三十八 〜手合わせ〜
あの後、まあまあ怒られた。鬼土下座を敢行して何とか許して貰えたけど。こういう時は謝罪と誠意が大事だしね。
思い付いたら直ぐ行動に移す傾向が強いよね俺達姉弟。治るもんじゃ無いから仕方が無い。
それにどうやらあれで終わりじゃなかったようで、管から糸にグレードダウンした繋がりが微かにお方様から出てるのを見つけれたし、結果オーライ?
桜花さんは糸の先にいる咒式を討ち果たす旅に出るという事で。勿論俺はついて行くけどね。
取り敢えずは一件落着、桜花さんはお方様達と色々話せたみたいだ。少しばかりというには大きな行き違いの溝も埋めれたようで、めでたしと。
直ぐ帰ろうと思ったんだけど異界が解けなくて出れなかったんだよね。迎えも来ないし。で、ボーッとしてたらいつの間にかお方様が連れてた式神? の女の子が現れて手招きで案内するから取り敢えずついていったんだよ。
ログハウスより少し小さいかな、ぐらいの建物があって今夜は此処で休めってジェスチャーに了解したら女の子はスーッと消えちゃってさ。
取り敢えず中見てみたら部屋が二つあって、狭い方使いますって言ったら「一人にしないで」って言われたら。
無理だよ無理。何が無理とかそんなのじゃねえの。芸能人とかがさ? 何か二人で一泊したけど何もありませんでしたとか言うじゃん?
何もないとか有り得ないから、何かあるに決まってんじゃん。いや、やめとこう、これ以上思考を戦闘以外に回すと負けちまう。
そう、今まさに戦っている。実家でね。母さんじゃ無い。相手、お名前はバサラ君だそうです。
異界にいたの体感でも二日、長くて三日までだと思ったけど三日どころか二週間経ってやんの。
異界あるある。そんでバサラ君は俺達が出発してから直ぐ来たみたい、母さんに弟子入りしてるってんでいい感じにお互い自己紹介。
軽く手合わせしようぜって、ノリだったから中々気分上々って感じだった訳だったんだけども。
「何だよ、女抱いてきてんのか? 丹田の気が軽りぃ、良子姉の弟って割にゃなっちゃねえんじゃねえか?」
こんなことを宣う訳ですよ、彼は。ちょっと小馬鹿にされた気がしてます。やっちゃうぞこの野郎。
「その軽い気に押されてませんかねっ!!」
とりあえず困った時は足撃、足撃ち、足撃ちぃ!! ただの正拳三連発を喰らえや、こんにゃろ。
「ぐぉっ!……へっ!……まあまあだな」
自信ありで放った三連撃を流され、すかされ、最後は受け止められてしまう。ここ二日ほど茹っていた頭が一気に冷えていく。
久遠寺婆娑羅(伐折羅)
状態:未覚醒
生命力:五九九九九九九
危険度:五九九九九九九
注記→
〈猿翁を従えし神将。李氏八極拳をベースとした拳法の使い手。藤堂無手勝流門下生〉
強い。そしてステータスがカッコいい。
「もしかして、姉ちゃんと手合わせした?」
まるで見たことがあるような受け方から推察。試しにもう一発。
「解るもんなんだな、その通りだぜ」
やっぱり。敢えて前に出て距離を潰してきた。技の出が分かって無いと出来ない動きだ。
「初見で俺の足撃見切れるとか、姉ちゃんと一回闘ってるとしか思えない。俺、姉ちゃんの下位互換だし」
お互いの実力はさっきまでので大方分かった。残念ながら俺がちょっと不利。
「下位互換……師匠よ、この兄さんはちょっと認識の摺り合わせって奴をした方が良いんじゃねぇのか?」
「今は認識とかはどうでも良いのよ。後二年と思ってたけど、随分進歩して後一年、それぐらいで完成するのよ。完成って言うのは現時点での良子ちゃんでは無くて、今後の良子ちゃん自身の武の発展すらも凌駕する完成って意味よ。バサラ、貴方追い付ける?」
「それが目安……遠いな。良子姉ぇには、こないだ完敗したしなぁ」
暢気な声とはそぐわない、鳩尾目掛けて進んでくる正拳を受撃で払い突き返すがそれを更にカウンターで合わされる。頬に拳が斜めのいい角度で刺さるが気合いで耐える。
「私が貴方を鍛えて仇討ちを許可する条件。そこを目指しなさい」
「目指しがいがあるな」
母さんからの話を聞きながら余所見とは舐めてやがる。組み手で油断する方が悪いから遠慮なく撃ち込む。
——避ける暇が無くて肩で受けたな。
「痛ぇじゃねえか、俺にも殴らせろ!」
疾っ! 消えるような動き、今の【転】じゃないか? 入門したの二週間前だろ? 俺その技をそのレベルに使いこなすの一年以上かかったんですけど。
何処で瞬きすれば良いか分からない連撃が止まらない。技の切れ目が無くて受けて捌いてなんて隙が無い! 蹴られたのか殴られたのかわかんねぇ! 守りに徹してやり過ごすしか無いっ!
「あがっがががっ! 母さん何この人! すんごい強い!!」
「私は息子の語彙力に驚いてるわ、舌噛むわよ」
酷ぇ評価。姉ちゃんよりマシだと思うんだけど。
「ちょうど今の春樹よりも少し強いぐらいよ、背格好も似てるしとっても良い練習相手よ、お互いにね」
「てな訳で兄弟子よぉ……死ねや!!」
「稽古! これ稽古! 死ねとか無し!!」
目突きが鋭すぎるって! また息つく間もない連撃始まったし、姉ちゃんマジでこの人完封したとか、うちの姉どんだけ強くなってんだよ?
しかし殺意マシマシの攻撃が続く……俺何かしたかな。
「いや、すまねぇ、顔の良い野郎が良い女連れてると腹立つだけだ」
困惑顔で何とか受けてたら、まさかのやっかみ回答きた。会話のついでに連撃止まってくれて助かった……。
「そう言うアンタはアイドル顔負けのお顔立ちですけどねっ!!」
そうバサラくん、超イケメン……何か見た事ある顔? 今は置いとこう。苦し紛れに出した正拳はまた受け止められた、見切られてる……ならば足技!
「この面で得した事はねえな! 良い女は寄ってこねぇしな。狙ってんだろ? 来いよ」
来いよって言う割には手がマシンガンの如く突き動いておりまして。まさに拳の弾幕。灰燼と闘う前だと多分耐えるのは無理だったろう威力を耐える。
後ろに飛んで距離を取れば、狙い通りとばかりに距離を詰めてきたところを流転歩捌の【捌撃】
「ストップ」
いや、母さん急には止まらんって……ああ、この人なら止めれるか。足首掴んで無理矢理止めちゃったよ。
「師匠! 何故止める!」
「蹴りはオトリ。あそこから関節に移行するのよ? それは想定出来て無かったでしょ?」
「あんな大技から更に関節に派生すんのか……」
「母さん。そろそろ足放してくんない?」
その細腕にどんな筋力搭載してるの? 体重七十後半だよ? 片手で軽々持たれて大相撲優勝会見で用意されてる鯛の気分。
「春樹はちょっと危ないとすぐ大技に頼る癖があるわね、もっと基本技の工夫を心掛けないと駄目よ?」
「あの、後で聞くんで取り敢えず降ろしてくんない? 彼女が見てる前で、母親に片足吊り上げでお説教されてる絵面にメンタルが耐えれそうに無い」
「何よ、彼女どころか奥さんになって貰うんでしょ? 今のうちに情け無いとこも全部見せときなさいよ」
顔から火が出そう。
「男の子ねぇ、ホント」
「師匠、兄弟子と俺はどうすんだ?」
「当面貴方は内弟子として此処に住み込みで鍛錬して貰う、半年もあれば許可出来るところまで伸びると思うわ。春樹はいつも通りの鍛錬で構わない、但し焦らない事。きっかけがあれば一年と言わず一瞬だから」
「それホント? いまいち実感無いんだけど……」
姉ちゃんより強くなんてホントになれんの?
追い付いたと思えた事も無ければ毎回毎回、手合わせするたび、目指す山の三合目ぐらいにきたなぁって感想を抱くんですが。
……取り敢えず降ろして。
「バサラ、理由は解るでしょ」
「逆になんで兄弟子が解んねえのか理解出来ねぇ」
「?……痛てぇ! 土入った」
最近地面さんと親しくお付き合いさせて貰ってます。離す時は一声欲しい今日この頃。
「今回の経験で気の解放は馴染んだみたいね、徐々にだけど見れるぐらいになってきてる、これまでからしたら凄い進歩ね」
「ぎこちなさは手合わせする前から分かるぐらいだしな。因みにさっき俺はマジで全力出したぜ、じゃなきゃ死んでたからな」
いや知ってるし、殺すとか仰ってましたしね……ん? じゃなきゃ死んでた?
「気の解放ってのは五、六年程度、武術に真剣に取り組みゃ誰だって、大なり小なり身について運用もそれなり出来る様になるんだよ、だが兄弟子は気の解放が拙いし、まともに運用も出来てねぇ。でも俺とタメ張ってる、多分解放出来て無くてもいい勝負になるぜ?」
「春樹、あなたの事を天才だって言うのはね、人間の肉体が持ち得る上限を遥かに超えた莫大な気の力を宿してるからよ」
「ふーん? 凄いのそれ?」
「兄弟子ぃ……」
知ってるぞ、それ。馬鹿を見る時の目だ。否定出来ないけど。でも身近に規格外が二人もいたら、物差し狂うよね。
「桜花ちゃん、灰燼と立ち会って生き残った人はどのくらいいたかしら? 逃げろって言ったのに直ぐ逃げなかった馬鹿息子は除いて」
だって出口わかんねーし。いきなり襲ってきたし。
「拗ねた顔しても駄目よ。異界の出方は散々教えてきたのに丸っぽ忘れて……試しもしてないでしょ? はぁ……。ため息しか出ない」
確かに、異界に取り込まれた時、直ぐに試してみるべき事があったの忘れてたよね。反省。
「残っている記録だけで、立ち会う事千回以上。その内、生きて帰ったのは四人との記録が残っています」
「あの人そんな記録あんの? やっべ、今度会ったらこの間の分返されそう……」
「おいおい……その様子ならダメージまで与えてんのかよ……あんなもんどうやりゃ戦えんだよ!?」
「戦えたというか手加減されてたとういうか舐められてたというか、途中何かズルしたというか」
「言ってる事は訳わかんねえが、確かに五体無事で帰ってきてんだもんな」
複雑な憂い顔までイケメンとは。何でそんな表情か分からないけど美形の極みですなバサラくん……。
「……そういえば何だかよく似てるような? 灰燼の親戚?」
「一応、親父だ」
あっ、やべ地雷だ。とっても複雑な表情。
こういう時は下向いてやり過ごすしか方法知らないんだよね。ごめんね。人生経験薄くて。
「バサラ、彼に思うところは今は置いておきなさい」
「すまねぇ。割り切ってたつもりだったが……兄弟子も、顔上げてくれ」
バサラ君、君の親父、中々癖が強くて色々ありそうだね。何か分かるよ。分からず屋歴、百年のプロ中のプロって雰囲気だもんね。
「ところで母さん、まだ話せて無かったんだけど、藤堂流の後継って正式に俺で良いの?」
「春樹よ」
「姉ちゃんは?」
「二人とも十七代目にしても良いぐらい良子ちゃんは強いけど、奥伝の先、真伝が出来たというか別の技になったからね……出来なくても当代を名乗る資格もあるんだけど、より正統な後継は春樹になるわね」
「真伝……崩震と何が違うの?」
「流転紋が視認出来るレベルで出ても、まだ身体から離して操作したり自由自在に操ったり出来ないでしょ。それを自在に操って技を出す域が真伝。ところで流転紋って何だと思う?」
頭が痛い。母さんが言ってる事が意味不明。流転紋ってあれでしょ? 上手く流転の気が練れてて綺麗に体内から放出できると特定の模様が気の流れとして可視化されるで、合ってないの……?
「その顔は解って無いわね……はぁ、桜花ちゃんいつでも相談に乗るからこの子見捨てないでね……」
異議あり! 断固抗議っ!
「流転紋ってね?……どうしよ……春樹は勉強得意な癖に勘は悪いし、どう言おうかしら?」
いや、だから異議ありだって。
「何よ、文句タラタラな顔して……良いわよ、小難しい説明したげるわよ。拳法の話とはかけ離れるんだけど…まず因果律って解る?」
「えぇと、アレだ、原因があって未来が決まるみたいなヤツじゃ無かった?」
「うーん、まあ概ねその理解で良いかな? じゃあ神が常に展開してる障壁って何だと思う?」
「殴った感触としては何かエネルギーの塊みたいな?」
「まあそれも概ね正解。更に言うと、そのエネルギーには属性、特性が付与されてるの」
「やっぱり小難しい話は長くなるから端折りに端折って、ごく簡潔にに言うと、障壁は自身のエネルギーという認識で問題無いわ、属性って言うのは春樹も好きなゲームの属性ってやつよ」
「いつも殴ったら壊れるやつだよね? 強いのだと何重にもなってて面倒くさいんだよね」
「前から気になってたんたが、属性無視してどうやって壊してんだ?」
そういや深く考えた事無いな……流転の気を回して殴ったら壊れるし、そういうもんじゃ無いの?
「バサラ、春樹に聞いちゃ駄目よ。感覚でしかまだ理解してないから答えられないのよ。そんな顔してるでしょ?」
「確かに。で、藤堂の気の巡りが障壁を壊す特性があるって認識で良いのか?」
「その理解で構わない。流転紋は更に貴方達のような神格が展開する障壁の再生までを阻害する。因果律に干渉する事でそれを可能にしているそうよ。詳しい事は最近解ってきたんだけど」
「そんな技が俺にも使えるようになんのか?」
「残念だけど貴方は無理よ、流転紋を出す事が出来るのは人間だけ、神格を宿す者には使えない。だから此処で貴方が覚える事は気の扱いをもっと高度化させ、流転紋を防ぐ技術、つまりは藤堂流を理解することね」
「師匠……流転紋を防ぐってのは、まるで俺の相手が藤堂流だって解ってるみてぇだな?」
「解るも何も貴方の師、孟紫炎は私の叔父に当たる男に殺されたからよ、見た訳じゃ無いけど。神槍再来とまで呼ばれた現代の武神を殺せるのは私以外で可能なのは一人だけだもの……」
「周防国親……」
「その周防にこの間もう少しのところで逃げられちゃったのよね。その時の話ししても良いかしら?」
三章完。




