五〜結び唄〜
つまりアレでしょ? オメェは人を殴る前に、オレの許可ねぇとダメだかんな。みたいな事を言いたいんでしょ。
私の彼氏かっつぅの。まあ彼氏出来たことないけど。ちょっと言われてみたいよね。オレについて来い的なニュアンスでね、そんな風に言われたりしたら、ちょっとドキッ! としちゃうよね。
そもそも、そんな気軽に殴らないしー? さっきのだってリポップヘッドの水嶋氏とやらが「青のシマシマ」とか言うからお仕置きしただけだしー? ……いや、でもホント気をつけよう……頭って取れるんだね。
「いいですか良子さん? 今回は何とか私の処理能力内で事態が収まりましたが、本来、彼らに人間が可能な攻撃手段で危害を加える事はまず出来ません」
引っかかる言い方するのよね。人間が可能なって。私の正拳が人間辞めてるみたいに言うんじゃないわよ。あんな腰の入ってない手打ちで吹っ飛ぶなんて気合いが足んないのよ。気合いが。
「……にも関わらず、良子さんの正拳突きは、水嶋さんの顔面を捉え、あろう事か完全破壊一歩手前まで追い込みました」
手応えなかったよ? ……いや、ちょっとだけパリンっていう手応えあったかも。あれが、さっき言ってた障壁ってやつかな?
「私の対処が遅れていれば、水嶋さんは訳も分からず消滅していた可能性が高い状況でした」
「対処って、何したのよ? なんか、投げつけてんの不思議だったんだけど」
真顔で投げつけてたよね。ちょっとビックリしたもん。
「胡椒袋ですね。気付けにいいんですよ」
ヒラヒラさせて見せられても……常に持ってんの?
「理解出来ないけど、そういうもんだと思って聞く事にするわ」
さっぱり分かんないよね。飛んだ頭に胡椒をかけた。本体からは頭が生えた。……なにこれ。
「柔軟にご対応頂きありがとうございます。本来、彼らに通常の攻撃手段は通用しません、一見普通に見える、良子さんの攻撃は彼からすると、何ら脅威であるはずもなく、という認識でした」
あっ、カウンターからこっち来んの? ついでにモップもくれると。えぇーっ? あの机の下はちょっとモップ越しでも触りたくないんだけど。
「そうよね? だってあの人……人じゃないわよね? ずっと目を開けてたもの! 私、避けたら、返しでビンタ入れてやろ! って、思ってたもん。ちょっとナメてるよね」
「ナメてません!! ホントにナメてませんから、どうして拳をこちらに向けるんですか! ヤメテ! 殺さないで!」
この野郎。被害者面が甚だしいな。目ぇ空けたままならまだしも、しっかり拳を追ってる目の動きしてたからこっちも素人じゃないと思って遠慮なく撃ち込んだっちゅうのに。
あっさーり首もげやがって、こっちが、ビックリだっちゅうの! 素人どうこう以前に、人外じゃねぇか。あーヤバイ、ムカついてきた。殺さないよ? そん訳ないじゃん? 明日が来るといいね?
死なないなら、全力で撃ち込んじゃる。刮目せよ! この拳!
「良子さん、明日の賄いには新作のモンブランをお付けします、私からのささやかなお詫びです。ですのでお鎮まりを」
八十五点! 悪く無いわ。そういうの大事。甘味は正義よ。大正義。あとの十五点は物で釣られる私のフォローが欲しかったわね。
……正直、ごねる空気感出せば、なんか貰えるかもって、思ってたからフォローは要らないんだけどね。
「水嶋さんには再度のお願いです。落ち着いて下さい」
怒られてやんの。マジおこ八尋さん怖えっ。でも、このリポップさん、今の方が男前度、高いんじゃないの? チャラいのより断然いいわ。
「話を戻します。あのままですと水嶋さんは、自分の障壁が通用しないという事に放心したまま、首が飛んだ事に気付かず、存在を維持出来ない状態にまで移行する寸前でした。それぐらい良子さんの攻撃は想定外の威力を持っています」
「放心してるところに胡椒かけたら、ブハッ!? ってなって、首飛んでる! ピーンチ! って事よね?」
「仰る通りですね。そこからは彼の特性を活かして無事に本体に意識を戻し再生。ただ今のような状態から完全再生には、もう少し時間が掛かるでしょうが」
一体何が仰る通りなのか。「本体に意識を戻し」って何なのよ、気軽にリポップする頭ってなに?
「ねぇねぇ」
「はい。何でしょうか」
「人間なの?」
思わず聞いちゃうけど、不思議だわ。んな訳ない。
「戸籍もお持ちですし、納税も選挙にも投票されてらっしゃいますよ?」
何言ってんだ? みたいに肩すくめるのやめぇや。そういう事を聞いてるんじゃねぇの。
「答えになってないわよ! 生物としての人間かどうか聞いてるの! 日本国民かどうかは聞いてないわよ!」
「……社会的に避けて通れない健康診断や検診、予防接種の類で彼らを見分ける事は出来ません。血液にも、臓器にも、人間の標準的な形状、成分、数値、何ら逸脱は見られません。そして彼らの力は彼らが望んだ時に望んだ大きさ、規模で発現します」
なら人間で良くない? という思いをジトっとした視線に乗せて八尋に届けてみても……やれやれ、困った人だ。みたいなジェスチャーしよる。どうやら本当のこと言ってるっぽい……。
「……うっわ、出た出た、ご都合主義。……えっ! ナニ! もしかしてその言い方だと結構気軽な感じでうろついてんの!? その辺にいるの?! そんな人達が!」
「一つ申し上げますが、落ち着いて聞いて頂けますでしょうか」
私が今、ソワソワしてるように見える原因は、百パーセントお前たち。
「なによ。落ち着いてるわよ」
「障壁、彼らの代表的な力場、力の発現を可能にする身に纏う力そのものですが、それより強い同質、もしくは近しい力、或いは逆の性質をぶつける事で、破壊できます」
「良子さんの場合は習得なさっている技術が、私の知り合いと同じですので、それが障壁を抜いた原因ですね。心当たりがおありでは?」
……ある、むっちゃある、見て見ぬ振りをしてきたけど、空手の流派って言い張れないぐらいの流派だなって気付いてたけど。でも、人外を打ちのめせるとは思わないよ。……落ち着けないかも、私は何を習ってきてたんだろう。
「心当たりはあるけど……」
「そこでですが。時給UPにご興味はございませんか? 具体的な金額はご相談させて頂きますが、私の仕事をカフェ以外の業務範囲も手伝って頂けたましたら、学生では中々得ることのない報酬のご用意も可能かと存じます。ですが今日の説明は一つだけという約束でしたね?」
くぅぅ〜!交渉人〜、指を立てるその仕草の憎いこと。
どうしよ。即答でお願いしま〜すって言っちゃいそう。でもなー、グロ勘弁だしなー。さっきの大概グロ映像だし。あっ、大事なとこ抜けてた。
「その、あれよ。命の危険があるとかないの? それと私が誰かを自衛の為と言えど殺しちゃうみたいなのも嫌よ?」
「彼等が人間に危害を加えると言うことは殆どありません」
「殆どって……時々あるって、言っちゃってるじゃない」
遠い目で言ってるし。
「事件が起きる殆どの原因は些細な行き違いから。と申しておきましょうか」
「私はついさっき行き違いを起こして学んだところよ?」
「いえ、今回は幸運でした。良子さんに当店のウェイトレスをして頂く事で、何らかのアクションがあると予想しておりましたが……この状況は上手く利用しない手は有りません。水嶋さん」
「あっ、やっぱり? どこまでだい? 僕も腹を決めたよ」
「従属契約を結んで下さい。結べるはずです。彼女はもう貴方に対しての契約条件をクリアしているはずです」
「……あっ! そうか、条件満たしてるね。じゃあ、僕が彼女に従属する形にして代理人権限を貰えば、面倒ごとを引き受ける事が出来るってことであってるかな?」
「そうです。貴方の性分にもあっているでしょう?」
「そうだね。まぁ何人かには事情を話す必要がありそうだけど」
「貴方の御父上には私から説明致しましょう、従属契約を受け入れて頂くにあたり細やかながらのお返しです。勿論、前向きにです」
二人でずっと喋って放置プレイ。時々、意味ありげにこっちをちらちら見られても……しらんがな。
「こうまで見事に置いてけぼりにされると、もう好きにすりゃ良いいじゃんって気持ちになってくるわね。私への説明を要求するわ!」
コイツら当事者置いてけぼりで匂わせトークがひどいのなんの。オメェら一体なんなのよ。契約ってなによ、言っとくけど、つい最近、大失敗してるしね! 判子なんか押さないわよ!
「そう警戒しなくとも大丈夫です」
何が大丈夫なのか教えて欲しい。割と真剣に今すぐ。
「私に続いて同じ句を唱えて下さい」
おいおいオイ! ガン無視良くない。良くないよ! こっちはまだオッケーしてないし!
「あぁぁ久しぶりだなぁ、こんなにドキドキするのはほんと! 我が君を迎える喜びを賜りますこと、遍く世に知らしめ単に今日この時この刹那、捧げる我が身ーー」
ちょいちょいちょい! やば〜! 半笑いで目ぇ逝っちゃってるって! どしたん突然! キャラじゃないってば! さっきまでチャラ男全開だったじゃん……仁王立ちでブツブツいってっるし!
やめぃ、ちょっと光ってんじゃん! 何故に発光しだす!なんかあかんやつやこれ! 足下なんか出てきたよ! 魔法陣みたいなアニメで良く見るアレっ!
「八尋! ごめんほんと無理! 何これ! ちゃんと説明して!」
「誓います、貴方に危険な事は決して起きません。落ち着いてそこに立っているだけで構いません」
「これで落ち着ける訳ないでしょ! さっき頭取れた奴が今度は光出して、訳わかんない魔法陣みたいなのまで出してんのよっ!?」
「頭も取れるし光もするでしょう。魔法陣は添え物です。でも貴方に危険は無い。私が確約します」
めっちゃムカつく! 何の余裕なのそれ? 今ちょっとため息つかなかった? 何びびってんの? みたいな言い方で言われるとほんと悔しいんですけど。
何よ、その手を複雑にバッ! バッ! て動かすのやめなさいよ。さっきからちょいちょい、何かしてるでしょそれ! その動き、ちょっとカッコ良いんだけどっ!
「絶対後で殴るからね!」
「遠慮させて頂きます。さあ、私の後に続いて句を唱えて下さい」
ク? く、とは? 句かな? こんな時に呑気な事を。
「「魂振り並べ」」
ちょっと! 口が勝手に動いてる!?
「「往ぬる童に駒贈れ」」
やっぱ勝手に喋ってるわよ私!?
「「たそ」」
「「かれ」」
「「出逢うた黄昏」」
止まらん! 止まらん! 手ェ! 手ェまで動き出してるー! 私の手、厨二全開の印を結んでるわよ!? ちょっと格好いいかも……
「「汝」」
「「約定なくとも」」
「「捧げ祀ると」」
「「誓いやれ」」
フライングヘッドさん、大きく頷いてからのー。なに? どうしたの?
「誓い奉るは、君辱臣死、この身果てても御身に仕え、不変不滅の誓いにて示さん!」
ウォォ、キメ顔、超キメ顔! さっきまで細まってた顔も、もとに戻ってるし、顔つきがまるで違ってる?! めちゃ渋い! 眉間の縦線どんだけよ! 全身から、どん! どっどん! みたいな音でてるし! ……えっ? 物理的な圧力感じるんだけど?
「言祝ぎ成りて受け入れん」
そして、何故勝手に喋る! 私の口! 八尋誘導無しですよ今! どうした私のお口ぃ。
「汝に渡るや、わの権ぞ、謹み受けや、わの諱」
続きあんの?……あっ、光るの治った。終わり? このイベント終わりで良いの? もうドキドキしなくていい? 泣きそう。脇汗すごい。おうち帰りたい。
「百五十年振りの慶事に立ち会えて私も感無量です」