六十三 〜戦闘〜
自然体のまま一歩踏み出して、オーディンとの間合いを詰めていく。
当然だけど、手をかざして迎撃体勢を取った……でも、槍は出ない。片眉上げて怪訝な顔をしてる間に、間合い到達。予備動作無しで流転歩の壱【足撃】を胸元に叩き込む——ガードされて止められた。虚をついたけど、さすがに反応してくるわね。
相手の前腕にめり込んだ拳先の感触から腕は潰せたと思うけど……。
とりあえず、もう一本いっとく? 腰を切り返して、返しの左正拳を送り込む。これもガードされた。手応えが少し変? ……笑い顔。余裕ってか。ダメージなさげ。
この様子だと八尋とかめかめの攻撃も、ほんとは止めれたはずなのにわざと避けたわね。ますますムカついてきた。
「周りに漂う異界の神、見事な妨害だな。槍が出せぬ。後ろの巫女の祈祷で更に邪魔をしてくるか……」
「紫苑下がって!」
「安心しろ、そのようなつまらぬことはせん、枷を解くだけだ」
——ヤバいっ! 急に存在感が増して、強烈な気当てが突風よりも強く身体を叩いてくるっ! なにこれ? どんどん強くなって、押されて弾かれるっ!?
——吹き飛ばされながらも空中で宙返り、無事着地。焦ったー。追撃はこないけど……全身光りだしたじゃん。うっすら輝いてる。
「紫苑は今のうちにもう少し後ろに下がって」
『承知致しました』
……よし。あれだけ離れてくれたら大丈夫ね。
それでこっちは……はぁ。知ってる。わたしこれ知ってる。はいはいはいはい。アレでしょ、どうせパワーアップーとかいうんでしょ。きらきら、キラキラ光ってまったく……結構きれいね。
変身するのかな? 空気読んで殴らないでおこうかしら。あら、ひときわ強く光って、もう完了? 意外とあっさりね。
……えっ? 若返ってる。しかもアイドル顔とか。ほんと、アンタたちなんでもありすぎない? ローブのサイズも縮んでるし。
「これなら闘わずにでも花嫁に来てくれないかな?」
「爺キャラ貫きなさいよ……何で見た目に引っ張られて口調も若返るのよ」
「まだもう一回あるからね、次は子供の姿になるけど出来ればこの青年の姿で終わらせたいね」
ニヤニヤ笑ってウインクしてくんな。それといま、しれっとプロポーズしてきたよね? ……ちょっとまって、えっ? 人生初めてがこれ? やだ、納得できない。めっちゃイライラする。
「余裕あるわね。じゃあ私も、次はアンタの身体を引き千切るつもりで殴るから」
「やっぱり、まだまだ底が見えないね。さっきので全力じゃ無いとは」
全力よ全力、でも単に潰す打撃と千切るつもりで撃つ打撃じゃ、ずいぶんと違うでしょ? その余裕のある顔を吹き飛ばしてあげるから。
「今から撃つのは流転歩の壱。さっきと同じ、但し触れたものは全て千切り飛ばす」
オーディンはこっちをみてるだけで動き出さない。不意に訪れた静寂と無音。心地良いわね。
全力を出せる相手って中々いないから、その点だけは感謝かな? でも忘れちゃ困るの。飛行機は穴が空いたら落ちるのよ。つまりは、絶対泣かす。
調息、全身を巡る血流に気を通す。一気につま先へ気を集めてオーディンの前に【転】で移動。
師匠からの受け売りだけど、神様連中はこの動きを補足するの苦手みたい。流転歩の気の流れ自体がそもそも神様の認識を阻害するらしい。細かい理屈は忘れたけど。
最高神格とやらでもそれは同じなようね。目の前に突然現れたと感じたような顔してる。
「足撃ぃぃぃっ!」
見た目はほんとに、ただの正拳。踏み込みと引き手のタイミングは文句のつけようが無いほど完璧。反応も出来てないから——水月に刺さるように入り、鈍い破裂音が鳴る。
声は出さないけれど、オーディンの表情は歪んでる。でも手応えがおかしい、水袋を殴ったような感触……。とりあえず返しで左ハイキックへ移行、側頭部にクリーンヒット。
効いた? 膝をついた。……なんか怪しい。距離取ろう。
「さて、どうかしら? 泣いて謝るなら許してあげるけど」
「見事な作戦だね、槍を出そうにも君の眷族に邪魔をされて喚び出せ無い……。大技を撃つ溜めも見逃してくれないだろうし」
口を拭いながら立ち上がってきた。
「まだまだ余裕ね、やっぱ。でも、舐めてると痛い目みるわよ?」
「ふふふ……やっぱり。君は僕の花嫁に必ずしてみせるよ。だから死なないでね?」
その顔きもい。ニチャアっとした感じ。
とか思ってたら、みるみる背が縮んで子供の姿に!? 変身するとき光るんじゃないの?!
速っ!? いきなり目の前に! この速さ、本気の師匠とタメ張るわよっ?!
正中狙いの突きが真っ直ぐに伸びてくる。相討ち覚悟っ!
「アクアっ! 信じてるからねっ!!」
オーディンの拳の軌道に自分の拳をぶつけて迎撃……成功っ! 拳と拳のぶつかりあった面が衝撃を伴いながら光る。
アクアがオーディンの力を上手く受け流してくれてる。身体には大した衝撃も来てない。
「ふーん? 何か変わったモノを纏わせていると思ったけど、随分珍しい。僕の攻撃をほぼ殺しきれるなんて……どうやって出会ったんだい? 気になるなぁ?」
——いきなり連打、出鱈目な軌道の拳で連打っ! 武術の基本も何にもない、ただ手を振り回してくるだけだから、捌くのは簡単だし隙も多くてカウンターも取り放題だけどっ……!
「……狡いわよっ! こっちは正真正銘、生身でやってんのに……アンタ中身殆ど無いじゃない!」
連打といっても粗いから一発入れてくる間に二、三発返すけど手応えがなさすぎるっ!
『全身に広がるような打撃で核に』
アクア?! 痛ぅ! 痛! 頭痛いって……オッケー! 概要理解作戦変更ぉ……。
バックステップで間合いをきって——
「ああ……まだ神との戦いに慣れていないんだね。核に損傷を与えないと駄目だよ、まあその核は自由に動かせるけどね……グォッッ! ガァ?!」
効いたわね。喋ってる隙をついて、潜り込んでからの脇腹への突き上げ掌底。膝から崩れ落ちた。
掌底……内部に留まる打撃なら効果ありね。
「さあ、続けるわよ? アンタの核は捉えきれ無いけど……掠めて効かせるぐらいは簡単だからね」
こっちを見上げてくる眼が死んでない。まだ笑う余裕もあるか……。いいわよ、私もまだまだ殴り足りないし。
「良い……本当に良い。堪らないよ。今から初夜が楽しみだ」
ショタも趣味じゃ無いし、枯れ専でも無いし、神様も好きじゃないの。 フ、ツ、ウ。普通が良いの分かる?
無防備に立ってきて、相変わらず舐めてるその態度、反省してもらうからね。
「この、アホ神っ!」
【転】で側面に回り込んで視界から外れる。中段掌底を腕の付け根めがけて突き込む。体勢が崩れたところに【足撃ち】! 顔面クリーンヒット!
引き手意識強めで衝撃が内部に残るように撃てた。効いてるっ!
「ぐあっっ! ……肉弾戦では敵いそうにないか。しかも感知出来ないとは。……なら、これはどう捌く?!」
体当たり?! 避けきれない——ガードはなんとか間に合ったけど……! 体重差があるせいで身体が浮いて吹き飛ばされるっ!
追撃!? もう一回体当たりで突っ込んできた! これもなんとか両手でガード。
——衝撃を殺しきれなくて少しばかり身体に負荷がきてる。……そろそろ決めに行かないと。




