四十五 〜目標〜
「と、まあ、こんな感じで逃げられちゃった訳なの」
「いやいやいやいや、一番大事なところを端折らないで母さん」
誠司兄ぃ、元気なんだよな? 母さん表情読みにくいから不安になる。
「うん、普通に逃げられた。逃げるだけなら私より上手ね。用意周到というか悪どいというか、爆弾仕掛けてたのよ保存容器に。時間はちょっと掛かるけど、多少知識が有れば解体出来るタイプの……ご丁寧にタイマー表示までついてて残り五分よ」
策略巡らせてくるラスボスとか勝てる気しないなぁ……。
「誠司が解体出来るって言うから、対応するしか無いじゃない? 悠々と退場していったわよ。保管庫も空っぽ。もう私の前には出てこないと思うし、バサラ、貴方に任せるわ」
白羽の矢というか、まぁ順当な人選だよな。おっ? 深い息を入れて、闘う決意だろうな、バサラくんの顔が締まった。
「分かった……師匠の見立てが狂うのはちょっと信じらんねえし、何も考えずに修行に打ち込むとするぜ」
握り込んだ拳を見つめる様がいいな。俺も十七代目として、手伝わせてもらう……そういや十七代目になるって言ってもどうやったら正式になれんのかな? 今回のでお披露目なんじゃないの?
「てな訳で、春樹。両手出しなさい」
「え? 何で? まあ分かんないけど、はい」
何すんの? 俺の両手首を母さんが掴む、はい。俺のつま先の上に母さんが足をかける……動けないんだけど?
「桜花ちゃん。約定に従い、藤堂の名を継ぐ者に枷を」
「はい……。春樹くん、ごめんね」
なんでそんな泣きそうな顔になってるの桜花さん? 振りかぶって……よお、浄罪、約束通り大人しくしてくれ……へっ? スパーンって!? いや、ちょい待ち! 腕! マイハーンド!? 躊躇なく人の腕を両断しないでーー!?
「あわわわわわわ!!……? あれ? ついてる?」
ついてる……ちょっと冷や汗が止まんねぇ。
「春樹。今日から貴方は正式に藤堂流の次期当主よ」
「それは良いんだけど……何で俺は彼女に腕をスパーンっと切られるんでしょうね。」
手首離して貰ったから、ちょっと入念に確認。ついてる、ついてるな……泣きそう……なのは桜花さんだよな。
「あのね春樹くん、私の一族が管理してきた神祐地、そこを治める神様と藤堂流は深い関係があるの。藤堂流次期当主が定められた時、神様がその場に立ち会い、認めた事を示す印。それを腕に付ける役割も私たちの役目。前に話したとおり、この刀は人間は斬らないようにできるから大丈夫よ」
ごめんよ、桜花さん、だから泣かないで。駄目だ抱きしめよう。
「ごめんね。藤堂様に不意打ちじゃ無いとバタバタして面倒だから、こうしなさいって……」
「桜花ちゃん、他人行儀なんだから。お義母さんって呼んでちょうだいって言ってるでしょ」
お義母さん? もしかして話してる? 色々話してる? 筒抜けちゃってる? 桜花さん……駄目だ、下向いてる。
これ全部喋ってる……あっ、ちょっとこっち見た。めっちゃ照れてる……ヤベェな、可愛さ鬼超えて神。
いや、待て落ち着こう、爆乳モノの円盤と薄い本が押し入れの奥から机の上に何故か移動していた時すら乗り越えた俺だぞ?
恥ずべき事など何もしていない!好きな人と一夜過ごせば誰だってそうなる!
「春樹〜? ああこりゃ駄目ね、ホント姉弟揃ってこういうところはそっくり。キャパ超えたらすぐこうなるんだから。ほりゃ!」
……痛ってえ!! おでこから「バギンっ!」って音が鳴ったぞ?! 額が消し飛ぶって!
「痛ぇ! 母さん、手加減してくれよ! 多分それ一般の人が受けたら頭が飛び散るぞっ!」
「大袈裟ねぇ……デコピンぐらい、ちゃんとその人に合わせて手加減するわよ。それより、今日から貴方は藤堂流次期当主です」
まだでこ痛ぇ……視線? ……バサラくん? ちょっと楽しそうに見てるけどこれ、明日のオマエだからな?
「桜花ちゃんは春樹を選んでくれたの、きちんと婚約の形を整えるわよ。諸々私が準備するから、貴方達は藤堂の伝七家を挨拶して回ってきて頂戴」
……バサラくんに目線飛ばして、ふざけてる場合じゃなかった。これは背筋伸ばして聞く話だ。桜花さんも雰囲気察して、俺から離れたし。
「桜花ちゃんの探しモノも多分見つかるわ、婚約者なら伝七家も協力を惜しまないでしょうし。この国で悪事を働く妖魔神格の情報は藤堂流が一番持ってるからね」
伝七家の場所どこだっけな? 北海道は覚えてるんだけど、京都、あとはどこだ。全部は覚えて無いんだよな。
「アレ? ウチは? 花木の爺ちゃんは伝七家で東京だよな?」
「藤堂は伝七家じゃないわよ、伝七家に関わりある優れたものが当主になって藤堂の姓を名乗るの。理解出来た?」
「たぶん……?」
「うん、ちゃんとは理解出来て無いわね。些細な事だから覚えなくても良いわよ。取り敢えず花木に行って、泊、静瀬、紀陸、貫寿、王真、最後は周防……」
周防……まあ関係あるよね。ないわけがない。さっきも聞いたし。
「身から出た錆。しかも自分達ではどうにも出来ないからって刺客を拵える。言い訳無しでその通りよ」
重いよ母さん……真顔で言うの辞めてほしい。大分怒ってんなこりゃ。それと、バサラくん……今の話を受け止めて、前を見据える君は凄くカッコいいけど、取り敢えず、キミの修行は、キッツイ事になる。間違いない。なんとか……そのままの君でいてほしい。
「取り敢えず花木の爺ちゃんとこ顔出してくるよ、そっから先は爺ちゃんに聞けばいいのかな?」
「兄弟子ィ……アンタのそのスルースキルはどう身につけたんだ、俺は師匠の真顔と、今の話でマジで小便ちびりそうなんだが」
あっ、そっちだったの。
「普通にしてりゃ良いんだって、自然に身を任せりゃ、なんとか……アレ? 腕重いな、何これ?」
意識しだしたら違和感がヤバい。手がめっちゃ重い。鉛とまでは言わないが、普通に腕の上げ下げが億劫だぞ。
「ようやく気付いたわね……枷をつけたのよ、その状態で真伝を習得するのが当主就任の試験、枷をつける理由はただの伝統。まあ春樹には丁度いい試験だけど」
真伝……奥伝の先は皆伝って、確か誠司兄ぃみたいに、どの技でも奥伝の崩震付きに出来たら良いっていうのは知ってるけど……真伝か。
「真伝……皆伝と何が違うんだ? 母さん」
「流転紋を出せる人、これまでうちの流派で何人出会った?」
母さんでしょ、姉ちゃん、花木の爺ちゃん、誠司兄ぃ、あと紀陸の珠世ちゃんも確か出してた。
「五人?」
「じゃあその五人の内、流転紋のサイズが大きくなったり小さくなったり、色々と動かせたりするのは何人?」
「母さんと姉ちゃん」
「良子ちゃんは収束させる力が強すぎて、別物の技になってる。修正も出来ないから一旦除外、見てなさい? こうやるのよ」
相変わらず、動いた後にしか認識出来ない動き。手首を何度か返す動作だけで、手のひらには視認出来るほどの気が練られ、現出している。これが目標だけど、相変わらず高い山だ……。
流転紋、母さんのは雪の結晶見たいな形、子供の頃、見せろとせがんだ記憶が思い浮かぶ。
球形から蝶のような形に変化した気が更に変化して網目のように……投網? また球形に戻り母さんの手のひらに戻った。
「これね神様捕まえて完全に消滅させる技なの」
!? 開いた口が塞がらない……完全に? 権能を触れる俺の能力だってそんなの無理だぞ?
「出来ないんじゃ無いの? 肉体を滅しても、何だっけ幽体、聖体が、位相がどうとか良く分からん状態になって、またいつか現界してくるんじゃ無いの?」
「この技はそのルールを無視して幽星体を捉えて滅するのよ。因みに春樹の崩震、ちょっとこの技の性質に寄ってるからね? 覚えない? 再生が遅いでしょ、春樹と戦った神格」
「う〜ん? 確かに良いの入った時はそんな気がする……」
もう一度、自分の中にあるものと、向き合う必要があるなこれは。
「さっきから無茶苦茶な事話してんな、兄弟子と手合わせすんの遠慮してぇ……いつか事故で殺されそうだ」
バサラくん、不安なのは分かるけど俺のせいじゃ無いと思う。第一、キミね、死ねって言いながら殴りかかってきたからね? ……まぁいいか俺なんかより、母さんのキツめの修行の方が死ねるから。それだけは保証するよ。
「おいぃ、何でニヤニヤしてんだよ、兄弟子ィ!」
「いやぁ別にぃ? 同志、バサラ。健闘を祈る!」
「あんまりイチャイチャすんのは辞めなさい、桜花ちゃんが目覚めるから」
「飛び火した!? そんな趣味無いですから! は、春樹くん分かった?!」
その話は後でじっくり聞きたいと思います。……桜花さん照れてる。なんだろう、この興奮は。
「冗談はさておき、バサラは気の運用を極限まで高度化、春樹は真伝習得、そうねぇ半年くらいがタイムリミットかな?」
いやぁ、おれこんな可愛い人、奥さんにするんだよなぁ、照れて顔赤いのとか、ただのご褒美だよな。……半年?
「いやいやいや。無理。姉ちゃんですら三年掛かったよね。流転紋出してから自在に操るまで。それにさっき完成まで一年って言ってたぞ?」
「あの娘は例外、別の技になって、しかも周りへの被害がエグいタイプの技になるから。完全に制御出来るようになるまで三年なの。流転紋の展開だけなら半年で出来てた。春樹の場合は、ややこしい事にはなりそうに無いから、気の解放がここまで進んだなら、すぐ要訣は掴むわよ。半年以内で修得して、あとは完成に向けて仕上げるだけ。急いで無いわよ」
嫌な予感が止まんねぇ。全国行脚と修行が同時進行の気配。
「なんか察したわね。でもそれはハズレ、大丈夫。死ぬ手前まで追い込むとかそんな類のモノじゃ無いから、答えは簡単。ほら、気を練ってみなさい」
「ほいっと……ほいっ?……う、嘘だぁ……練れないぞ?」
全く収束出来ない……動きはしても気を練る動きにはならない……堰き止められたような感触か?
「枷を付けたって言ったでしょ? その状態で気の解放が出来たら修行完了。施した印は気の解放時のピーク、一瞬で良いけど、それで解けるから。出来るまでは桜花ちゃん、春樹は戦力外だからお世話をお願いね」
「そんなお世話って大袈裟だなぁ。……嘘? 何かあんの?」
こんな状態じゃ闘おうとか思わないって。
「高確率で桜花ちゃんの目的には遭遇するわね。それとその状態で伝七家を訪ねて試験。各家が伝えて来た、得意とする型にまつわる試験よ。春樹のことは、みんな好意的に見てる筈だから、無茶はされないでしょうけど」
これは絶対無茶なヤツだな。俺知ってる。
「遠い目になっちゃった息子は置いといて、バサラ」
「おう!」
「転は使えるようになったみたいね? 明日から寝る時以外は、私と組手よ」
「よっしゃ待ってたぜ! 盗めるだけ盗ませて貰うぜ!」
「半年……天稟あるからもうちょい短縮出来るか、期待してるわ、死んじゃダメよ?」
「兄弟子ィ! どう言うことだ、死んじゃダメって! 凄く怖い! ヤベェ震えが止まんねえ……」
はっ……! バサラくんありがとう、戻ってこれたよ。ああ、それはね? 生物が持つ基本的な危機回避能力が全力で仕事をしているだけだよ? 薄〜くね、ごく薄〜く母さんが殺気をぶつけてるのさ。
ははっ! 覚悟を決めろって事さ。あんまり覚えが良すぎたり、勘を働かせると、もっと楽しい事になっちゃうから程々にね。
大丈夫だよ、俺はこれをプラス姉ちゃんでも生き残ったんだから。やれば出来るさ(スマイル)
「おいっ! 優しく微笑んでねぇで、何か言ってくれよ!」
諦めろって……そう。諦める。分かったかな? はい、大きく息を吸って吐くと落ち着くぞ?
……そういえば。
「母さん、姉ちゃんは?」
「さっき水嶋さんに連絡あったみたいで今、成田空港ね、これからフライトだそうよ」
「えっ! 姉ちゃん飛行機は落ちるって言って、乗らないよな? 国内旅行も、遠くて俺たち飛行機なのに自分だけ電車で合流するし」
「用事があるから仕方無いみたい。ヨーロッパって言ってたわね」
なにそれ凄い。




