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三十六 〜桜花、追想〜


「ねえちゃん、このキレイでかわいいおねえさんは誰?」


 山田桜花は霊刀浄罪の侵食とも言える融合が進む中、外界では春樹が虚げに立つ桜花に近づこうとしている時。その精神世界内で、向井春樹と初めて会った日、十二年前のことを思い出した。


「わたしの友達よ」


「うそだー。姉ちゃん子分は多いけど、ともだちなんて居ないじゃん!」


「春樹はかしこすぎる時があるのが、たまにきずね」


「良子の子分になったおぼえは無いんだけど……」


「うわぁ、本当にともだちなんだね。ごめん、ねえちゃん。キレイなおねえさんもごめんね」


 彼の引き込まれるような笑顔に彼女の心臓は跳ね上がる。少女はそれが初恋とはその時考えなかった。


「でしょ? 桜花よ、山田桜花。私とおない年、今年転校して来たのよ、春樹も挨拶してちょうだい」


「むかいはるき、五さいです! 桜花さん、かれんで、はかなげで、すきです! 僕とケッコンしてよ!」


「……私は山田桜花です。良子、出会い頭にプロポーズされたんだけど?」


「駄目よ、桜花、手を出したら警察にかけ込むわよ?」


「何で事件にしようとするのよ」


「鏡見る? まあまあやばい顔になってるわよ」


 侵食を少しでも引き延ばそうと、自身を形成する記憶をたどり自我を保とうと桜花はあがいている。


 山田桜花は八歳の時に両親を失った。

 

『お前の父と母は役目を果たした。お前も役目を果たしたければ果たせば良い、その力は付けさせてやる』


 八歳の子供には到底理解できない説明。それだけで彼女は管理人候補として灰燼によってこの神祐地に連れてこられてた。


 父と母はごく普通のサラリーマンと主婦だと桜花は認識していたが、そうでは無かった。そして両親は役目である咒式を狩る際に起きた事故で亡くなったと聞かされた。


 管理人にならない選択肢は勿論あったが、灰燼から語られる父と母の姿はとても誇らしいものであったし、娘である自分が代々続いてきたものを途切れさせてもいけないとも考えるようになった。


 自身の由来、神に連なる家系、そしてここはその祖神が居る土地。決して粗雑には扱われはせず、可愛がられた事も管理人として役目を果たそうと考えた一因である。


 だがその訓練で身に付いた強さや精神は同年代の子供達には異質で受け入れられず桜花は学校に馴染めず浮いた存在となった。次第に学校に通う事に苦痛を感じる様になった。


 永遠に続くかと思われたその苦痛を和らげたのは、転校した後のクラス替えで出会った向井良子である。


 傍若無人、勇往邁進、どの言葉でも形容し難い彼女と居る時間は桜花が楽しいと思え、自然な笑顔を取り戻せる時間だ。


「良子ちゃん、春樹、オヤツを準備したから食べなさい、お友達の分まで、食べちゃダメよ」


「はい、師匠」

「分かった母ちゃん!」


「桜花ちゃん、遠慮せずに食べて、沢山遊んでいってね」


 十年の月日時が流れても、神を狩る藤堂流の子弟である事を一方的に知ってからも、向井姉弟との関係性は変わる事は無かった。



「桜花さん! 今度野球部の助っ人で試合出るんだけど、見に来てくれませんか? 来てくれるとホームラン打てると思うんだよね!」


「駄目よ、その日、桜花は私と大事な大事な親睦会に行くんだから、邪魔するヤツは例え肉親でも許さない!」


 春樹からのアプローチを姉である良子が潰しにかかる、普段のやり取りが彼女の記憶に浮かび上がる。


「姉が憎い。物理的にも勝てないのがなお憎い」


「ちょっと良子、そんな言い方しなくて良いでしょ。高橋先輩が誘ってくれて皆んなで遊ぶだけなのに」


「他校の生徒も入り混じって高校生男女で遊戯に興じるのは大事なイベントでしょ?」


「そうかも知れないけど……今言わなくても良いじゃない……」


「駄目、こういうのはちゃんと言うの」


「姉ちゃんの意地悪!」


「そんなんじゃないの! 春樹の為なの!」


 桜花が春樹を男性として明確に意識したのはこの時。春樹に他の男性と遊ぶと知られた時に感じた、やましさに似た感情を認識した時からになる。それまで漠然と抱いていた好意が形を結んだ。



 向井良子という存在は親友であると同時に恋路を阻む壁でもあるが桜花に取っては決定を先延ばしにし、現状を維持出来る都合が良い壁でもあった。


「桜花が自分を抑えてる間は春樹と二人で遊んだりしないでね」


「どうしたの? 突然」


「約束よ」


「……」


 事情は分からなくとも、爛々と光る眼は桜花を静かに見据え、その迷いを見抜いていた。神祐地の管理人として生きるのか、はたまた心のままに従うのか。



『汝、我を受け入れるや否や』


「……」


 霊刀を振るう力を身につけた適合者、十八歳になった桜花に対し霊刀は意志を確認した。それを受け入れれば、霊刀を振るい続ける使命が始まる事になる。


 桜花はその時、問いに答える事が出来なかった。


 適合者、霊刀を扱う者としての技量を欲したのは彼女自身だ。肉体的にも精神的にも辛い修行の日々。


 それを支えてくれた、父母を失った自分にとっていまや家族と言える神達。自分に向けられる管理人としての期待、だが時と共に大きくなる恋慕。


 どちらかを選ぶ必要があるのか、両方手に出来るのか……彼女は決める事が出来ずに、ただ迷っていた。

 

『我が銘は浄罪、昏き闇に囚われし魂を解き放ち、神を喰らい人に安寧を齎す刃』


 そして一年前、霊刀は彼女に銘を告げてきた。


 霊刀は真の適合者に対して自身の銘を告げると伝承されている。その銘を聞いた者は咒式を狩る使命とはまた違った使命を得るとも言われる。


「浄罪と申したのだな? 桜花よ」


「……はい、お方様様……あの、私、何か間違えたんでしょうか……」


「間違えてなどおらぬ。桜花よ其方この土地は好きか? 構わぬ申してみよ」


「お方様達は好きですが、この土地は嫌いです、お父さんとお母さんが死んだ場所なので……あと修行は痛くて嫌です……」

 

 昏き闇、神を喰らう。つまり咒式のみならず堕ちた神までもを狩る使命。藤堂流と同じ目的。


 銘を聞くことが出来たのは、親友とそして想い人であるその弟と、一緒に居たいと願っていたからかと彼女は考えた。

 

「桜花よ、其方はいつでも此処から出て行けるぞ、其方が自分で選んで良いのじゃ、忘れては行かんぞ」


 

 奉納舞の日、時が来たと感じた彼女はいまだ迷ったままの心であったが霊刀に受け入れる意思を告げる。そして霊刀は彼女を侵食しながら融合を始めた。


◇ ◇ ◇


「聞こえますか桜花さん」


 桜花さんまで、あと五歩程度の距離、刀から放たれていると思われる打擲が止んだ。ゆっくりと彼女の顔がこちらを向き色のない瞳が俺を見据える。


 返事は無く彼女の右手が刀の柄に伸ばされる。自身の身体が鞘であるかの様な動作、しゃがみ込む動きと引き抜く動きで身体から刀身が引き抜かれ、その姿を現していく。


 引き抜かれた刀は片手大上段の位置へ、そして刀を投げ出す様な勢いの斬撃が降り掛かって来た。


 体勢を崩さぬ様に最小限の身体の捻りで避ける。地に着いた刃が返され再び斬撃が襲ってくる。斜めに跳ね上がる軌道は捻りや半身では避けきれない、刃の圏内からの後退を選択し距離を取る。


 警戒していたお陰で焦る事なく回避する事が出来たが、もし彼女がいつも通りの笑顔で有ればきっと油断し、今頃真っ二つになっていた。いや四つか……それほど鋭い連撃だった。


 意志を感じさせない瞳のまま彼女はゆっくりと構えを取る。片手で柄を握り、もう片手は切先を掴む。装束の袖を利用して刀身を隠され間合いが測れない。


 だがこのまま待っていては桜花さんの状態は悪くなるばかりだろう。解決法としては特攻しか無い。


 動きを止めて武器破壊。つまり斬撃を食らって止める。刃が肉を切り骨に達する前に刀身を掴み取り握り折る。


 他に良い選択肢が浮かばなかったので、浮かんだこの案を採用する。脳筋万歳。決めたのなら進むだけだ。


 斬撃の軌道を絞る為、首元を晒しながら〈転〉で突っ込む。狙い通り首筋に流れる様な横薙ぎの剣閃が煌めいてくる。


 右手で首元をカバーすると同時に更に身体を前に進める。前腕部に刃が食い込んできたが角度をずらし刃が立たないように押し込みつつ彼女の手元を掴む。


 固めた気を切り割られる事無く、上手く動きを封じる事が出来た。素早く左手で刀身の根元を掴む、後はこのまま握り潰せとばかりに力を込める。


『ギィャァァアァァ!!』

 

 ギャリギャリと金属が擦れ合わ様な音が脳内に鳴り響く。霊刀の悲鳴だろうか。直接触れた事で刀からの意思めいたモノが感じられる。


 だが手心を加える訳には行かない。このまま握り折って桜花さんを解放する。


『待てっ! 我が折れれば適合者も死ぬるぞ!』


 無機物の割には的確な命乞いをしてくるので思わず力が緩んだ。


 彼女を人質の様に言う、その性根は叩き潰してやりたいが、伝えてきた内容は本当の様で桜花さんの口から血が滲みだした……刀身へのダメージが反映されているということか。


『落ち着け! そもそもお前がこの者を惑わせておるから融合が上手く行かんのだっ!』


 言うに事欠いてこちらの落ち度だと? 一刻も早くこの刀はぶち折ってやりたい……駄目だ、さっき感じた感情のうねり、大きな波となる予兆が……落ち着かないと。


「ふぅー……いいか? 俺は知ってるぞ、お前は適合率が高いと融合状態になる。だがそれはお前が上位存在として桜花さんを支配しようとしているからだ」


さっき見たステータス画面と刀身に触れてから見たステータス画面で内容が変化していた。


浄罪(山田桜花)

状態:不良

生命力:六八九〇〇〇〇

危険度:九九ニニ三〇〇

注記→

神を喰らう霊刀、浄罪

 (適合者と契約する事で真の力を発揮するが稀に適合率が高すぎる事で融合状態となる場合がある、だがそれは浄罪による上位からの干渉支配で有り、浄罪からの解除が可能である)


『我は霊刀浄罪ぞ! 迷いに囚われた者に使われていては使命を果たせん!』


 埒があかない……済まん、悪人顔の俺。使うなと言われてから一時間も立たないうちに使う事になる。


 導かれて使った一回目と怒りのままに解き放とうとした二回目。三回目は乗りこなすと言ったところだろうか……。


 裏返るぞと警告されていた事を思い出す。表現的にはアイツが表として現れると言う事だろうか……考えても仕方が無い。


 俺自身が力を制御出来れば問題無いはずだ。身体を弄ったとアイツは言っていた。それは、あの力を取り出せる様にしたと言う事だろう。


 本来ならこの力を取り出す為の出口はきつく閉まった蛇口の様に閉じられていた筈だ、だが今は俺の感情を切っ掛けとして容易く漏れ出てくる。だが既に制御が可能と思える感触は得た。


 〈流転〉の気の流れを意識しながら、体内のとある感触を探る……あった。この部分、心臓辺りから漏れ出る様に出ている力。


 気ともまた違う力を糸を紡ぐ様に流転の気で巻き取り今度はそれを全身に回し循環させる。気分は落ち着いているが、これ以上の速さで取り出そうとすれば、たちまち感情が爆発しそうになる。


 浄罪はきっちり握り込んで抑え込めているので焦る事は無い。このペースでいい筈だ。


 充分と思える量と力が全身を巡り出した時、視界に変化が訪れた。一回目と同じ様に幾何学模様が周辺を漂っている。どうやらこの方法でなら制御した力の使い方が出来そうだ。


 しかしながら問題がひとつ。どの模様が浄罪の権能、桜花さんに干渉する力か分からない事だ。


 漂う模様は三種類、赤、黄、青。灰燼の時はもっと多種多様な模様があったので無機物との差だろうか? 


 少なくて助かるが、判断できない事には変わりは無く、何よりここまで来て最後に三択問題の運任せに挑戦、などにはしたくない。


 なにか分かりやすい情報でも有れば……そうだ。


浄罪の権能

状態:ーーー

生命力:ーーー

危険度:ーーー

注記→

 赤は浄罪の権能を表し、黄は浄罪の核を$#×青:×2→=


「俺の勝ちだ」


 文字化け箇所が後半で助かった。情報を読み取れた赤色模様が、どうぞとばかりにこちらに漂ってきた。両手が塞がっているので、獣さながらに噛み付く。嫌な舌触りだが、気にしてる場合でも無い。肉を噛み切る様に齧りとる。


『キィーーーーーー!!』


 浄罪から再び上がる悲鳴。口に残る赤色模様の破片を噴き出す。千切る事は出来なかったが、権能には何らかの影響を与えた筈だ。さっきまであった掴んだ手を解こうと抵抗してくる力も今は消え失せている。


 掴んでいた手を離し、彼女の様子に変化が無いか確認する——涙、意思の失せた瞳から涙が流れ出している。


 その涙を見て沸き起こった感情は何と現せば良いか分からない。ただ、意識せぬまま、そうする事が自然で正しい事である様に、彼女を強く引き寄せその唇に口付けを落とした。

 



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