六十一 〜勝算 そのニ〜
「まあ座って落ち着け。安心しろ、御霊と我が君が同化する様な事にはならん」
霧状の何かに落ち着けと言われても中々落ち着けないと思うけど。
「しかし……そんなことが可能なのですか?」
「そうか、我が君のあの姿をまだ知らんのだな」
水嶋くーん。顔、顔が悪人だよー。ダメですよー。思い出して悦に入るのやめてねー。アクアもあんまりエフェクト駆使して盛り上げない様に。薄ら私の身体全体を光らせるそのセンスは素敵だけども。
「出来るんですか……?」
私を見ながら驚かれても。出来るんだもの……。これわたしが説明する流れ? えーと。
「アクアの受け売りだけど、まず御霊と呼ばれる類のものと、深く繋がると普通は廃人になるらしいのよ。脳が焼き切れてアウト。これを知ってるから驚いてるんでしょ?」
八尋が深く頷く。わたしもついこの間までは浅く繋がっていた状態だから無事だったけど……あれ? 頭にヤスリを差し込まれるのは無事と言っていいのかしら。……まぁいっか。
「ならどうするのってことで、アクアちゃん解説どうぞ。『良子が喋って』……出てきて言えば良いじゃないのよー、もう。私が説明しても信憑性が薄いって。『いいから言って』アクア、貴女最近わたしの扱い雑じゃない?」
ちょっと、おさらいしなくても大丈夫だから、情報を頭に流し込まないでって! 分かったから! 説明するから!
「えーと、まず。ちょっと危ないけど、もう一つの世界を私の頭の内部に作ります」
八尋の顔がびっくり。もう、びっくり通り越して面白い。例えるなら【叫び】と名づけたいお顔。
ほらやっぱり。八尋の顔がこんなのになっちゃうくらい、何だか恐ろしいことやってたのよこれ。あの時は仕方なかったけど、なし崩しで受け入れちゃダメだったのよ。……いまさら遅いけど。
「疑似的な宇宙を内包する事で御霊に異物として認識させる、これによって御霊と接続しても取り込まれることが無くなるとのアクア談な訳だけど」
わたしは後半のところ全く理解してないけどね。とにかくわたしの頭の中には世界とやらが。……深く考えると怖いから考えない様にしよ。
「……理論としては理解出来ますが、まさか可能とは」
八尋静かになっちゃった。考え込んでるわねー。全開にしたところ見せた方が早いかな?
「論より証拠よね。アクアと深く繋がる事で、できる様になったのがこれ」
アクアの存在を意識しながらいつもの回転とは逆回転、反時計回りで気を練る。すると、あら不思議。カチリと歯車が噛み合うような感覚。
「はい、こんな感じー」
全身から、わかりやすいぐらいに噴き出る気勢。私が練ることができる気の大きさをはるかに超えたエネルギー。アクアを纏うことで可能になる、覚醒良子ちゃんバージョンとでも言おうかしら。
気の操作とかは、いつも通りわたしが担当。アクアはこの気に同化しつつ……なんだっけ障壁? 神様連中の便利シールドに近い役割を担うと。
さらには外からも自然由来のエネルギーを取り込めちゃうから今までよりも、より大きな気を扱える。この状態は、はっきりいって超人とかいうのもヌルいレベル。色々すごいんだから。
ただ難点が結構あってさ。目がちょっと厨二っぽい感じと言うか? 眼の色が全部水色になっちゃうのよね。
あと腕とか足に出てるトライバル模様。いんや、良く見ると何か文字だこれ。うわぁ……。
ぼんやり全身が光ってるのも中々アレな感じ。知り合いには見られたくない。あと一番問題なのが水嶋。
「ふははははっ! たぎるっ! みなぎるっ! 世界はっ! 我が君のものだっ!」
ほら。これよ、これ。部屋の中が突然の暴風域。
水嶋にもたっぷりとエネルギーが供給されちゃうみたい。
その影響を受けて霧状から嵐みたいに変化しちゃうのよね。本人曰く、高揚感がヤバいとのことで抑えたくても抑えられないそう。
でも、この状態のことを【颶風】とかなんかカッコいい名前をつけて楽しんでるの知ってるんだから。
……あっ! ああっもう! ファイルバインダーが飛んで機材に当たったわよっ! 書類もバラバラにっ! もうちょっと配慮しなさいよっ!
こうなったらもう、えーと。こんな感じだったかな? まず手の周りで気を回転させてアクアがその流れに乗る感じで。よし、次は手を前に出してぐーるぐる。
「この状態は……まさか維持出来るのですか? それにこの暴風は、水嶋さん?」
「そうそう水嶋にも影響出るのよこの状態。維持するのは今は、十分が限界かな? もっと長くできそうな感触はあるけど」
八尋の質問に答えながら、ぐーるぐる。ぐーるぐる……よっし! 引っかかった。
「見たところ特に代償も無くそんな大きな力を纏えるなんて……ところでそれは?」
ん? ちょい待ち。きたきた。ぐーるぐるのぐーるぐるっと。嵐になった水嶋を、わたしの手に作り出した回転の流れに巻き込み、勢いよく巻き取っていく。
「ふはははははっっ——っは——あ?——ふぁっ」
はいはい。大人しくしてねー。巻き取る力の影響か分からないけど手の周りで水飴みたいに変化した水嶋をー。思い切ってわたしの影の中に投げ込みまーす。
わたしがこの状態やめても、水嶋は一時間ぐらいはあの状態継続しちゃう。とっても省エネよねー。でもうるさいし、迷惑だし、強制終了。
「よいしょーっ! 一旦戻って頭冷やしなさーいっ! ……ふう。こんな感じ。どう?」
五分もすれば正気に戻るかな。
「風が止んだ……なるほど。大体は分かりました。……少しお待ち下さい。より確実に勝てるかどうか先を見てみますので」
「ちょっと無理しちゃダメだって」
予知は集中しないとだめなんでしょ? まだガス欠みたいなもんなんだから大人しくしないと。
あー! もう足組んで始めだしたしー。なによ、かめかめ? スカートの裾引っ張らないでよ。部屋出ろって? 集中の邪魔だから? ……もう。
◇ ◇ ◇
「ねえ、かめかめ」
「五分も待てんのかお嬢ちゃんは……」
開発室から出てすぐ横にある休憩用のスペースで待機中。だけど飽きた。だって暇だもん。なんか話して。えーとそうね、八尋と契約した話とか。あとご飯はさっき言ったけど塩焼きで良いよね?
「八尋と契約した時? 何も面白いことなんぞないぞ? 喚ばれて相性が良いから契約しただけじゃし。あと、口で喋る事をサボると慣れてしもうとる。外から見ると変人に見えるから気をつけての? 取り敢えず今日は塩焼きで」
「ハイハイ、塩焼きね——」
八尋の気配だ。もう終わったの? 呼べばいいのに歩いてきちゃだめだって。
「……すみません、お待たせしました」
やっぱり。さっき回復した分はもう使っちゃった感じで憔悴してる。早く座りなって。ほら。隣に……近いわね。
「失礼します……それが、腑に落ちないというか、良子さんが、その……見た事もない様な」
見たことも無いわたし? やっぱり近い。……八尋ってまつ毛長いよね。
「あれは怒りでしょうか……? 空を睨みつけている場面がとても印象的で。良子さんの足元には倒れ臥したオーディンと思われる存在が見えました」
それは良い情報。勝ち確定じゃない? ……何でそんなに困った顔してんの?
「あれではまるで風化していく様な……確認なのですが、あくまでオーディンを打ちのめすだけで消滅させるなどは考えておられませんよね?」
「まあ、消滅とかそんなのは考えてないわね。そもそも出来るかも知らないけど。とりあえず泣いて謝るまでは許さないつもり」
「なるほど……」
これは、何か言いにくいことがある時の顔ね。
「何か悪企みしちゃダメよ いっつも説明しないで予想外とか言ってんだから。さっさっと白状しちゃいなさい」
「今回は特に伏せる様な事は有りませんよ、倒すのではなく消滅だと交渉ができないかもしれませんので」
「交渉って何よ?」
「負けを認めさせれば、例の槍を貰う……は難しいでしょうし貸与、そうですね二十年は可能でしょう。ですが予知では消滅していく様にも見えましたので……」
八尋の予知はわたし絡みだと良く外れるみたいだし、気にしたら負けね。勝ちが見えてるからって、手加減したり、油断したりして死んだら意味ないし。
「始める前からそんなの考えなくてもいいじゃん。とりあえずは全力でやるだけ。そういや、八尋はどうすんの? 戦闘は参加するの?」
「スレイプニルが邪魔になるでしょうから、出会い頭で私の仙術結界に引き摺り込みます」
確かにお馬さんは邪魔ね。わたしもオーディンだけに集中したいし。良い作戦。
「仙術結界は別位相ですので引き摺り込めた時点で私の事はお気になさらず」
「お爺ちゃんのやつね?」
「そうですね、少し趣向が違いますが……今度、お見せします」
まあ見せてくれるなら見るけど。何でちょっとモジモジしてんのよ。そんな歳じゃないでしょうに。まさか……ちょっとエッチなやつじゃないでしょうね? そっち方面はダメよ。
「ご想像にお任せしますが……健全な内容ですのでね……?」
「ふーん、そうなんだー」
ちょっと焦ってるのが気になるけど。
……ところでさ、水嶋が影に戻って正気を取り戻したついでに、例の団子をもう一個持ってきてるのよね。ほら。影からおいでませー。
「我が君。先程はお見苦しいところを」
はいはい。気にしないで良いから。だから早く土下座解除して。
「水嶋さん……その、手に持っておられるのは?」
「ん? これか? 予備があったので持ってきた」
水嶋が立ち上がって八尋の方に向いたけど、八尋さん、アナタお団子に視線釘付けね。
だから消耗する様なことはやめろって言ったのに。嫌なの? 不味い? でもそろそろ会長とか、部署の人達が到着するだろうし、そんなにヘロヘロだったら心配するよ?
見てごらんなさいよ、水嶋の笑顔。すごく優しいよ。こんな水嶋の顔を曇らせる様なことができる?
……光が消えた目で首を振ってもダメ。
諦めて食べなって。




