五十七 〜怒ってない。〜
無事に帰ってきて、もうかれこれ二週間程経ちましてございます。
わたくし向井良子は、綺麗な宝石みたいになっちゃった当社の社長を眺めているわけでして。
ここはEIM本社の特殊素材開発室のエリア。そこにこの結晶化八尋社長を設置……あー、ワレモノシールとか貼ってあるし。遊んじゃダメだって。
うわっ、強粘着タイプだから剥がした跡がおもいっきり……。後で綺麗に拭かなきゃ。誰よ、こんな後で怒られるようなイタズラしたの。
ここまで運び込んで、やったことといえば、まずは解析やら検査。まぁこの状態で生きてるとか言われても誰も信じないよねー。
特殊素材開発室の面子が総力を上げて分析ということで。……すんごい働かされた。いろんな測定機に載せては降ろし、載せては降ろし。私しか触れないとはいえ、容赦なかったよね。
ラボって名乗るなら、クレーンぐらい用意しときなよって言ったら、来月新規品の設置工事完了というお答え。
詳しく聞くと開発室にあったクレーンとか台車はスズナがバカスカ撃ちまくった流れ弾が運悪く当たったそうで、軒並み破損。
貴女が関係してますよね? みたいな空気感出されても困る。私が悪……いの?
まあ、それは良いのよ。それよりも部署の頼れる人員達が総動員で解析した結果がなんとですね。
『何も分からない』というね。何それ? という結論。もうお手上げっていうやつ。サンプル一欠片採取するのに、あれだけ無茶苦茶やったのにねぇ。
とりあえず端っこの突起を折ろうとしたんだけど、もうね、全然無理。金槌とかノコギリじゃ傷一つかない。
それをかめかめが横目で見ながら、核爆発も耐えるとか言うから、みんなヒートアップしちゃってね。
何を試したんだったかな。金属加工用のウォータージェットにレーザーでしょ。フライス盤とかいうのにも載せたわね。
ああ、あと燃やした。バーナー。鉄板に穴開けるようなやつで。爆薬もなんか派手に使って爆破ショーみたいなのをやったよね。
みんなとっても楽しそうだったし、奇声上げてた。うん、そうね、一言でいうならクレイジー。……私も止めなかったけど。
ここの開発室の人達をどういう基準で採用したのか本当に疑問だらけ。全員普通の目をしてないわよ? 狂気を感じるって言えばいいのかな。科学者とか技術者の人たちってああいうものなの?
大学にはあんな人たちいなかったし、正直戸惑う。
どいつもこいつも平気で遅刻しやがるし、なんなら会社に来ないやつもいるし。室長として人事評価しろとか大概意味不明なこと言われてるけど……どうしよう。評価シートに沿うと全員マイナスですけど?
まぁ枠に収まらない人材とかいう書き方して、でっち上げるしかないか……。
と、まぁとりとめもなく最近を振り返ってたんだけど。私の手にはそのみんなが欲しがった欠片が乗ってます。
……言い出せなかったのよねー。いぇーい。
ウォータージェットの装置に載せるとき、どうしても引っかかるから少し割れないかなと思って端の方を軽く殴ったの。
そしたら割れちゃってさ。速攻でポケットにねじ込んで隠した。……だって、あの人たち怖いんだもん。どうやって割ったのか納得いくまで監禁、尋問とか平気でしそうだしね。
目の光り方とかヤバいもん。自分たちの会社の社長に爆薬仕掛けて高笑いとかする人たちだよ?
わざわざ私がやりましたなんていう必要性は一ミリも浮かばないよね。
だから今日は確実に部署の人が居ないだろう日曜日を狙ってきたわけでございます。
そして目論見どおり誰もいない……と、いうわけで。作業開始。
まずはこう、アクアを薄く纏いながら結晶社長を持ちましてー、ゆっくり横に倒してと。この角度にしよう。バランスが崩れて、バターン! というシチュエーション。
……良い。この感じはすごくいい。角がぶつかって取れた! 的な。まさにその感じで倒れたのが再現できてる。
欠片は……良し、ここね。セッティングばっちし。間違って踏んだり触ったりはなさそう。安全面にも配慮致しました。
ふいー。仕事したわー。これで明日の朝、普段通りの時間に出勤してきた感じでね。「何だ何だ! 欠片が落ちてるぞっ!」で、メンタンピンドラドラ。満貫ね。
アクアが本社のシステムを上手いことハッキング——出来ちゃうのよねー。わたしとの接続より、はるかに簡単だそう——して防犯カメラの動画記録への細工もバッチリ。私が今日ここに来た証拠は何もない。つまり完璧。
……ん?
あれ? 結晶の中の八尋が泣いてる? 目から涙……よね?
「そろそろ起きる頃かのぉ。夢を見て泣く程度には解呪が進んでおる」
最近手のひらサイズがお好みのかめかめが影からニョキっと登場。八尋が夢? 泣いてる? そろそろ起きる頃ねぇ……。
「……ふーん。起きそうなんだ。なんで泣いてるのかしらね? 泣きたくなったのはこっちだっていうのにね? ね?」
「急に怒らんでくれんか……」
「怒ってない」
怒ってないけど、なんだか感情が一気に膨らんで、ちょっと苦しい。
「八尋が起きそうと聞いてから……いや、なんもない」
「……ごめん」
八つ当たりみたいになってごめん、かめかめ。……だってさ、一人だけでなんとかしようとして。そりゃわたしは役に立たなかったけど……。
あんな顔して身体はって、上手く切り抜けたから良かったけど。あいつあの時、死んでも構わないぐらいに覚悟決めてたでしょ。
あれはそういう顔だった。
「嬢ちゃんの気持ちはなんとなくわかる。契約しとる儂らも毎度、肝を冷やしとるからな」
「ムカつく……じゃないか。心配とも違う、なんて言えばいいかわからないけど」
そもそもだけど、切り抜けるならこのユニコーンペンで、どうにかするとかできたはずだし。肌身離さず持ってるこれ。
「八尋はあの場面を見ておったのかもしれん。じゃから無茶をしたのかものぉ。それに嬢ちゃんの持っとるそれは本当にいかんのじゃ。反動が恐ろしすぎる」
はぁ……。そんな睨まなくても使わないって。使うつもりならとっくに八尋を戻してるわよ。それでネチネチ文句言ってやるの。
でも、駄目だっていうから我慢してるのよ。待ってる間にスッキリしなくてモヤモヤするのは仕方がないじゃん。
わたしも人のこと言えるような人間じゃないけどさ。あの顔見るのイヤなの。死んでも仕方がないとか。自分だけ腹くくってどうすんの。
何が仕方ないのよ。人の為に身体はって、ボロボロになって。それでも夢があるなんて語って……駄目だ言葉に出来ないや。
あー、顔見てたらムカついてきた。なんで? マジで泣きたいのはこっちなんですけど? 宇宙行くんでしょ。イヤだって言ってんのに連れて行こうとするんでしょ?
まだまだやらなきゃいけないことがあるのよね?
こんなところで結晶漬けになってる場合じゃなくない?
「もう、泣かないでよ……」
結晶解除できたら文句言おうと思ってたのに。言えない雰囲気出さないでよ。八尋の馬鹿。パンチしてやる。
「嬢ちゃんっ!」
——あっ。反射的に殴っちゃった……。
——あー。乾いたいい音したわねー。ヒビが……キレイに、広がって……。




