『悪を討て』


 ……テンション上がってんなぁ。一旦落ち着こうぜ。何でそんなに血走ってるんだ?


『魔神』


 ああ、そういやそんな話だったよな。少し落ち着いてくれよ。それでどうした? 

 

『この魔神こそ我の存在理由、一度は滅ぼす目前まで追い込んだが逃げられた』


 なるほどね。そんな因縁があったわけだ。


不躾(ぶしつけ)に覗いてくるなど無礼だ。抑えが効かぬ』


 ……怒ってはいるけど、話しを聞いてるうちにとりあえずは落ち着いたな。


「桜花さん、大丈夫?」


 声は出せないみたいだけど、しっかりこっちを見て桜花さんは頷いた。


「すまんな。無遠慮に覗いて怒らせた。しかし春樹は神剣と話をしよるか……。ますます人の枠からはみ出ておるの」


 いやいや、まだ姉ちゃんもいるし母さんもいるし何なら、三鷹の兄ちゃんも残ってる。


「自覚がない顔をしておるなぁ。まあよい、それより桜花よ、見たところまだ神剣を制御しきれとらんな。契約しておるのだからもっと強く命じてやれば先程のようなことは無くなるぞ」


 桜花さんは目を大きく開いて驚いているようだ。確かに桜花さんは浄罪を受け入れるばかりで従わせるなんてことは考えた様子がなかったな。


「従えと強く念じろ。それだけで良い。そうせんと徐々に意識に食い込まれ、人生を悪神狩り一色に染め上げられるぞ」


「浄罪くーん。露見したよ君の企み。オレの枷がなけりゃ今すぐにでもへし折ってやりてえ」


 気は練れずともオレの本気の殺意は受け取ったようで、浄罪からひときわ弱々しく思念が飛んできた。


 この感じは弁明させろというところか? 一応聞いてやる。


『前もいったが、無理強いなぞはせぬ』


 前回ので懲りただろうから黙認してきたのに。今回のこの暴走、まあ一歩手前だったとしても、納得しかねるな。

 

 ……あれ? ふと気になったんだけど、魔神っていっても、融合したから魔神じゃなくてほとんど茶々様なんじゃ無いの? 爺ちゃんにそう聞いたけど? よく考えたらお前の存在理由無くない? 


『愚かな。そのような単純な話しでは無い』


 ほう。馬鹿にしてくると。このやろう。


「桜花さん、咒式を斬れる霊刀なら母さんにいえば変わりぐらいすぐに手配して貰えるだろうから、浄罪はオレの枷が取れたら折って捨てちゃおう」


「もう大丈夫よ」


 落ち着いた顔で刀身を握りしめ、桜花さんはオレにそういってきた。浄罪の思念も消えている。


「安心せい、きちんと掌握しとる。お前の怒気に当てられてか、神剣も無抵抗じゃ」


 茶々様からも肯定の言葉。刀身に絡みついた幾何学模様もいつの間にか消えている。


「桜花さん、何か違和感とか無い? 大丈夫?」


「ありがと春樹くん。大丈夫、前より違和感が無くなってむしろ調子良いかも」


 すっと腕を伸ばせば、浄罪は桜花さんの手のひらに飲み込まれるように消えていく。


「仲がええ。茶々も吉成の生まれ変わりに早く会いたいの」


「「生まれ変わり!?」」


 ホッとしたのも束の間、茶々様から飛び出してきたワードに桜花さんと二人で思わず声を重ねる。何だそれ。


「そうじゃ、約束したからの」


 嬉しそうな顔つきで茶々様はいう。


 一応前世持ちの自分としては、解ったふりして頷きたいけど……詳しく聞いた方が良いな。


「……それはどういう事ですか? 仏教でいう輪廻転生の考え方とかで?」


「なんじゃ、綺羅は当主の教育をサボっておるのか。試験の内容も理解しておらんし、困ったもんじゃ」


「名前言っちゃ駄目ですって! 飛んできますから母さん……って、名前知ってるんですか?」


「知っとるも何も妾が名付けて、封じた名じゃぞ、呼ぶ分には何も問題無い。全く、綺羅といい花木の小僧といい、遊んでおるな」


 ゴクリと喉が鳴った。母さんの名前のこと、爺ちゃんがいっていた意味が少しずつ形になっていくように感じる。


「ふん。今頃になって鈍い子じゃ。桜花よ、苦労するじゃろうが、気張れよ」


 酷い扱い。……桜花さんも素直に頷かないで。


「あっ……でも、良子より春樹くんの方がまだ話は通じやすいというか何というか」


 オレの視線に気づいた桜花さんはフォローめいた事をいう。


「良子か。あの娘は元気にしておるのか? 茶々が初めて会うた時は随分と殻に閉じこもっておったが……春樹を見るに元気になったとは思うが」


 姉ちゃんにも会ってる? ……そうかオレに会ってるんだからそうだな。赤ん坊の頃だから覚えてないだけか。でも、姉ちゃんが殻に閉じこもってたなんて想像つかないな。


「春樹は赤子じゃったし知らんか……まあ良い。聞け」


 茶々様の柔らかい雰囲気が厳しいものに変わる。


「藤堂無手勝流の当代を試す、桜花の仇討ちも兼ねてな。その後には本当の試練も控えておるから覚悟せよ」




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