四 〜縞々模様の〜
バイト二週目突入〜!! イェーぃ! 喜びー! もしかして……〈天職〉って、ネット検索するぐらい浮かれておりますワタクシ、向井良子であります。
実はちょっと憧れてたのよね、カフェのウェイトレスって。存在がもう可愛いじゃない。
それが今、我が身、我が手に有ると思うとね。この変態店主の趣味ぐらいは許容しても良いかと、そんなふうに思うわけですよ。
そう! これまでのバイトが長続きしないのは私のせいじゃ無く! この天職に出会う為の試練だった! と、そう思う事にしたい。
さあ! テーブル拭いちゃうよぉー! ピカピカだよー!
あっ、お客さん。「いらっしゃいませー」前の店の常連さんじゃなくて、コーヒー屋になってから何回か来てた、八尋の知り合いの人だ。
普通に茶髪のイケメン。だけど、チャラついた感じがなんかイヤ(ボタンシャツから、深めに胸がはだけてるのも、マイナス評価)。
塩対応しちゃいそうなのを抑えてと。
「メニューをどうぞ」
「コーヒーを」
「てんちょー、レギュラーでーす」
さて、と、あっちのテーブル拭きにいこっ。あっゴミ落ちてんじゃん。
「青のシマシマ」
……うん。それ私のパンツの柄ね。いま、私がしゃがんだ時に、わざわざ覗き込んで見たな? しかも口に出したな?
どれどれ、どんな顔して言ってんだこのやろう。ゆっくり振り向いて確認するからな……震えて祈れ。
……めっちゃ、ニヤついとる。全殺しだ。バカやろう。
「なに、ニヤついてんのよっ!」
我ながら、起こりの見えない、美事な送り足。気付いた時には正拳で撃ち抜いて……あれ? 手応え軽すぎない?
あと、見間違いじゃなければ、頭、ぶっ飛んじゃってない? 頭ってあんなに回転しながら飛ぶんだ……。
ビンタの代わりのつもりで軽く撃ったんだけど? 歩き方とか重心とか明らかに強い人だったから、絶対、大丈夫だと思ったんだけど?
「はわ?」
変な声でちゃう。お口の形も菱形になって、目は点でございます。擬音でいうならポカーン。
……まさかまさか。そりゃね、瓦なんて三十枚だろうが四十枚だろうが割るよ。でも、反射的に動いて殺人犯とか、洒落になんないから、師匠と徹底的に稽古して身につけた、無意識手加減だよ?
……あぁ、あれほど過信してはいけないと、努力は裏切らない、裏切るのは自分だと、師匠に言われたのに……。
うわぁ、頭が……ボウリングじゃあるまいし、そんなゴロゴロ転がんないでよ……おぇぇ、吐く、出そう……。
……ん? 待って? 血がでてねぇじゃん。どないなっとん。
「どないなっとん!!」
「良子さん、落ち着いて下さい」
いや、むり。あんた、なんで落ち着いてんの? それに、今、転がる頭になにを投げたの?
そして、なぜあんたの手元は、レギュラーコーヒーの作製を継続しているのか。
「大丈夫、見て下さい。元に戻りましたよ」
「頭が取れて元に戻るもんか! 何落ち着いてんのよ!」
だから、コーヒー出来たからって、トレーに置いて、運ばせようとしないのっ! 首なし死体は、コーヒーなんか飲まないのっ!
「いえ、ですから落ち着いてボックス席の方を見て下さい」
ちくしょう。殺人犯になっちまったい……オェ……気持ち悪い。
どうしよう、どうしよう、自首すれば良いんだろうか……それしかないか。
ごめんなさい、名前も知らず殺してしまった人……家族のみんな。償えるかどうか分からないけど、良子は罪を償います。被害者の方には、お詫びしてもしきれませ……ん?
ん?
「元に戻るの? 頭って」
「ですから、落ち着いて、ボックス席を見て下さい」
さあどうぞ、じゃなくて。コーヒー運ばせようとすんな。ああ、もう! 思わずトレー取っちゃったじゃない。
「騙してない?」
「騙してません、ですからその剣呑な圧を控えて頂けると助かります」
……そこまでゆうなら見たろやんけ。ほんま、こんな時に冗談かます奴、マジシバキやでほんま。
取れた頭が元に戻るとか、よう言うわ、ほんま。そんなんで戻るんやったらな、誰も苦労せぇへんで? ほんま。
こわい。そろっと振り返ろう。嘘かも知れないし……。
「戻ってるやん!?」
二度見したけど戻ってんじゃん! 何ならこっち見て、びっくりしてんじゃん! 思わず関西弁でちゃったじゃん!
……コーヒーをこぼさなかった自分を褒めたい。
「助けて! 八尋!」
助けて! じゃねぇよ。元のは、どうした。元のは! さっき転がっていたやつは、どうしたのよ! ……あった、テーブルの下……あれ? 何かゼリーみたいなスライムになってる? なにこれ?
……元の頭は溶けて、新しく頭が生えた? 生やして良いの?
いや、生えてくれたのは、とってもありがたいんだけど。これからも、どんどん、生やしていけばいいと思うんだけど……なんで、私のこと見て半泣きになってんのよ。
「水嶋さん。落ち着いて下さい。良いですか? ゆっくり深呼吸して、良子さんを刺激しないで下さいね? 分かりますか? 次は多分ないです。私がさっき対処出来たのは、偶然でしたからね」
さっき、八尋が頭に何かを投げつけたのは見えたけど、それが対処?
「どう言うことだ! 何でこの娘は僕の障壁ぶち抜いてくるんだ!?」
「詳しい話は後日お話し致します。ですが、まず良子さんに謝罪を。良いですか? 最大限に敬意を払ってです」
「分かった! 謝罪する!! 謝罪するから!」
「良子さんも、謝罪を受け入れてくれますね?」
いやぁ、まあ頭ぶっ飛ばしたし、本来の過失は私ですし。受け入れるも何も……別にパンツも、わざわざ言わなきゃ、気にしないし。
断るのも何か悪いし、首をカクンカクンさせて同意するのが今は、精一杯。あっコーヒーどぞー。
ところで……頭、大丈夫なの? これ。なんか細くなってない? 作り物みたいな感じでキモいんですけど。あー、吐き気治った。
「大変っ申し訳っございませんでしたっ! わざとじゃないんです! 貴女がゴミを拾うとき、僕も足元のゴミを拾って、顔を上げたタイミングで、つい口に出てしまいました! ニヤついたように見えたのは、どういう顔でいればいいのか分からなくて」
ありゃぁ……土下座でちゃったよ。どう考えても悪いの私なんだけどね。うん。良いのかなこれ? ひとまずちゃんと謝ろう。
「えーっと、あの……こちらこそ、いきなり殴ったりしてごめんなさい。顔も無事だった? とは言え、取り換えしのつかない事になるところで本当にごめんなさい。……でも、女の子の下着の柄とかわざわざ口にするのは悪趣味ですよ?」
謝罪だけのつもりが、最後イヤミ言っちゃった。
……だって、頭生やすんだもん。
「もう二度と致しません」
成人男性が、ミニスカメイドに土下座。何だかとってもスパイシーな状況。
「あのー水嶋さん? 謝罪は受け入れますので、取り敢えず頭をあげて欲しいんですけど、八尋…… これ、ちゃんと説明してくれのよね?」
このバイトはヤバい。どう考えてもヤバい。バックレ体勢準備開始を宣言致します!
「……」
「八尋?」
「いえ……良子さん。一つ提案があります」
出た提案。提案ね。イケメンが指を立てて、シリアス気味に問いかけちゃって、まあ。ふふふ……私、知ってるんだ。これ、提案に乗ると予想外な方向に行くんだよ。
だって私、メイド装備だもん。ねっ。まさかメイドになるとか思わないもん。ねっ。
「今すぐ全てを聞くか。徐々に小出しで聞くか、どちらが良いですか?」
うっわ。ダリィ。"今すぐバックレたい"の一択なのに。何それ結局聞かされるんじゃん。せめて見なかったフリするとかさ? 無かったことにしようぜ、夢見てたんじゃね? 的なね。
そう言うのならすぐ受け入れたんだけどなー。だって嫌じゃん。頭が生えてくる人が知り合いに居てさー? とか女子トークで使えないじゃん。
距離を少しずつ取ってね。バイトはフェードアウト作戦でね。ヤバイ人には近寄っちゃダメでしょ?
絶対ヤバイ案件だよ? これ。
「無かった事にする一択でお願いしたいんだけど……ダメ?」
私に出来る精一杯のあざとさを乗せて、首傾げー。どやっ!
「良子さんの先程の攻撃が、水嶋さんに通ってしまった時点でその選択肢は無くなりました」
ダメかー。微動だにしねぇ。ちょっとぐらい反応してほしいよね……あれ?
「八尋、怒ってるの?」
「そうですね、自分の見通しの甘さに呆れています。感情は読まれないようにしているつもりですが、良くお分かりに」
いやだってさ。目が笑ってないしね。普段は父親目線向けてくるからね。そりゃね、気付きますよ。怒ってるのぐらい。若干、声も平坦なトーンだし。
「えっ!? 八尋怒ってんの? うそ?」
あっ。フライングヘッドさん、空気読まねぇ。なんか見た目がアレだもんね。率直に言うと馬鹿っぽいもん。仕方ないね。
「貴方のご実家にも報告させて頂きます」
「いや! マジでゴメン、ホントゴメン! 許して! お願い!」
「許す許さないという問題ではありません、そもそも、今の貴方に何を言おうとも、あまり意味が有りませんので」
ガッカリしてんじゃん! めっちゃうなだれてんじゃん! ねぇ今どんな気持ち? どんな気持ち? ほらほら、人のパンツ覗いた罰が当たったんだよー。
「良子さんもお話しを聞いて下さい」
えっ。うん。いや、そんなシリアスな空気やめてぇや。真顔怖いよ? ……聞く! 聞くから! ジィッと見るのやめれ。
「私のお客様について説明します」
お客様って……コーヒー飲みに来てんじゃないの? さっきも、ありえないタイミングでコーヒー出したじゃん。
「目深に帽子を被ったダウンコートを脱がない、初老の紳士。濃いサングラスを掛けて、いつも誰かと携帯で話している若い男性。両手をいつも包帯で巻いている女性。軽薄な空気をまとう男性。何度か来店されていますのでご存じですね?」
うっわ! 最後めっちゃ皮肉。怒ってるぅ。
「まだ紹介すべき方は沢山おられますが、彼、彼女には共通点があります」
あの人とあの人とあの人でしよ? 毎日じゃないけど結構な頻度で来てるわよね?
あっ。わかった。
「いっつも、一人だ!」
「それも一つですね」
長い? この話、長い? サァッと巻いてこうよ。
えっ、そうだっけ? 覚えてないよぉ〜っ、て言いたいから。さぁっと、流していこう? 聞かずに済むならそうしたい話しだよ。
「ちゃんと聞いて下さい」
あい……怒んないでよ。ちょっと、鏡見ながらリップ塗ってただけじゃん。落ち着きたかったのよ。
「どなたもきちんと正業をお持ちの、何ら後ろめたいことの無い方々です、戸籍もあり、納税も滞りなく」
もうそれ、普通の人でいいじゃん。やめようよ、ねっ? ややこしい事言うのさ。
「ですが、少々ばかり特殊性をお持ちの方々です」
でしょうね。知ってた。だってフライングヘッドだもんね。でも生えてきたからヘッド何? リポップヘッドかな? 特殊性癖の間違いであって欲しいわよね、ほんと、訳の分からないことに巻き込まないで欲しい。
「古来から続く一族として、その血統を繋いだ方々や、事情があり望んでそうなられた方、被害を受けてその様になられた方。色々なケースがあります」
ワンチャン、性癖で落ち着かなかったわね。それから? ちょっと待って、枝毛あった。シャンプー変えてから調子良かったのに……。
「私は、この方々の困り事を解決する役目が本業となります。少々特殊な技も仕事柄必要でして、そちらも披露する機会が今後あるかと思います」
痛った! びっくりして、枝毛抜いちゃったじゃないの!
コーヒー屋の若店主は世を忍ぶ仮の姿ってか! 良いじゃん! わりと好きよ。そういうの。
ほんでまだこれ全部じゃ無いのね? 特殊な技? もうお腹いっぱいなんですけど。情報過多です。
「分かったわ。とりあえず説明とかはゆっくり、少しずつにしてちょうだい」
今、全部説明されても、何も理解出来ないのだけは分かったし。
「賢明なご判断かと。今日は取り急ぎ、良子さんに覚えて頂きたいこと、お願いとも言える内容だけお伝えします。今日は一つだけです」
なんだろう? お願い?
「攻撃に移る前には、必ず私に確認を取って下さい」
……ですよね。




