四十六 〜海外より〜
四章 開始
飛行機ってね、落ちるのよね、知ってた? 知らない? 私知ってるのよ。何せ五歳の時、飛行機乗ってたら落っこちたしね。
そんな物に乗るわけないじゃん、乗るぐらいなら海は泳ぐし、山は登るし、あとどうしよう、とにもかくにも、あんな物は乗っちゃいけん。
そうやって今まで生きてきました。(半ギレ)
……でも此処、ヨーロッパの何処か知んないけど空港だもんね。行き先なんて聞きたくないから、聞いてないもの。無理。目隠しでようやく機内に入るなんていう状態だったしね。
プライベートジェットっていうの? なんていうか知らないけど、八尋がなんか乗り込み待ちの時にペラペラ、ペラペラ当社自慢のだとか、自動操縦がどうだとか、広い座席とうんたらかんたらいうから、「うっせえ」の一言で済ましたけど。
そんなことよりこの待ち時間、貧乏ゆすりとイライラが止まらないからどうにかしてよって話だし。
ん? 私がいるから大丈夫だったでしょって?……そうね、悔しいけどアクア、貴女の言う通りね。
久しぶりというか、なんというか、必殺脳内物質コントロールは確かに効いたわね。それでもまだ不安でビクビクしてたけど。
事情を知ってる関係者(機長からCAから機体やら全部自社、さすがEIM)だけだったから、アクアも紫苑も機内では影から出れたしね。空を飛んでる間、みんなで手を握ってくれたこと、私、一生忘れない。ありがとう、ようやくちょっと落ち着いてきた……。 着陸してから今まで入ってた影から紫苑と擬態ペンダントからアクアを出してあげたいわね。
ちょっとおトイレにでも行ってと……。
「アクアと紫苑、出てきて良いよ」
影からスルッと紫苑。ペンダントからはブワッとアクア。どういう理屈か未だに聞いても、よくわからない。
『良子、大丈夫?』
「我が君、お身体は」
「ありがと、アクア、紫苑。もう大丈夫よ」
はぁーーこの二人は、ほんとっ。わたしが男だったら発狂しそうな可愛いさだわ。紫苑とアクアは私と同じメイド服テイスト、見かけだけはお揃い!
ちょっとぎゅーしよ。アクア紫苑成分充填完了っ! ふひぃー。それじゃ出口に向かいましょう。
騒ぎを起こしたりしてないから、トイレから出てくる人数増えたとか、まず気付かないだろうし。天下のEIMでもパスポート偽造は流石にしなかったから、二人を海外に連れてくるための苦肉の策? だけど。
……普通に不法入国? 密輸? だよね。でも証明するものもないし法律的にはどうなるの? ……まあいいや。
さっきの入国審査の時は、飛行機のせいで放心してたから何を聞かれたとか、ほとんど覚えてないけど、ほぼスルーで通して貰えてマジで良かった。
映画とかニュースでよく見る不審者扱いされて、別室とか言われてたらちょっともうさ。
何かやらかす自信しかなかった……ふぅ。ため息でちゃう。でも地面! 地面で元気出たよ。いいよ地面! お前のことめっちゃ好き。超安心する。
ところでさ、アレ、なんて書いてあんの? あの出口にある看板。 ローマ字じゃ無いし英語でも無いし、中国語書かれてもさぁ? アクアあれ読めんの? 凄くない? 紫苑も読めるの、すごいわね。
ヴィリニョス国際? 何それリトアニア? それってあのリトアニア?
「良子さん、ご気分はどうですか?」
そうだったコイツ、こっちが限界寸前放心状態なのに、自分だけさっさっと出口に向かったんだった。この色黒社長。
「良いと思うの?」
ニコニコご満悦な顔で尋ねてらっしゃいますが、八尋さん? そもそもアンタがどうしても付いて来いなんて言わなきゃ良かったのよ?
「少しだけ悪い感じですかね?」
少し? これが少しと仰る? 何なのホント。仙術とか訳のわかんないスペースオペラなムーブするかと思ったら、コーヒー屋の店長だったり、大企業の社長だって? 冗談はほどほどにしないとダメよ? ……だから見つめてくるのやめよう?
あの……八尋さん? 最近距離近くない? 遠慮なくガン見してくるやん?
「まあ……そこまで悪くわ無いわよ……」
「それは良かった、良子さんを……失礼、向井室長の初仕事ですからね。気分が良いに越した事は有りません」
ナチュラルに煽って来やがる、ど畜生め。ちょっとドキドキした気持ちを返せ。それから室長って言うな、室長って。あと、この制服もやめぇや、メイド服やぞ。
……いま、冷静に自分の心情を分析したけど、ガチギレ一歩手前。突けば割れる風船ね。何か最近、心の負荷が凄い。
……失敗したかな、EIMに就職したの。特殊素材開発室の室長だってさ。何か偉そうな肩書きを二十一歳の新社会人に投げつけてくるこの会社の社風なのか、文化なのかに、ついていくのに精一杯。
しかも大学在学のままで就職しちゃって来年の春からとかじゃ無くって。……取り敢えずまぁ、それは置いとこう。
亀がゲロして出てきた龍金って素材。私、別に使い道無いから提供しても良いよって言ったんだけど、その功績なんだって。
室長から社会人スタートのおかしさは分かってるのよ。
でも仕方ないじゃん、篠塚さんから坊ちゃんを支えられるのは貴女しかいないっ! とか、言われたり。
いやそんな関係じゃ無いですしって断ったら、向井良子のキャリアプランとか言う資料出して来て、ガッツリめのプレゼンしだすし。
何かねー、入社して順調にキャリアを重ねれば、将来重役待った無し! みたいな割と頭の悪い感じのストーリーだったんだけど、ちょっと憧れちゃった。ふへへ。
……気づいたら判子押してたの。またかよ! ってなったわよ、そりゃ二回目だし。
書類は隅から隅まで、バイトじゃ無くて就職だから、見た、見たはず。すごい見た。でも制服メイド服。これ如何に。
因みに移動中もメイド服。出勤まだ一週間ぐらいしかしてないけど、ずっとメイド服。何なら替えも、五着用意されてたメイド服。飛行機乗ってもメイド服……。
「……行くわよ! 社長!」
考えない方がいいことの方が、世の中にはなんと多いことか。
「ええ、参りましょう。運が良ければ一月以内に出会える筈です、ユニコーンに」
颯爽と現地タクシー捕まえやがる……そんな急いでどこ行くのよ?
まずご飯食べたい。キャンプ? マジで? あっ! 亀爺が焚き火が楽しみじゃとか、何言ってんだコイツ、鍋にすんぞって、スルーしてたけど、本当にキャンプするの? 外国よここ? リトアニアらしいわよ?
……てか今さ、ユニコーンとか言って無かった?




