六十七 〜王真家にて〜
春樹視点
時間軸はオーディン戦後
向井春樹人物紹介
・前世の人格が内在。
・藤堂無手勝流十七代目当主(仮免状態)
・体内の気を上手く練れない枷が掛かっている。(仮免卒業試験として掛けられた。この状態で気の解放が出来れば合格)
・向井良子の弟
『——だから会っても一人で戦っちゃダメ。解った?』
「解ったよ。姉ちゃんはどうすんの?」
『わたしは動かない方がいいと思うから——』
……姉ちゃん、珍しく焦った声だったな。
「春樹くん、良子から?」
心配そうに俺の顔を覗き込む桜花さん。相変わらずのマイゴッデス。いや女神超えて、あれだ、あれだよ。……表現できる言葉がねぇな。
「春樹くん?」
「ああっ、ごめんごめん。姉ちゃんからだよ。何か気を付けろってさ。周防国親ってのと、会ったみたいで」
姉ちゃんが焦るって相当ヤバいんだよな。母さんからも今は戻ってくるなって、メールで連絡来てるし。
「お義母様から聞いた人ね、他は何か言ってた? 私の事とか……」
「いやー……あっ、何かまだ叔母ちゃんになりたくないとかって言ってたな。気が早えんだから、姉ちゃん、ねぇ桜花さん?」
「そっか……許してはくれてるんだ」
「今度、時間作って話そうよ、ここんとこバタバタしてるし」
「ありがと、春樹くん」
たまらん。本当にたまらん。どうして貴女はそんなに美しいの桜花さん。ぬぁぁ……滾る! 下向き加減のからの上目遣いとか! 頬にさす桜色とか! その唇はー!
「そこまでじゃ、坊」
頭頂部に衝撃。多分、拳骨。
いつもなら笑って受け切れるけど、気が練れない今はとにかく痛い。
「爺ちゃん! 不意打ちはやめてくれって!」
「アレだけ修行でヘロヘロになっとるのに、何でそんなに旺盛なんじゃ、幾ら十七代目と言えど伝七家の家でコトを致してはいかん。まあ、儂も若い頃は元気じゃったが……」
見上げる巨体。白髪混じりの坊主頭。冬だというのに身にまとうのは作務衣だけ。なんとびっくり御年九十六歳。いやいやこの風体で信じられないけど。事実、母さんの爺ちゃんだからな。
オレも結構上背あるけどこの爺さん二メートル近い。しかも気配を殺して背後を取ってくる恐ろしい技量。ミチミチと音がしそうなほど張り詰めた筋肉の瑞々しさは、二十代といってもいいぐらい。母さんの年齢不詳のルーツはここだろうなやっぱ。
本人談としてはそれでもいろいろと全盛期の五分の一らしい。人間なのかな?
……そういや、ステータスどうなってんだろ。
花木重蔵
状態:不良
生命力:九九九九九九
危険度:九九九
注記→
〈おい。オレ。枷がついてるのにつまらねえことに力を使うと、死ぬぞ? ちなみにエロいことに使ったのは内緒にしといてやるが、寿命一年分ぐらいは縮んでるからな。気をつけろよ〉
えっ? ウソ、ヤバい。止める。止めます。……状態の項目が結構良い仕事してたから、何がとはいわないけど、つい多用しちゃったよね。
一年かぁ……うーん、その価値はあったと思えてしまう便利さだったな。……でも、さすがに控えよう。忠告ありがとう前世のオレ。
「いや、事を致すとか爺ちゃん……流石にしないって」
ちょっと抱きしめたくなっただけだから。
だいいち、ここは和室で襖だし。防音性能ゼロだよ。それはないって。
「儂は若さを信用しとらん。誰もおらんなら、しとったろ」
……それは否定出来ない。
「十七代目、花木翁。貴文でございます。夕餉をお持ちしました」
爺ちゃんからのお説教が始まるかと思いシュンとしてたら、襖がゆっくりと開いた。現れたのは黒髪長髪の和装ダンディ。おおっ! これは良いタイミング。
「ああ! すみません、王真さん! ありがとうございます! 頂きます!」
後ろに控えたお手伝いさん三名がお膳を持って入ってくる。うわ、今日も夕食豪華だな……気が引けるのんだけど……。
伝七家への十七代目顔見せ、承認作業もここで六番目。宮城県仙台市のはずれに居を構える王真さんのところにお邪魔しているところだ。
桜花さんの仇を探すのも並行中。枷が付いていても、細い糸はなんとか見えていて、北に伸びている。伝七家が集めてくれた情報から、そろそろ辿り着きそうな気配ありだ。
しかしまあ三十歳以上、年上のダンディにこうも畏まられると、恐縮だから何とかしてほしい。そもそも家主自らご飯の度に挨拶に来るのもやめてほしい。
「それでは此方に整えますので……ああっ、桜花様、そのままっ、そのままで。お気持ちは有り難く頂戴致しますので、お待ち下さい」
それとこの貴族扱い、動こうにもさせてくれないの、むず痒くて仕方が無い。桜花さんも、お世話する側だったからソワソワしてて居心地悪そうなんだよな。
「花木のお爺さま……私、とても良くして頂いているのは分かるのですが、何といいますか慣れてなくて、普通にして頂けないものでしょうか?」
「そりゃ難しいわい」
爺ちゃんがこういうのもまあ、理由があるから仕方ないんだけど。
「まあ、慣れてもらうしかない。それにこうせんと不具合も多いしな」
当主に対しての扱いがここまで丁重な理由。
まずひとつは格式。とても大事みたい。こういうのが出来ないと、同業者に舐められたり、低くみられたり。あんまり良いことないみたいだから。これは何となく理解できる。
「花木翁。宜しければ御膳を整える間に、桜花様へもう少しばかりご説明を」
「あぁ……十六代目は何も教えとらんのぉ。まあ、ええか、話そう」
で、こっからがもう一個のほう。
「平たく言うと神を殺すと言うのは何かと不都合が多い。神仏の類からの加護などは一切合切なくなる。そうなると子供も出来にくくなるし、運試しの類いはほぼ悪い方に目が転ぶ。酷い時は隕石なんぞが頭に当たる」
前に聞いた時は藤堂流辞めようか真剣に考えたもんな。そりゃ、桜花さんも顔色悪くなるよね。爺ちゃん早く次の説明して。
「それと、こういうもてなしや扱いがどう関係するのか。まあ、見当もつかんだろ?」
「はい……」
だよね。オレも今だにピンと来ないもん。
「それはの……ちょっとまて坊。桜花ちゃんの前だからと、腑抜けた顔をしおって。そもそも坊が説明しとらんのはどういう事だ?」
やっべ。飛び火した。
「ちょっと待って爺ちゃん。オレが話すと、ちゃんと伝わる自信がなかったんだよ。特にこういうやつは」
「全く……もう少し成長せんといかん。……すまんな桜花ちゃん。続きじゃが、これの答えはな。……祈る事じゃ」
「祈り……」
「言葉通り祈りじゃ、当主の無事を、藤堂流の無事を祈る」
だよね。そんな顔になるよね? 効くの? それ? みたいな。そんな祈祷効果とかステータスでも見た事ないし。イマイチ信じきれないから、オレが上手く説明出来ない理由でもあるんだけど。
「これはとても大切な事なんじゃ。人間が真剣に祈ると加護が生じてさっきいった不都合がかなり改善される。そして当主やその親族に向けて祈りを一番捧げておるのがここ、王真と言うわけじゃ。有り難く頂戴し、此方からの感謝を伝えるのがますば当主の心掛けというものじゃ坊よ」
「王真さん! ありがとうございます!」
まだ効果は実感出来てないけど、それとは関係なく凄くもてなされてるからお礼は当然だけどね。
「うむ……。良い心掛けじゃ」
「お祖父様。ご説明ありがとうございます。それと王真様にもお礼を」
「おお、桜花ちゃんや……アンタは本当に良い嫁じゃ。何でか知らんが藤堂の当主というのは何か突き抜けとるというか壊れとるというか……バランスを取るためか至極真っ当な感性の伴侶を選ぶ事が多いのじゃよ。いやさ、短い間でも、儂にはわかるぞ。桜花ちゃんは良い娘じゃ」
そのいいかただと、オレがまともじゃないという事なんですが。
「なんじゃ坊。不服そうな顔しおって」
「いや、まあいいや。ちなみになんだけど、当主もその伴侶もぶっ飛んでる組み合わせとかあったりする?」
「うん? そうじゃのぉ……十六代目、お前の母親が伴侶に選んだ男の話は知っとるか?」
「なにそれ! 聞いた事ない!」
思わず立ち上がちゃったよ!
「そうか……聞いた事ないなら駄目じゃの。儂、勝手に話して怒られるの嫌じゃし」
「うっわ、狡ぃ! 喋んないから教えてよ! 爺ちゃん!」
「いんや、これは駄目じゃ、当主に認めたのだから話しとるかと思ったが、あの娘もまだ準備が出来とらんのじゃろ、儂の軽はずみじゃ。悪かった」
「春樹くん、落ち着いて」
「……ああ、ごめん」
桜花さんに手を引かれて座る。だけど、やっぱり聞きたいなあ。母さん昔の事とか話さないし。
「御用意が整いました。お召し上がり下さい」
王真さんから食事の準備が整ったと声がかかる……でも食事を前にしてもそっちに気が向かないぐらいには、さっきの話が気になり過ぎる。
「王真の、今宵も世話になる。ありがとう。では頂きます」
「「頂きます」」
爺ちゃん食べ出しちゃったし。……聞きたいなぁ。
「坊よ……代わりといってはなんだが、食事を終えたら初代の逸話と十二代目の話をしてやろう。その二人は伴侶もネジが飛んでしもうとる組み合わせじゃった。どっちから聞きたい?」
難しい顔してご飯を食べてたせいか、バツが悪そうに爺ちゃんからの提案。
「うーん……取り敢えず初代から聞きたいかな? 名前は……ちょっと待って思い出す。何だっけ……たしか、よし……吉成だ!」
藤堂吉成! なんだっけ本当は十代目だけど真伝出来た初めての人だから初代扱いで、前代までは藤堂流の基みたいな扱いのちょっと可哀想な感じの原因を作った人だ! 何とか思い出せた。
「絞りださにゃ名前が出てこんのは要改善じゃが、その通り初代様、吉成様の逸話から話そうか」




