六十二 〜開戦〜
やって来ました。EIMが誇る巨大な空き地。身も蓋もない言い方で申し訳ないけど、どう見ても空き地。都心から車で二時間。時刻は現在十六時三十分。
入り口にあった看板は試験場とか書いてあったけど。用途不明の怪しい土地に違いないという風情。
そんな特撮ヒーロー達が愛用してそうな場所に何故いるのか。
それはもちろん! テンション高めで行くわよっ!
「さあ! 皆さんご一緒に!」
「「「「オーディンを〜ぶっとばすっ!!」」」」
青空を割らんばかりの勢いで、鳴り響く無数の声ぇ!
EIMの何だかよくわからないお仕事部隊のガスマスク達も今日は参加! みんなの気持ち、今、最高潮!
「これから命懸けで戦うというのに、もうちょいとこう……」
「何よー。爬虫類はノリ悪いわねぇ」
かめかめ、ため息。
良く年明けまで我慢したと褒めて欲しいぐらいなんだけど。ため息とか。
そんなことで水をさそうたって、もうね。この拳は真っ赤に燃えてるわけ。これ。ヤツの顔面、綺麗に撃ち抜く準備は宜しくてよっ!!
「……にしても、あれなんて言えば良いんじゃ? 御霊を纏う技。流纏か? 今は全開でニ時間前後維持出来る様になっとるし。儂、二十分ぐらいが限界と思うとったがなぁ」
「目標があると燃えるタイプなの」
あっ、また、ため息吐いた。いつもの手のひらサイズならバレないだろうけど、戦闘準備済みで体高四メートルぐらいに大きくなってんだから、ため息丸聞こえよ?
「目の当たりにしたしのぉ……あんな危ないのをどうやったら完全に制御出来るんじゃ」
「気合いよ、気合い」
「気合いでどうにかなっとるのが分からんわ。同化せずのところは何とか分かるが、纏い重なるなど、人間の処理能力などで追いつく訳が無かろうに!」
うるさいわねー。事実出来てるんだから、ごちゃごちゃ言わないの。
流転歩で気を巡らせるついでにアクアが霧状に薄ーく表面に張り付いてくるイメージすれば良いだけでしょうに。
後はアクアが勝手に制御するんだから、慣れりゃずっと出来るわよそりゃ。流石に、流転歩より簡単とはいかないけど。
「アタシからすると、口から手からバリバリ、バリバリ、雷出して暴れまわるアンタ達の方が、よっぽど非常識よ? 直ぐに結界だーっとか言って漫画みたいな事してるのも自覚してる?」
「仙術は術式を用いたエネルギーの運用じゃ。不自然なことはしとらん! そして儂ら神獣は自然が意志と意思を持ったエネルギー体じゃ! 儂らこそ、まさにネイチャーじゃっ!」
巨体でジタバタしちゃってもう。
「はいはい、そろそろ異界に突入する予定時刻よね?」
不毛な議論を亀としても何も始まらないからサクッと行くわよ、サクッと。
喋る亀にあーだこーだ言われてもさっぱり響かないのよ。分かって無いのよ根本的に。だって亀が喋ってんだよ? よっぽどあり得ないし。突っ込まないであげてる私の適応力こそ褒めてほしいわよ。
「バックアップチームの準備も整ったようです、いつでも行けます。万が一の場合の撤退シミュレーションも万全です」
ガスマスクの人達から何やら報告を受けながら八尋登場。ジタバタするかめかめとわたしの近くにやってきた。
あっ、かめかめの口に大量のナゲット放り込んでる。最近それ食べると大人しくなるのよね。
「今回は本当に乗り気ね? そんなにあの槍? 槍なのあれ? 欲しいの?」
「欲しいですね……あれが有れば人類は一つ先のマスに進めます」
真剣な顔してるから、きっとそうなんだろうけど。正直な感想としては槍で? 亀の胆石見たいな龍金と? 何すんの? 全く見えてこないけど。
それで月に行って何するの? 肝心な事はまだ聞いてないから分かんないけど。そろそろ教えてくんないかな。
だってさ、開発室の資料棚にある、月面活動における各人員とその能力について、という資料。
目次の次ページ、一行目。私の名前なのよ。
拒否権無さげなドラフト一位。飛行機をようやく乗れるようになったのに次はロケット? そうまでして着いた先で、石拾って帰るとかだったら暴れるわよ。
「その話はまた詳しく聞かせてもらうわ」
「槍です。お忘れなく」
念押しをしなくても消滅させたりしないって。
「取り敢えず死なない程度にアイツにお礼するから」
「基本的にはそれで構いません。それと最初の戦法ですが——」
「あれ、何で現界しとるんじゃろうなぁ。契約者もいそうにないし。たまたま近くで適合するような素体があるなど考えずらいしのぉ……」
ちょっと、話しを遮るのはまだしも、ナゲット食べながら喋るのは行儀が悪いわよ。もう、こぼしてるって。
「……それは後で考えるしかないだろう、今は置いておこう」
かめかめは思案顔。爬虫類の思案顔が見分けつくようになってきたけど、中々レアスキルな気がする。
「出会い頭で私が最大火力をスレイプニルにぶつけます。良子さんはオーディンの方に攻撃を、出来れば引き剥がせる様な攻撃が理想ですね」
「はいよ。考えてるやつあるからお楽しみに」
わたしの満面の笑み見て、なぜに八尋は顔をひきつらせるのか。
「……動きの確認も出来た事ですので、行きましょうか」
その言いたいことがありますっ。ていう顔、最近隠してくれないよね? 別にいいんだけど。
「おっけー」
これから八尋が仙術で空間に穴を開けて異界に入るという。異界とかいまいち理解してないけど。とりあえずあのカッコいい動きが見れるのはすごく楽しみ。
八尋がわたしの斜め前方三メートルあたりで自然体で立つ。……ほらほらきた、気を練り出して印を結びだしたわよ。
最近いろいろみせてくれたから何パターンかは覚えた。ほら、今のやつは一個目の印が人差し指だけ立てるやつだから結界系よきっと。
ここから何方向かに動いて……これは五角形の形ね、だから前方に何か力が働く様な術なんじゃ無いのかな? ……ほらっ!
八尋が目の前の空間に手を突き込む。
「——開」
予想通り。何となくだけど気の巡りも見えるし、印も覚えたから、わたしもやってみたいな。
『龍気が必要』……なにそれ? 指向性のある自然エネルギー? 随分と壮大な響きだけど。コントロール出来ないと破裂する? なにそれ怖い。
アクアなら、ちゃちゃっと制御出来たりしないの? 『仲が良くないから出来ない』……仲とかあんの? えらく人間臭いわね。
ちょい! ちょい待ち。情報を流し込もうとしないでね。出来ないの分かったから。はぁ残念。
……『代わりに似たエフェクトは出来る』——!? それ! 良いわね。今度やりたい。
なんてことを考えてたら辺りの空気が一気に変わる。視界に映る景色が色褪せていく……これで異界とやらに入ったのね。サポート部隊は作戦通り異界の外で待機。じゃあ真面目にやりますか。
「水嶋、紫苑」
わたしの影から、水嶋と紫苑が浮かび上がる。二人とも戦闘体勢。甲冑と羽衣を身につけてる。仁王とかそういう仏像みたいな装い。
「「我が君」」
気合い充分の水嶋。紫苑は初めての実戦だからか緊張気味、表情がかたい。
「やるわよ、まだ抑えてね」
流転歩の気を逆回転で全身に回す。カチリと噛み合う感覚。アクアの存在がわたしに重なり力が溢れだす。
「ほんに流麗じゃ。嬢ちゃんの事を良く知らなんだら、惚れてしまう様な流麗さじゃ」
「一言多いわよ」
「事実を述べたまでじゃ」
水嶋は訓練の成果もあって感情を抑えたまま静か。目線で合図を送ると、音もなく霧に変化していく。
紫苑は自分の身幅より大きな扇を二つ手にしてわたしの十メートル後方で待機、開始を待っている。
「おそらく直ぐにきます」
例のお面をつけながら、八尋が話す——来た……。
ホントにすぐきたわ。
忘れるもんか。このプレッシャー。チリチリと肌を焼くような……しかも、前よりもっと暴力的。
「作戦通りですが、ここまで早いとは……」
「良いじゃん、早くリベンジしたいし、ちょうど良い」
二十メートル先。何もない空間に亀裂。
「!!◯◯◇!◯◇!」
来た。亀裂が広がりその間から姿がのぞく。もったいぶらずにすんなりお馬さんに乗って、コンビでご登場。
……今回は顔の皺まではっきり分かるぐらい実体化してる。
そんでもって相変わらず何をいってるか分かんないけど余所見は良く無いわよ?
「金剛!」
「Gyuryywwaーー!!」
八尋が大声を張り上げながら、かめかめになにやら術を施す。いつもは理性的なかめかめから放たれる獣声。空気が震える大迫力。
「地殺砲ォォッ! いくぞっ! 玄武!」
物理法則が仕事を放棄したように、その場からロケットのように放たれる爆速巨体爬虫類、八尋を載せて。
なんか料理名みたいな紹介してる間にオーディンに激突と思いきや、そりゃ避けるよね。でもお馬さんはご主人様が逃げるための足場にされたせいで体当たりが直撃。
土煙を巻き上げ地面を削りながら、いまだ直進継続中。八尋が更に印を結ぶと直進上に大きな穴が出現した。
「良子さんっ! ——あとはお願いしますっ!」
はいはいー。任せといてねー。
穴の中に滑り込んでいく亀と馬と八尋。
かつて無い八尋と玄武の手際ね。開始二秒無かったと思う。きれーいに決まったわね。
「……で、何でアンタはそんなに落ち着いてんの?」
聞こえてるかはしらんけど。とりあえずご挨拶で殺気ぶつけてみたり。プレゼント受け取ってちょうだい。
「ーー◯——……人の◯ーいや、やは◯王典◇……随分と久しぶりだ。言葉を交わすのもいつぶりか……通じておるか?」
避けたあとはお馬さんの心配もせず、隙なく立ってこちらを見てる。なんか喋りだしたし、殺気を飛ばしても受け流されてる。……ちょっとマズイかな。
「喋れるなら最初から喋りなさいよー」
「そこまで古い言葉でもなし、賢いものであれば聞き取れるがな?」
ニヤニヤと笑いながら、挑発してくるけど、それぐらいじゃわたしには届かないわね。……ちょっとムカつくけど。
「まぁいいや、最終確認だけどアンタ、喧嘩売ったわよね? いま謝るなら許したげるけど、どうする?」
舐めプ感全開で髪の毛をいじりながら挑発返し。ほれほれ、目線すら外して隙だらけー。激昂したらラッキー。あっ、枝毛発見。コンディショナー変えようかな。
「くく……くっ……うっ……ふはっ……ふははっ! その態度たまらんな。匂いがしたから飛んできたかいがあった。——そうだ、儂と賭けをせんか」
……大笑いした後、めっちゃ楽しそうに歩いてきた。挑発失敗、逆効果かぁ。
「良いわよ。何くれんの?」
わたしの五メートル手前でオーディンが立ち止まる。見かけは身長二メートル。でも体格から間合いを測らない方が良さそう。水嶋ぐらいには変化するつもりでいとこう。
「槍でも何でも、持っていけい! それにお前が生きておる間は下僕になってやる」
「後悔してもしらないから」
重心も高いし、足払いでこけそう。でも……そう見せかけての罠かな?
『『我が君』』
——水嶋と紫苑から思念。準備は整った。これで罠だろうがなんだろうが、コイツは大技を使えない。
「儂が勝ったらお前は儂の伴侶にするぞ。久しぶりだ、ここまで昂るのは」
「終わり? もう言う事無いなら——行くわよ」




