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四十ニ 〜近付く真相その二〜


 この家との付き合い方を見極める、大事な場面と判断されたのだろう。招待客達は彼らの会話を邪魔せぬように、かといって不自然に静かになりすぎないよう、見守っている。


「長老達が、師匠にそんな要求をするとは考えにくいのですが……」


 藤堂流長老会、存命の先代当主や伝七家、それらが当主を支える為に結束し、当主不在時の案件代行などを担う組織である。他には後継者の選定、推薦などを行なっている。


 藤堂流は最も優れた者が当主になる習わしがある。血縁よりも強さが優先される。誠司は疑問符が浮かび、思考に連動した眉毛が少しはねた。


「貴方にも教えたとおり、真伝を得るに至った当主はこれまで二人だけ。花木のお爺ちゃんに、可能性を残す事を考えてくれって、言われたら……ね」


 花木重蔵、藤堂流十五代目の父であり十四代目の伴侶という人物、藤堂流の重鎮。その人物が口にする可能性。


 三鷹は師を見据えながら言った。


「師匠の特性が遺伝性であると?」


 彼女はゆっくりと頷きながら答える。


「滅するに至る者、血を遺すなかれ、約、違えるなかれ」


 静かな声色で紡ぎ出された言葉は、会場に染みるように響いた。


「奥伝の最後の一文ですね……」


 開祖より引き継がれてきた口伝は文書化され現代に継承されている。彼女はそれを口にした。


「この約という物が何なのか、未だに分からないけど。子供を遺すな、ということは間違いないと思うわ」


 言葉の最後に込められた、師の思い。それを知る誠司の眼光が鋭くなる。だが、会場の照明は彼の眼鏡に反射し、その変化を隠していた。


「今後のヒトと神々のパワーバランス調整を考えてのことよ。口伝の約とやらも破った訳じゃないし。まあ、そんな経緯で各所に手を回して、神奈川にある医療施設に冷凍保存されてたはず……だから少し落ち着きない」


 三鷹の僅かな変化、怒りに寄った感情を捉えた彼女は、冷静さを取り戻すよう、柔らかく嗜める。


 指摘に気付いた三鷹は、小さく息を吐いた。


 開祖は子を残さず、伝七家により藤堂流は存続されてきた。残された口伝と今の状況。その奇妙な符合。三鷹の中で少しずつパズルが組み合わさっていく。


「その卵子が、この画像の女性に繋がる。そう、師匠はお考えなのですね?」


「あら? 誠司。貴方らしくないわね? 見た瞬間から勘づいてたでしょう? お腹を痛めた覚えはないけど、我が子よ、この娘は」


 断言。その断言に誠司は、直ぐ反応が出来なかった。咀嚼出来ないまま、彼は、なんとか言葉を出した。


「どうされますか……?」


「まずは、バックアップに回る。それが一番、貴方の助けになるでしょ」


 (師ほどの存在が動けば、垂らされたこの細い糸は、千切れて見えなくなる、人は猛獣や自然災害を前にして、逃げるか、自失するか、それ以外の行動はほぼ起こさない)


 三鷹は、補助に回ると明言してくれた事に、心配事が一つ消え、安堵を覚えた。


 おそらくだが、卵子が保存されている施設に向かえば、ここ数年追いかけていた、彼らの全貌に辿り着く一手になる。確信に近い予測が三鷹の頭に浮かぶ。


「ありがとうございます……詳細は必ずお伝え致しますので」


「良子ちゃんには喋っちゃダメよ? 最近、妙に鋭くなってきてるから。まあ、相変わらず興味のない事には見向きもしないけど」


 いかにもな妹弟子の近況に、三鷹の顔が思わず弛む。


「また強くなりましたね。顔は合わせてませんが、気の鎮め方が洗練されていました」


「誠司から見てどうだった?」


 三鷹誠司は藤堂流十六代目の初めての直弟子であり、その実力は当主に迫る。そう藤堂流内外で認識されている。


 武術で技の練度や膂力以外に重要視されるものとして観、つまりは洞察力と判断力。これが彼を藤堂流総師範代たらしめる、強さの源泉だ。


 彼曰く、ほんの少し気当たりを感じる事が出来れば、その人の実力は半分以上は予測が出来、大きく外れる事もない。一合でも撃ち合えばほぼ正確に力量を推し測る事が出来るという。


「私では、太刀打ち出来ない領域に入ってきましたね。それにしても、突然すぎる伸びです。何かありましたか?」


 向井良子は妹弟子で確かな才能を持っているが、あの領域にまで至るにはあと数年が必要か、ともすれば現状頭打ち。そう三鷹は考えていた。それは何故か。


 良くも悪くも彼女は優しすぎるからだ。人を倒す事は出来ても、殺す事など出来はしない。


 命を掛けた闘いとなれば、その優しさ、慈愛は、欠点でしかない。


 しかし、その彼女が纏う気。先程、三鷹が久方ぶりに認識したそれは、かつての彼女とは一線を画していた。


 相変わらず甘く、殺意と呼ぶには優しすぎる気勢。その根本は変わらない。しかし、ここまで流麗な気の流れは、師すら凌駕していると思わせるもので、これまでの彼女にはなく、三鷹は驚嘆していた。


「鬼姫闘神に膝をつかせて、咒式を一撃で消し飛ばしたそうよ」


「まさか!」


「東王とも契約したのよ。元々、素養はあったけど、あれ程とはね……育て方が良かったのか悪かったのか、しかもご丁寧に御霊に王典(おうてん)付きよ?」


「……」


 【王典】……いくつかの神話の中に時折現れるその言葉、神々がかつて、主の下で各々の役割を与えられ、満ち足りていた時代にあったとされる主の証。その意味を知る者は現代にはいない。


 ただ、それを持っていたとされる人物達は、嘘か真か、例外なく歴史に名を刻むような事件に関わっている。更には御霊まで。


 一体何が起ころうとしているのか、総てを見通すと言われ、師にすら認められた三鷹の眼と頭脳を持ってしてもこの先が読めない。


 もっと大きなことが始まろうとしている。先程組み上がった、この件との繋がり、その気配も濃厚となった。


 三鷹はこれから起こるであろう事を思い、天井を仰ぎ見た。


「可能性は低いだろうけど、もし周防が出てくるなら直ぐにお逃げなさい、負けなくとも、無事では済まない。その時は私が出る」


 可能性は低いとしながらも、彼女の表情は硬い。誠司の視線は天井から戻ってきた。


「出てくるとお考えなのですね……」


「そうね……一つ認識を合わせる必要があるわ」


「認識とは?」


「彼は法で裁くべき対象では無く、踏み(にじ)られた者達が討ち果たすべき者よ、そしてそれは私達の仕事じゃない」


 自身の矜持、警察官としての責務、使命からすれば、放たれた言葉は容認し難いものであったが、三鷹はその感情を呑み込む。


 隣に立つ十和子はまだ、その言葉の意味が理解出来ていないようで、斜め下に目線をやりながら状況の整理に努めている。


「そうですね……」


「間違えちゃダメよ? 貴方は道を整えるだけ。正道を歩む者が整える道だからこそ大義が生まれるの」


「婆娑羅……」


「紫炎から、元々手紙は貰ってるのよ。何か有れば頼むって。良子ちゃんからも、さっきメールが来たわ」


 漢服の袖を撫でながら彼女は言う。形見となってしまったそれを見る目は穏やかだ。


「仇討ちをさせるのですか?」


 三鷹が師に弟子入りした理由も、婆娑羅と同じ仇討ちであった。で、あるならば、あの憎めない青年を止める資格、それは自分には、ない。


「そのつもりよ? 死なないように、強くするけど。あぁ、そういえばリストに載ってるのよね、良子ちゃんのことで誠司には随分頑張ってもらってるけど、このことも追加で……暫く見逃してもらえるかしら」


 状況の把握に専念していた十和子だったが、三鷹が言うなら職務の遂行上許せても、警察官でもない彼女がそのように言うのは許容できず、相手を捕らえるため、反射的に手を伸ばした。


「課長! 流石に聞き流せません!! 貴女! 何を言われているか、ご自覚はありますか!」


 だが、何度掴もうとしても、その度に手は空を切る。言いようのない気持ち悪さに十和子は顔を顰める。彼女が動いた気配は無いのに、一向にその姿に触れる事が出来ない


「警察官の前で言う事じゃなかったか……郡ちゃん、後の事は諸々宜しくね」


 事態を飲み込めず、呆けた顔をする招待客達の間をすり抜け、彼女は、あっという間に姿を消した。


「待っ! 待ちなさい!!」


「良いんだ鏡君」


「課長! 一体何をご存知なのですか! それにあの人は、なんですか!」


「……」


 強い力で十和子の腕をとり、その場に留めた三鷹は、何も喋らず押し黙っている。


「英雄だよ、お嬢さん。彼女は自分の名すら捨てて人々を救ってきた英雄だ」


 誠司に代わり、父である郡司が答えた。

 国内有数の政治家に、英雄と言わしめる彼女の姿は、もうそこにはない。





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